雨に打たれれば毒涙
某県某市 のどかな田園地帯。
ここは暖かい時期になれば、様々な生き物が動き出して里山ならではの賑わいを見せる、日本古来の豊かな生態系が維持された場所である。
そんな地域の水辺にある日、一匹の来訪者がやってきた。
「あれえ、あの派手なやつなに? ガマ蔵さんの知り合い?」
「いや知らんよケロ太。ここいらのカエルの体の色は草か土の色と相場が決まっとるが、なんだあのマッ黄色のすがたは」
「やべえこっち来たよガマ蔵さん」
「落ち着け。オレの方がデカいから安心するんだ」
そいつはぴょんぴょんと軽快に跳ねて、二匹のところに近づいてきた。ケロ太は一目で、
(き、きれいだな…)
と見とれた。一方ガマ蔵は、毅然とした態度で対応する。
「なんだオマエは、見ないツラだな。妙なこと企んでたら食っちまうぞ」
「ノー、ワタシメチャ毒ありマス 食ったら死ぬネ」
「なにっ」
見ると確かにそいつの、やけに鮮やかなイエローの肌は、自身の毒性を殊更に主張する警戒色そのものである。
ガマ蔵もケロ太も、自分の身を守る最低限の毒を備えてはいるが、本能的に自分たちのそれとはレベルが違うものだということを感じ取り、内心びびり出した。
「なんおまえ なん? おま何しに来たお前?」
「あせるなケロ太! おいオマエ オレはこのあたりの田んぼを2年ほど仕切ってるが、オマエみたいなヤツは見たことがないぞ! 何者だ!」
そう凄まれると、黄色いそいつは大して驚かず、予想された質問に対して、前もって考えてきたようにつらつらと答えを述べる。
「アタシ、バトラ 海の向こうからヒトにつれられやってきまシタの ガラスの中で生きてたけど、かいぬしがフタあけっぱにしたから出てきちゃいまシタのネ」
見つめ合うケロ太とガマ蔵。
「うみってなにガマ蔵さん?」
「知らんぞそんなものは おいオマエ、でたらめを言って誤魔化そうとしてもムダだぞ!」
「フニィ 正に井の中のサムシングですわナ」
「なんかよくわからんがバカにしてるな!?」
「してない、してないヨ 気を悪くしたならソーリーなのネ」
うっすらと小雨が降り始めたが、湿気が好きな彼らは、特に気にする素振りを見せない。
「マジで敵意はナイので安心してほしいデス」
「まあ、そのちっこい身体で何ができるわけでもないか…見たところ我々と同じカエルのようだしな。よし、ここで暮らすからにはここのルールに従ってもらおう」
「わかりまシタノネ」
三匹はひとまず、天敵から見つかりにくい土手の隙間に入り込んだ。
ケロ太が、バトラのビビッドな身体を観察しながら話しかける。
「ヒトんちから逃げてきたんだ だからこの辺で見ない色してんだね」
「そうなのデスよ 気味が悪いデショウ」
「そんなことないよ! かわいいよ。うみのむこ? からきたっていうけど、バトラちゃんが生まれたのはどんなところだったの?」
「ここより草がおいしげって、いつも暗くて、ずっと雨がふってジメジメで、年中ムッとしてて暑いトコロだったデス」
「暑いのは考えものだが、それ以外はよさそうなところだな」
雨が強くなる。辺りにはいつもと同じように、カエルたちの合唱が響きわたっている。
「しかし、オマエの毒はそんなに強いのか。どれくらいのものなんだ?」
「試シたことないけど、ワタシ一匹でヒト二十人くらいはヨユーでオダブツサマらしいノ」
「はぇっ」
言葉を失う国産二匹。自分たちが持つ毒では、人はおろかイヌ一匹をふらつかせるのが関の山である。
「待て! そんなに恐ろしいチカラを持つオマエが逃げたとあっては、ヒトどもは大騒ぎではないのか!?」
ガマ蔵は純粋な心配というよりは、自分たちの棲みかに厄介事を持ち込むなという抗議の意志を込めてバトラへ詰め寄った。
「そうデスネ ワタシは危険生物デス それに、このアタリは熱心に自然をホゴしてる地域とのコトデスから ヒトたちはワタシをチマナコになってさがすデショウ」
ガマ蔵は怒りをあらわにする。
「ふざけるな! オレたちはずっとここで、自然のルールにしたがって血脈をつないできたんだ。ヒトどもとだって、お互い気に入らないところはあれど持ちつ持たれつでやってきた。よそ者のせいでそれらを台無しにされてはたまらんぞ!」
