第3話
目を覚ますと白い天井だった。
俺が寝かされていた部屋は恐ろしいほどに物が置いておらず、あるのは今自分が腰かけているこれまた白いベッドくらいで壁も天井も病的なほどに真っ白だった。
「なんだここ……」
どうしてこんな場所にと、思った瞬間、口の中に残ったわずかな血の鉄臭さで自分の身に起こったことを思い出した。
そうだ、オレは黒服のやつらに襲われて、その助っ人のやつにボコボコにされたんだ。
思い出したら、体のそこらじゅうが痛くなった。痛みのある場所をみても傷は残っていないが、それでも痛い気がしている。
部屋が白すぎて落ち着かないので、壁を叩いてみたり、おーいと声を上げてみたり、壁を殴ってみたりしてみたが、特に何も起きなかった。
窓がないだけならいざ知らず、扉すらない部屋というのはどういうことなのだろう。ここに入れられた時の記憶がないので、何の目的で入れられたのか、どうやって入れられたのかもわからず、とりあえず気持ち悪いが部屋でゴロゴロするしかなかった。
何もすることもないので、もう一寝りしようかと思っていたところで、シューっと壁が急にスライドして開いた場所から人の姿が現れた。
「よお、起きてるみたいだな」
顔を出したのはオレをボコボコにしてここに連れてきたやつだ。
顔を見た瞬間に体が反射的に跳び起きて、臨戦態勢に入っていた。
「なんのようだ。それにここはどこだ」
がるるるっと威嚇しながら問いかける。このまま攻撃するという選択肢もあるのだが、魔力のほとんどがない。記憶にはないのだが、相当激しく抵抗したみたいだ。おかげで今戦ったら勝てる気がしない。そもそも戦って負けたからここにいるのは内緒だ。
オレの精一杯の強がりである威嚇をどう思ったのかわからないが、正面に立つ青年は困ったように頭をかきながら、
「その、……ボコボコにしたのは悪かったよ。ここがどこかについては順番を追って説明するからついてきてくれるか」
そう言って頭を下げられてしまった。なんだかもっと高圧的に言われて、むりやりどこかに連れていかれると思っていたものだから、身構えていた分余計に拍子抜けした。
説明はしてくれると言っているし、こんなところでぼーっとしているくらいならついていく方がよっぽどいいのかもしれない。寝ている間になにもされていないということは、今なにかするということはあんまり考えられない気がする。なによりもう連れてこられてしまった以上、ここは敵地なのだ。変に抵抗するよりも着いて行って逃げるタイミングを探した方が利口だろう。
ない頭を必死に使って、なんとかついていく理由を作り上げて、小さく首肯した。
「わかった。じゃあこのままいくからついてきてくれ。……ああ、そうだ。俺はアル。よろしくな」
オレの返事を確認すると、先に部屋の外へ出て行ったのだか名乗るためなのか戻ってきて、名乗るとまた先に行ってしまった。
こんな知らない土地で置いて行かれてしまうとまずいので、ベッドから飛び降りて駆け足で部屋を出てアルと名乗った青年のあとを追った。
部屋の外の廊下も部屋と同じように真っ白だ。というか、廊下の延長線上に部屋が作られたといってもいいのかもしれない。
その廊下をアルは迷いもなくずんずんと進んで行っていた。ぱたぱたと追い付くとすぐ後ろで速度を合わせてついていく。
同じような景色をそれなりに歩くとエレベーターに突き当り、下りてくるのを待つために止まった。
「なあ、アルって言ったか。ここってどこなんだ?ここまで窓もないからなにもわかってないんだが」
部屋からここまでくる間に窓はなく、結局オレが持っている情報は全く増えてない。それどころかますます混乱している。ほんと、ここどこ?
そんなオレを見て、アルは少しだけ顔を緩めると、
「まあもう少し待っとけ。こいつが来たらわかるから」
そういってまだ来ないエレベーターを待っていた。
というか、このエレベーターも不思議なのだ。ボタンは一つだけでマークは書いていない。エレベーターの扉の上には、どこの階で止まっているかを示すようなものもなく、現在位置もわからないようになっている。
そうやってエレベーターの不思議さについて考えていると、チンと音が鳴って扉が開いた。そのまま二人で乗り込むと、アルは扉を閉めて向かう階のボタンを押したと思ったのだが、明らかに一度以上押していたがもう気にしたら負けだと思って無視した。
エレベーターの中は入ってすぐの正面が全面ガラスになっていたので、アルがエレベーターがこればわかると言ったのは、ここを見ていればわかるということだろう。
ほどなくしてエレベーターが音もなく動き始めた。
緩やかな上昇感が体を襲い、ガラスの向こうでは鉄骨がどんどん下へと流れていく。オレは言われた通りにガラスの向こうから何が見えるのかを待ち続けていた。
数秒ほど上昇すると、急にまばゆい光に視界が奪われた。反射的に手で顔を隠し、目が慣れてから、そっと見てみるとそこには驚きの光景が広がっていた。
「海……?」
海だ。広く、青い大海原が目の前に広がっていた。そして眼下には赤いレンガで作られた街が広がっている。明らかにオレのいた国の光景ではない。————オレは一体どこに連れてこられてしまったのだろう。
「ここは人工島ドライ。異能者と魔術師は住む動く島だ。詳しくは省略するがな」
ぐんぐんと上昇していくエレベーター。どれだけ視界が広がろうと、水平線の向こうに地上は見えない。それはここから俺が逃げるすべがないということに他ならなかった。
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