第19話 万世橋駅
神保町を散策していたら、すっかり暗くなり始めてしまったが、まだ日没まで時間はちょっとあるが、この後は秋葉原に寄って帰るつもりの綾。
「こう街が変わりゆく前の景色を見られるのはすごい感動しちゃうわ。この後の秋葉原はもっと変わってるから楽しみ♪」
そう、東京の中でも最も昭和から変わった街はおそらく秋葉原だろう。令和の今はグルメの街として紹介しても引けを取らないくらい食文化が揃った街となっているし、オタクの街であり電気の街であり、文化の街として海外客も大挙してくるそんな街だ。
三省堂裏のすずらん通りに戻って、愛車のVTZ250のエンジンを掛ける。すっかりエンジンは冷え切っていたが始動は一発だ。千代田区は一方通行が結構多く、このすずらん通りも駿河台下交差点からしか入れないので通りにくい道路なのでオートバイを路駐しても文句はさほど言われない所以であろうが、それ以上にそこかしこに路駐されてるので、令和では信じられない風景ではある。今ならもれなく駐車違反のシールを貼付されること請け合い。
すずらん通りから神保町交差点を右に曲がって靖国通りを東進する。靖国通りはスポーツ用品の街でもあるのでアルペンやヴィクトリアなど大手スポーツ用品店の看板がでかでかと掲出されている。今は5月なのでさすがにスキー用品が山盛りにはなってないので静かな時期の方なのだろう。
5分もしないうちに交通博物館の横の通りに入ると交通博物館がしっかり建っていた。交通博物館も18年後の2006年5月に閉館してしまうが昭和で終わった博物館ではないが、こうしてみるとえらい小さい博物館だな。と思った。今は大宮に鉄道博物館があるがあの規模を見てしまうとかなり手狭に感じてしまう。
中央通りに出るとちょうど万世橋あたりに出るのだが、一昔前はこのあたりが万世橋駅ターミナルだった。交通博物館がどうしてあるのかというとこの所以も一つで、第二次世界大戦よりも前は万世橋駅に広瀬武夫中佐の銅像が駅前に建っていた位置だ。
現在は遺構として一時期話題になったがこのころは昔を省みることはあまりエンターテイメントにはなるような時代ではないのでひっそりしていた。
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