前足を振り上げるガマ蔵。近くには雨で増水した、危険な状態の川がある。はたき落として溺れさせてしまうつもりのようだった。
「ガマ蔵さんおちついて! 触ったら死んじまうよう!」
「そうだった 危ねえ」
ガマ蔵は上げた前足でケロ太を後ろに追いやりつつ、自分もバトラから距離をとった。
「とにかく、オマエがいては迷惑だ。ここでは受け入れられん、よそをあたってくれ」
そう言われたバトラは、
「残念デスが分かりまシタ 皆サマの生活を荒らすようなコトはワタシとしても心苦シイデス」
大して残念でもなさそうな態度で、踵を返す。その後ろ姿からケロ太は、見知らぬ土地に独りで生きなければならない寂しさと切なさを感じ取ってしまう。
「待ってよ!」
気づけば、呼び止めていた。
「なんのつもりだケロ太」
ジロリと目で圧をかけるガマ蔵。
「他をあたれって、どこのこと? ボクたちカエルは水辺以外では生きられないよ アスファルトの上で暮らせっていうの?」
「気にシないで下サイ、ケロ太サン ワタシはどうにでもナリマス」
「そういうことだ。よそ者にかける情は必要ない」
にべもなく言い放つガマ蔵に、感情が読み取れないバトラ。
「じゃあボクが面倒みるよ! ヒトの目につかないように、他のみんなにも迷惑かけないようにするから!」
「ちっぽけなオマエに何ができるというんだ」
自分の倍以上の大きさがあるガマ蔵に睨みつけられ、身体がこわばるケロ太。
「ボクだって、ヒトから身をかくすやり方はよく知ってる。みんなに迷惑はかけないよ。だからお願い!」
「…」
表情を少しも考えず、考え込んだガマ蔵は、冷たく言い放つ。
「ならばこの里山から、ソイツを連れて出ていけ。ワレワレに迷惑をかけないというなら、それが唯一の方法だ」
生まれ育った故郷、物心ついてから今までずっといた古里からの追放。あまりに辛い選択だったが、ケロ太はすぐに決断した。
「分かったよ。いこう、バトラちゃん」
「ほんとに大丈夫なのデスか? ケロ太サン」
「大丈夫だよ。ガマ蔵さんのえらそうな態度は、正直つかれてたんだ」
ケロ太はバトラを連れて慣れ親しんだ水田を離れ、山のふもとまで移動してきた。雨は依然として強く、目の前の視界も危うい。しかし今のケロ太にとっては、遠ざかっていく故郷の景色を見なくて済むだけ、ありがたかった。
「バトラちゃん、ヒトに追われることがわかってたのに、どうして逃げたの?」
「ソレでケロ太サンには大変ナご迷惑をおかけしてしまいマシタ 本当にごめんナサイ」
「そんなことはいいよ! ただ、バトラちゃんのことが知りたくて」
「ケロ太さんはやさしいデスね」
バトラは、初めて微笑んだ。
「そ、そうかな…」
照れるケロ太。
「本当デス 知らない土地で不安でシタが ケロ太さんにお会いできて本当によかった 嬉しいデス」
「う、うん。ボクもうれしいよ」
ケロ太は、恥ずかしくて前を向けなかった。今の自分の、情けないであろう表情も、強い雨によってバトラからは見えないことにホッとした。
「かいぬしのトコロは温度湿度が常にカンリされていて、エサが毎日あたえらレテ、病気にナッても薬がもらえルのでとても快適でシタ」
「え、じゃあなんで…?」
バトラは遠くを見つめながら考えた。どこを見ているのかは分からない。
「ヤッパリワタシは自然の中で生きたかったデス 自分で狩りをシて 恋をシて 子育てをシて 自然の中で生きル それがずっと憧れでシタ」
「そうなんだ…ヒトにお世話してもらうのも、悪くなさそうだけど」
ため息をつくバトラ。その息づかいが、ケロ太をドキリとさせる。
「ワタシと一緒に飼われていた他のカエルは、そういう気持ちでシタ こんな安全な暮らし以上に最高なコトはナイと。皆それぞれなのでショウね 何が大事かは自分にシカ分かりまセン ただワタシはガラスの中より、この里山を好きにナリたかっただけのコト…それに」
バトラはケロ太に近寄り、しっかり目を合わせて言った。
「共に生きテいける、大事な仲間も見つかりマシタ」
