第2吐 脳内頑固おやじ


最近本を読み始めた。


29歳残り4ヶ月。なぜ、30目前にして本を読み始めたかというのは、今はどうでもいいことだ。


最近は、休みの日になると外に出て、本を読む。公園の駐車場に車を止め、ベンチに座り若緑のシャワーを脳天に浴びながら過ごす事もあれば、公園まで行っても外には出ず、窓を全開に解放した車内で読んだり、ベタにファミレスに入ってサラダバーとドリンクバーを片手に読むこともある。

ある日、そんな走り始めた趣味をファミレスで楽しんでいた頃、店内は自分一人。落ち着いて本を読む事ができ、充実感を味わっていた頃合いだった。


一組の夫婦が入口のベルを鳴らした。

妻は小太りで全身黒コーデ。胸上くらいまでのパーマ掛かった髪。

黒いカーディガンを揺らしながらドリンクバーを入れに行く。

何気なく横目に見て、「やけに氷を入れるな」なんて思う。

旦那はというと自分で飲み物なんか入れたりはしない。50代前半くらいだろうか。そんなに年が行った風貌ではないが、態度は古めかしい。

席から一歩も動く事なく、昭和のベタなドラマにでも出てきそうな男は、私の脳内で『ご苦労。』と呟き、妻が入れた飲み物を雑に流し込む。


ドリンクはもちろん、サラダ、スープ、カレーのバイキングがあるファミレスにも関わらず、とり照り焼き丼を頼む姿は、どこに行っても自分のこだわりは曲げない、さながら頑固おやじのそれだ。(何を頼んでも良いとは思っている。)


運ばれて来たとり照り焼き丼は、名前の通り照りに照った茶色のとり肉が、食欲に向かって「こっちに来いよ!」と叫んでいる。

彼のおでこの照りと良い勝負のとり肉にだけ従順な頑固おやじは、素直に頷き掻き込み始める。


食べている端々にツァッアァー、ツァッアァーと吐息を漏らし、一口食べる毎にチャッ、ん

、ん、チャッ、ん、ん とまるで丼と会話をしているかのように音を立てる。

頑固おやじともなれば、自分以外の人間が耳を塞いでいても構いやしない。

頑固おやじともなれば、汚いという概念より、欲望に忠実に。

頑固おやじともなれば、迎えに座る妻の話しは半分に目の前のどんぶりとの会話に夢中。


それを見ながら私は思う。飲み物を注いでくれた妻にありがとうと当たり前に言える人間でい続けたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る