第17話
目が覚めると何度か見たことのある天井だった。
途切れた記憶を辿って何が起こったのか思い出してみるが、なんだか釈然としない。最後にある記憶は、アイゼンを助け出したところだ。あの後、何があって俺はベッドで寝てるんだろう?なんでか頭がずっとずきずきと痛んだ。
「食堂なら誰かいるかな……」
痛む頭をおさえながらベッドから起きて船室を出る。
廊下に出てみると、船の中は妙に静かでまるで誰もいないみたいだった。
カツンカツンと廊下に足音を響かせながら、食堂まで行くと誰かが飯を食ってた。足音を隠していなかったので近づくとその人物はこちらに気づいて振り向いた。
「よお、アル。生きてたか」
振り向いたその顔を見て思い出した。
あの犬野郎に頭に刺さった鉄片抜かれて意識を失ったんだ。俺がベッドに寝てたのあいつのせいじゃねえか。
「お前のせいで死にかけたがな」
「あれは不可抗力だろ。普通あんな深く刺さってるなんて思わないだろ。……あっ、そうだ、コレお前に刺さってたやつ。記念にとっておけよ」
なんてナチュラルに煽りを混ぜながら、血の付いた鉄片を投げ渡してくる。これを天然でやってくるからほんとたちが悪い。
飛んできた鉄片を一旦受け取ると、そのまま持ち直してシリウスの眉間めがけて投げ返す。だが、シリウスもさすがの反射神経で鉄片を人差し指と中指で挟んで刺さる前にうまく受け止めていた。
「あぶねぇな。刺さったらどうすんだよ」
「いらねぇよ、そんなもん。不吉すぎるだろ」
こんな血の付いたくず鉄、誰が欲しがるんだよ。しかもこれのせいで死にかけたんだから、なんて縁起が悪い。とっておくわけがない。
シリウスは掴んだ鉄片を手の上で転がすと、チッと舌打ちをして
「しょうがねぇな。これは欲しがる奴にくれてやるよ」
そんなゴミ、欲しがる奴がいるのか?と一瞬、疑問が頭をよぎったが、どうせ俺はいらないので無視することにした。
そんなことよりも聞かなきゃいけないことが色々ある。
「てか、なんでお前、こんなとこで飯食ってんの?ほかのやつらは?あの後どうなったんだよ?」
矢継ぎ早に質問をすると、シリウスはちょっと引いた様子でつかんだままだった箸を置いて
「なんだよ、覚えてないのか。アルとアイゼン、どっちもエリーゼに助けられたんだろ。気絶したお前らを治してくれた後、あの子までダウンして大変だったんだぞ。野郎二人と幼女一人なんて俺には重すぎるって。……あの三馬鹿が来なかったらお前を捨ててるところだったぞ」
なんだか最後に聞き捨てならないことを追加した気がするが、なんにせよ、またエリーゼに助けられてしまったらしい。今回、エリーゼがいなかったら何回かほんとに死んでたかもしれないな。
「じゃあ、エリーゼとアイゼンは船室で寝てるのか?」
「ああ、一応別々の船室で寝かせてある。とはいっても、ここじゃそんなに離せないから見える範囲で離して三馬鹿に見張らせてる」
それが賢明だろう。ただでさえ人が足りていない状態で遠くにばらけさせるのは得策じゃない。両方が見えるところで監視するくらいがちょうどいい。異変があったらすぐに気づけるだろうし、あいつらならアイゼンが暴れてもすぐにやられて船の被害が大きくなる心配もない。だが、本当にそれで大丈夫だろうか……。
ドーンとわかりやすく何かが壁にぶつかる音がした。
ほら、案の定だよ。
「犬ッ!!」
「わかってる!」
息を合わせたように二人して音の聞こえた方へ走り出す。
何を言ってるかはわからないが、なにやら叫び声が廊下を駆け回っている。
今、この船で轟音を響かせて叫び声をあげる犯人と言えば
「アイゼン!」
「てめぇ、エリーはどこだ!」
叫び声の発生源にたどり着くと、青頭がアイゼンの手で壁に叩きつけられていた。
すでに地面には赤頭が転がり、プリンは腹をおさえて壁にもたれかかっている。
「あ、あにきーっ」
俺たちに気づいた三人のうちだれかが情けない声を上げた。
「犬ッ!」
「わかってるって!」
瞬時に青頭を押さえているアイゼンの体にタックルする。横からの衝撃で青頭はアイゼンの手から解放される。体勢の崩れたところをシリウスが抑える。
「おい、暴れんな!」
「エリー、エリーはどこだ!?どこにいる!!」
魔力切れで弱っているとはいえ、シリウスとアイゼンでは頭一つ分は体格が違う。おかげであいつ一人で取り押さえるにはちょっとというかだいぶ厳しいようだ。仕方ないので慌ててフォローに入る。
二人でも暴れる大男をおさえるのは骨が折れる。というか、一回こいつの骨折るか。いや、そうするとまたエリーゼに迷惑かけてしまう。あんまり治癒の異能を頼りにするのはよくない。