曇りのない瞳にまっすぐ見つめられ、思考がパンクするケロ太。
「もももももう少しいけばかくれられる場所があるから、そっそそこで雨をしのごう! ね!」
「分かりまシタ」
しばらく歩いて、屋根になっている朽ちた切り株に辿り着いた二匹は、身を寄せあって腰を落ち着けた。
「雨やむといいデスね」
「このぶんだと朝にはあがるよ」
「どうして分かるデスか?」
「肌感かなぁ…湿気の感じとか」
「ふふふ、流石デスね」
「いやぁ~」
遠くから聞こえ続ける、カエルの大合唱。
二匹は取りとめのない会話をしつつ、やがてどちらからともなく眠りにつき、雨足とともに夜は過ぎていった…
『いたぞ!』
翌朝、野太い男の声で、二匹は目を覚ました。
「ひ、ヒトだ…!」
「逃げまショウ!」
隙をついて切り株から出た二匹だが、山慣れした地元の人間にたちまち追い詰められてしまう。
『隣にいるのはアマガエルだな、どうする?』
『そいつの毒がついてるかもしれない、念のため捕まえよう』
網をかまえる人間たち。
「彼らの目的はワタシです ケロ太サンだけでもお逃げくだサイ」
「そ、そんなことできないよ!」
「ワタシはケロ太さんまでガラスの中に閉じ込められてしマウのが一番イヤデス」
「ボクはバトラちゃんと一緒ならどこだっていいよ!」
「ソレは、閉じられた空間を経験していナイからイエるのデス」
そうこうするうちに、迫りくる人の手。
『絶対に素手で触るなよ』『分かってるよ!』
(ま、まずい…)
万事休す。その時、急にケロ太の後ろ足が何かに絡め取られ、直後視界は真っ暗になり、そこでケロ太の意識は途切れた。
「…わっ!?」
我にかえったケロ太の前にいたのは、渋い顔でこちらを見下ろすガマ蔵だった。
「とりあえず、大事にはならずに済んだか…」
「な、なにがあったの!? バトラちゃんは!?」
ガマ蔵はやれやれという表情で首を横に振り、こう答えた。
「バトラはヒトに連れていかれたよ」
「そんな…」
絶望するケロ太。もう、バトラには会えない…。
「酷なことを言うがな、こうなる運命だったよ。ワレワレとバトラは生まれから何からまったく違いすぎる。むしろ、ケガなく終われただけよかったというものだ」
涙を我慢できないケロ太の背中に手を置き、ガマ蔵は続ける。
「言っていただろう。ヤツの故郷は一年中ずっと暑かったと。オマエも知ってるとおり、ここらは冬になると水が枯れ、とてつもなく寒くなる。暖かい場所で生まれたバトラは、ワレワレのように長くねむって冬をやり過ごすことはできまい。ヒトの手で飼われることが、ヤツにとっては一番いいんだ」
ガマ蔵の言うことは正しかった。それでも、辛い気持ちに嘘はつけない。ケロ太は声を絞り出す。
「でもさ、でもさ…! バトラちゃんは…自然の中で生きたいって言ってた!」
「望みどおりここで暮らして、冬になって死んでしまえば、一番後悔して傷つくのはオマエだ…バトラもそれは分かっているはずさ。だからこそ、逃げずにヒトにつかまることを選んだのだろう」
大声で泣き叫びたいのを必死で押し殺し、ただ涙を流すケロ太。ガマ蔵はそれ以上何も言わず、日が暮れるまでただひたすら、そばに座っていた。
やがて夜となり、また雨が降ってくる。そして、もう飽きるほど聞いたカエルたちの合唱も始まった。
「バトラちゃん、大丈夫かな…逃げたからって、ひどい目にあってないかなぁ…」
涙こそ止まったが、他のことが何も手つかず、ただ雨に打たれるしかないケロ太。
「バトラはオマエを忘れないだろう。だからオマエも、バトラのことを忘れないでいてやれ」
ガマ蔵のこの言葉に、
「うん。わかったよ」
ケロ太はようやく笑みを取り戻し、一歩一歩を踏みしめて、自分も合唱に加わることにした。里山中に響きわたるこの声が、もしかしたらバトラのところまで届くかもしれない…そんな願いをこめて、いつまでも、いつまでも、力いっぱい唄った。
めざせ爆裂スカムダイアリー at the ドブーパーク エリスグール細田 @DAILYUSEBAG
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