第5話
そうやってオレは島の主である魔法使いの下僕となった。
それによって定職と住処を得たのだが、代償として名前を奪われた。魔術の中には名前によって対象を決めるものがあるらしく、その対策としてイレギュラーハンターになる際に、名前を奪いコードネームを使って生活するようにする決まりだそうだ。
授かったコードネームはシリウス。なんでも由来はおおいぬ座の恒星らしい。明らかにオレの異能、獣化と名付けられたその力から連想されたものだろう。単純なネーミングだが、今後はそれがオレの名前だ。意義を唱えられる雰囲気でもなかったし、名前にこだわりのないオレは唱える気もなかった。
一週間ほどは座学研修という名目で異能や魔術についての知識をひたすらに覚えさせられた。学のないオレの頭では半分も入った気はしないが、その後にひかえる実技研修で嫌でも覚えるということでいったんは終了した。
実技研修では実際に一対一での勝負を行いながら異能の使い方などを学ぶという名目でまたボコボコにされた。最初の数日はアルが相手をしてくれていたのだが、ほかの仕事とかがあり、島を離れるとのことで別の相手になったのだがその相手がヤバかった。その話については長くなるのでまた別に機会に。
そんなこんなでなんとか研修を終えたオレに言い渡されたのが、この芸術家の街で殺人鬼を捜索するという依頼だった。
断ることもできるはずもなく、言われるがままに船に乗って島を出て、港に着くとタクシーに乗り換えてやってきた芸術家の街はなんというか、混沌としていた。
外から見たときはおかしな建物ばかりだと思ったが、そこに住んでいる人もおかしな人ばかりみたいだ。自分の中で芸術家にはベレー帽とキャンバスというイメージだったが、そんな古典的な芸術家などはおらず、頭から足の先までピンクの人や裸の上に黒いテープのようなものを撒いて局部を隠している人やら、ほかの街では確実に不審者として扱われるような人ばかりだ。目に入るものすべてが理解を超えていて、別世界に来たような感覚がする。なんだか頭が痛くなってきた。
街に来てまずやらなければいけないのは、現地の調査員との合流だ。島の調査員は世界中にいるそうで、イレギュラーハンターが依頼として受けるものの半分くらいは調査員によるものらしい。今回の殺人鬼騒動もそうだ。
調査員によってもたらされた依頼は、基本的に調査員が拠点なども準備して受け入れをしてくれる。情報共有も行えるので、調査員との合流を一番最初をするのが鉄則らしい。
待ち合わせ場所は街の中央にある喫茶店だった。地図はもらっているのでそれを見ながら歩を進めだけなのだが、もらった地図というのがなんとも街の地図らしくない。なぜ街の地図なのにこんなにも行き止まりが多いのだろう。大通りから道を一本間違えるだけで蛇のように曲がりくねった道に入って行って、気が付けば行き止まりなんて道がパッと見ただけでも何本もあった。しかもこれが町全体の地図でなく、喫茶店までの地図だというのだから余計に謎だ。この街、一種のダンジョンか何かなんじゃないだろうか。
というわけで無事に道に迷いました。
地図があっても、始めて来た街でしかもこんなダンジョンもどきの街じゃ役に立たない。けっしてオレが方向音痴なわけじゃない。絶対に違う。
それにしてもどうしようか。
道を聞こうにも、まともそうな人が周りに見当たらない。そもそもこの街にまともな人などいるのだろうか?
さっきから視界の端にちらちらと普通の街なら公然わいせつで捕まりそうな格好の人が見えていて考えはまとまらないし、もう最悪だ。————まともな人はいないのかこの街は!
おもわず叫びだしそうな思考をどうにか抑えこみながら歩いてしまったせいで、さらに道に迷ってしまった。
大通りからも少しずれてしまったのか、周囲の人の数がさきほどよりもまばらになっている。戻ろうにも来た道すらもうわからないので戻りようもない。ほんと、ここどこぉ?
どうにか入口にでも戻れればもう一度この地図を見ながらでたどり着けると思うのだが……。
「そうか、入口を見つけられればいいのか————」
ピキーンとひらめいた。入口に戻れればいいのだから、高い建物にでも上って、上から探せばいいじゃないか。それならなんとかなる。
ちょうどいいことに目の前に背の高い建物もある。入口は見当たらないが、横に細い道があるのでたぶんそちらに扉があるのだろう。
殺人鬼が出るといっていたのはこういう道の奥だと記憶しているが、殺人鬼がこんな日の高いうちに出るはずもないので問題ないだろう。
そう自分に言い聞かせても一抹の不安が残るので路地裏をのぞいてみる。人の気配はなく、危険そうな様子もない。大丈夫だな。
「————そちらは危ないですよ」
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