「ちょっとは落ち着けよ。エリーゼは別の部屋で寝てる。お前の傷を治して疲れてんだよ」
「お前らが無理やり力を使わせたからだろ!……そうに決まってる!」
「てめぇがそうやって暴れるから、エリーゼが力使うことになってんだろ!分かれよ!てめぇが暴れれば暴れるほどエリーゼが苦しむんだよ!!」
俺の制止の言葉も聞かず暴れていたが、シリウスの一言がクリーンヒットしたのかようやく静かになった。俺達二人に床に抑えられたまま、暴れることをやめた。
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ。戦わなきゃエリーを守れないのに、戦えばエリーを苦しめる。エリーを守るために、爺さんに戦い方まで教わったのに、……俺は結局エリーを守れてないじゃないか。……俺はどうすればいいんだよ」
嘆く声が廊下の中で静かに響いた。
「……エリーゼは、お前が連れだしてくれてよかったって言ってたぞ。お前と一緒にいろんなとこでいろんなもの見れて楽しかったって。けど、同時に自分のせいでアイゼンがおかしくなったって悲しんでた。……エリーゼが望んでたのは守ってもらうことじゃなくてそういうことだったんじゃないのか」
「っ、……エリーがそんなことを……俺はずっと間違えてたのか」
おさえていた両手を離すが、アイゼンはうなだれたまま動こうとしなかった。顔はうつむいたままでその表情はうかがい知れない。その背中がかすかにふるえているのを見るに、もう心配はいらないだろう。
「アル、いいのか?」
「なにがだよ」
「また暴れだすかもしれないだろ」
「もう大丈夫だろ。……それよりも三人の手当てが先だ。犬は救急箱を持ってきてくれ」
動かないアイゼンは放っておいて、三者三葉にボロボロになっている三人を集めて寝かせる。
魔力不足で弱っていて攻撃力が下がっていたせいか昨日に比べて殴られた回数が多い。バタバタ走って救急箱を持ってきた犬と一緒に手早く手当をしていく。といっても、犬はほとんど役に立たなかったので手当は俺がやって、終わったやつを船室に運ぶのをシリウスが行う、自然に役割が割り振られていた。俺たちがバタバタと忙しくしている間もアイゼンは動かなかった。
「よし!これでOKだ」
バシンと一発肩を叩くと小さい声で、痛っと聞こえた。
それをパタパタと走って来たシリウスが船室へと運んで行った。
「で、お前はどうすんの?」
とうとう最後まで動かなかったアイゼンに声をかける。
このまま船を出航させて無理やり連れて行ってもいいが、それは俺のポリシーに反する。連れていくならきちんと納得してもらって連れていきたい。
「……どうしたらいいんだろうな」
「俺は知らん。好きにすればいい」
冷たいかもしれないが俺にはそういうしかない。俺が何を言ったところでこいつは心からは納得しないだろうし、それじゃあ意味がない。
「それが分かんないんだよ。……俺はいままでエリーを守ることしか頭になかった。けど、それがエリーを苦しめるなら、……今までやってきたことが間違いなら何をすればいいのか、わかんないんだよ」
「エリーゼのことが大事なんだろ。……なら、答えはもう出てるじゃねぇか」
俯いたまま動かなかったアイゼンの肩が少しだけ動いた。
「……おい、犬。エリーゼが寝てるのはどこの船室だ」
「そこの角だよ。……けど、どうする気だ?」
「アイゼン、エリーゼが起きたら十五分だけ二人きりにしてやる。……好きにつかえ」
俺の発言をシリウスが変な顔をする。自分でもおかしなことしか言っていないのはわかっているので気にしない。
「はぁっ?!アル、本気かよ」
「本気だよ。責任は俺がとるから、心配すんな。……いや、そんなに気になるなら扉の前で見張ってろよ。どうせ部屋の中の声は外からじゃ聞こえないけどな」
面倒なこと押し付けられるしな、と思っても口にはしなかった。いうと絶対拒否るしな。
正直、アイゼンが逃げ出すようなことはないと俺は思っている。エリーゼがそれを望まないからだ。冷静になったアイゼンはもうエリーゼの望まないことはやらないはずだ。だから、心配はしていない。
シリウスはうーんとない頭で考えるようなそぶりを見せると、
「わかった。その代わり部屋の中で異変があればすぐに突撃してアイゼンを拘束するからな」
「よし!交渉成立!……じゃあ、あとは任せた」
二人をその場に残したまま、俺はその場を後にした。ここで俺が言うべきこともやるべきこともすべてきちんとやれたはずだ。
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