第10話 陽子

 陽子さんはNSRについて熱く語り始めた。綾には何が何だかわからないことが多かったが、2ストロークオイルと4ストロークオイルは全くの別物であることだけは理解できたし、出力に関してはあくまでも理論上だが半分の排気量で同じ出力が出せるというのは2回転で1回の爆発と4回転で1回の爆発だからということもなんとなく納得できた。


「なるほど。あたしにはよくわからないけど、80年代のバイクというのは今と比べるといろんなバイクが有ったのね。」


陽子はちょっとNSRに過ぎて語りすぎたな。とばつの悪そうな顔をして話を変える。


「綾ちゃん、そういえばなんかVTZ250だけどなんかオイルが結構付いているからどこかに行ったの?」


陽子さんは鈍いところと鋭いところがあって、熱くなると我を忘れるけど、こうしたちょっとした違いにも気づいてしまう。そういえば、陽子さんの容姿については語っていなかったが、30年前だったら相当な美人だったと思う。もちろん今もバイク屋を営んでる割におしゃれ感が漂うし、作業ツナギを脱いで化粧をちゃんとしたらいわゆる熟女好きな人ならイチコロなスタイルを保っている。ヘアスタイルはバイク屋にいる時しか知らないから普段どうしているのかはわからないがいわゆるおばちゃんヘアでひとつ結びをしている。わざと美人を隠しているとしか思えないのだった。


「えーと、奥多摩に行ってきました。ゆっくり走っていたんで昨日は暗くなって帰ってきたから気づかなかったけど確かにオイルが結構付いてますね(笑)」


VTZ250を見ると、ヘッドライトに黒い点々が付着している。2ストロークオイルの排気が確かについている。

綾はオイルを拭って、鼻に寄せて思わず嗅いでしまったが、昨日のあの光景が夢ではなかったことを改めて感じ取るのだった。


「今どき、2ストロークバイクが奥多摩は走ってるのね。あたしも昔はよく走ったものよ。当時はそれこそNSRに乗っててね。なんでつい熱く語っちゃった。あはは。」


陽子さんは「あはは」という言葉を本当に出す陽気な人だ。

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