第18話
怪我した三人はボロボロの割に元気だった。人の顔を見ると腹減っただとか口をそろえて言うもんだから、三人分の昼飯を抱えて走り回っていたり、自分の昼を食べたりしていたら時間は思いのほか早く進んでいて、気が付いたころにはアイゼンが目覚めてから一時間と少し経っていた。
ちょうど昼を食べ終えたところで、食堂に疲れた表情のシリウスが入って来た。
「お疲れみたいだな」
「お前がいなくなってから、すぐ目を覚ましたんだが、そこから一時間くらいは話してたよ。その間、ずっと外で聞き耳立ててたけど全く聞こえねぇし、長いしで大変だったんだよ」
文句を垂れ流しながら俺の座っている席の横にためらいもなく座って来た。十人以上が同時に座れるような広い食堂の中で、正面やほかの席も空いてるのになんでか横にだ。
「なんでお前横に座るんだよ。気持ち悪りぃ」
「だって、ほら」
どけようと肘で小突くと、シリウスは入って来た入り口を指さした。
入り口には人影が二つ。エリーゼとアイゼンだ。
話し合いは終わったとは言っていたので、答えを聞きに行こうとは思っていたのだが、そのままこちらに顔を出してくれるとは思ってもいなかった。
「……話があるんだってよ」
シリウスが耳打ちしてくるが、そんなこと言われなくても様子を見ればわかる。
手の動きで二人を正面の席に導いて座ってもらう。その間、二人とも険しい顔で一言も口を開かなかった。
「————で、どうすることにしたんだ?」
重苦しい空気に俺が口火を切った。
「聞きたいことがある。お前たちは本当に俺やエリーの力を利用するために来たわけじゃないんだよな」
「ああ、最初からそう言ってるだろ。俺たちはお前たちを保護するためにきたって」
意を決して出てきたアイゼンの質問に俺が当たり前に答えると、二人は一度顔を見合わせて、何かの意思疎通を取った。
「エリーゼと話し合って、俺たちはお前たちの保護を受けることにした。……あんな風にお前を何度も攻撃しておいて虫のいい話なのは分かってる。だけど、エリーはエリーだけは……」
「別に気にしてねぇよ。抵抗されるなんてこっちからしたら日常茶飯事だ。だから、気にすんな。それに、今言うことはそうじゃないだろ」
「ありがとう、……本当にすまなかった」
アイゼンの瞳には涙が流れていた。
机の下でエリーゼの手がアイゼンを気遣うように伸びていくのがかすかに見えた。ちゃんと話はできたみたいだな。
「よし!じゃあこの話は終わり!……のど渇いただろ。缶のやつしかないが、ジュースにコーヒー、紅茶といろいろ積んであるから好きなもん言ってくれ、こいつが持ってくるから」
「俺かよ!まあ、いいや。アル、お前はブラックのコーヒーでいいか?」
「持ってきてもいいが、飲むのはお前だぞ。……なんでもいいから、適当に持ってこい!」
注文を待つのもめんどくさくなって、座ってたシリウスを蹴り飛ばして立ち上がらせると、椅子から転がるように立ち上がった。
ガタガタ、ガラガラと食糧庫からせわしなく音が聞こえる。シリウスが飲み物を探してバタバタしてるのだろう。
「わ、わたしも手伝った方がいいかな?」
「気にすんな。そのうち戻ってくるから」
そんな会話をしていると音が鳴りやみ、今度は両手いっぱいに缶を抱えたシリウスが妙にいい笑顔で駆け寄って来た。
「こんだけあればいいよな。好きなの選んでくれ!」
俺たちの座ってる机まで来ると、机の上にガラガラとすべての缶を転がして置いた。缶の中には炭酸ジュースも見える。そんな雑な置き方したら後で噴出しても知らないぞ。
「おっと、…・…これでいいか」
机から転がり落ちそうになった缶を受け止めて一つ開ける。プルタブを引くとカシュッという音とともに、柑橘系の匂いがした。ラベルを見ると缶の中身はオレンジジュースだったらしい。
「俺はコレ!」
「私は、……これにする。アイゼンは?」
「ああ、じゃあ俺はこれで。……うわっ!?」
みな思い思いに机の上に広がる缶を手に取り、飲もうと開け始めた。最後にアイゼンが缶を開くとそれの中身は炭酸ジュースだったようで、勢いよく黒い液体が噴き出した。
天井付近まで噴き出した液体は、そのまま真下のアイゼンの体を濡らした。
「おい!噴き出したぞ!」
「アイゼン、大丈夫!?……えっと、タオルは!?」
「ここにはないから、俺がとってくるよ」
シリウスがすぐに立ち上がって船室の方へタオルを取りに走っていった。
濡れた本人は何が起こったのかわからなかったようで呆然と目を瞬かせている。ああ、これは怒らせたかもな。
一瞬、次に発する言葉を待って身構えていると、
「……ふふっ、あははははっ!」
急にアイゼンが笑い始めた。思っていた反応と違っていて、感情の変化がよく理解できなかった。
「……アイゼン?どうしたの?」
「はははっ……、すまん、初めてだったから、こういうの。……最近は、いつも張りつめてたからかもしれない」
きょとんと呆けるエリーゼの横でアイゼンはケラケラと笑っていた。
怒りでおかしくなったわけじゃなく、ただ面白かっただけ。噴き出した炭酸ジュースで面白くて笑えた。ただそれだけのことなのだが、たったそれだけのことでアイゼンの中に余裕が出てきたことが目に見えてわかった。
「そうだね。今までだったら『この野郎!噴き出したじゃねえか!!ぶっ殺してやる!』って怒って暴れてた」
エリーゼの下手な物まねで今度はアイゼンとエリーゼ二人で顔を見合わせて笑い始めた。そのほほえましい光景に、つい俺の頬も緩む。たぶん、彼らの関係性はこれが正しい形だったのだろう。
バタバタとタオルを持って帰って来たシリウスが、不思議そうな顔で二人を見ていた。
「おーい、タオル持ってきたから拭けよ。……で、何この状況?」
「うん?あいつらが仲直りしてよかったなって話だよ」
俺の答えにシリウスは不思議そうな顔をさらに深めた。
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