第15話

「休憩はもう終わりか?逃げたのかと思ったぞ」

「そんなわけないだろ」

 挑発してくるアイゼンに向かって、もらった刀を抜いて切りかかる。刀がぶつかり合い甲高い金属の衝突音が響いた。

「そんなものが俺に効くと思うな!すぐに分解してやるよ」

 つばぜり合いをしながらアイゼンの口角が獰猛に持ち上がる。異能によって刀を分解しようと考えているのだろう。だが、それはもう対策済みだ。

「!?……分解できない!」

「タネが分かってるんだ、対策くらいしてるさ。異能なんだから魔力が通らないと、触ってても作り直せないんだろ。だからこの刀には俺の魔力を通した。これならお前と斬り合いができる」

 異能の対策をされていた動揺からか、つばぜり合いはアルが制した。押し負けたアイゼンはその勢いのままに距離をとった。

 一瞬、動きを止めてこちらを睨んだ。その顔には怒りが見て取れた。

「分解できなくても俺の有利に変わりはないんだよ!」

 再び武器を作り換えながらの連撃が行われる。

 アイゼンの怒りに呼応してか先ほどまでよりもさらに速くなっている。だが、その攻撃がアルをとらえることはなかった。

 右切り払い、左振り下ろし、槍に作っての突き、追い立てるような刀での連続切り。切り上げ、横なぎ、突きと迫る攻撃のことごとくを避け、最後の振り下ろしを刀で受け止めて足払い。転がったアイゼンに刀を振り下ろすが飛び起きの要領でくりだされた蹴りを喰らい、後ろに飛ばされる。

「はあッはあッ、くそっ」

 起き上がったアイゼンは肩で息をしていた。

 怒りと焦りのままに繰り返した攻撃は、速くはあったがその分無駄も多く、体力を大きく消耗していた。

「まだだ。まだ終わりじゃない。俺はエリーを守らなくっちゃいけないんだよ」

 切りかかってくるもアイゼンにはさっきまでの動きのキレはない。破れかぶれの攻撃がアルに当たるはずもなかった。振り回す武器は空を切り、少なくなっている体力はさらに削られていく。

 体力がなくなり振り回していたはずの刀に振り回されるようになったアイゼンを介錯するように一息に刀を振り下ろした。両手に持った刀で防ごうとするも、アルの人たちは受け止めた双刀を中ほどから砕き、そのままアイゼンの肩口から腹までを斜めに切り裂いた

「がふッ……」

「アイゼンッ!」

 傷から血を流しながらアイゼンは両膝から地面に崩れ落ちた。その様子を見たエリーゼの悲鳴が廃工場の中に響き渡った。

「もういいだろ。勝負はついた。俺にはどうしてもお前が悪い奴だって思えない。エリーゼから話は聞いてる。俺たちはエリーゼやお前を利用する気なんてないよ」

「……そんな言葉、信用できるか!……俺たちは何度もその言葉に騙されてきたんだ。お前たちだってエリーを利用することしか考えていないんだろ!」

 怒りのままにふらふらとまだアイゼンは立ち上がる。その姿には悲しいほどの執念を感じた。圧倒的な拒絶の意思。

 今の一撃だけでも致命傷にならないように加減をしたとはいえ、浅くはない傷だ。これ以上の攻撃はアイゼンの命を脅かしてしまう。


「……これはとっておきのつもりだったが、お前のために使ってやるよ。なんでここまでガキどもを使って鉄を集めたと思う?作り上げるためだよ!この街どころか国すらも滅ぼす鉄の巨人をッ!!」

 高らかな宣言とともにアイゼンの足元から銀色の波が発生した。それは鉄の鎧を形成していた鉄だろうか。そのまま鉄の波はどんどん広がっていき、地面に刺さっているくず鉄たちを巻き込んで溶かし、勢いを増しながら広がっていく。ものの数秒で鉄の波は池となり、そして工場すら飲み込まんとする湖へとすら変貌を遂げようとしていた。

「ヤバい!逃げるぞ!」

 投げ捨てていた鞘に刀をしまい、入り口近くで立ち呆けていたエリーゼを抱えて全力全身のダッシュで工場の外へと逃げる。刀をくれた軍人は横目で見たときにはいなかったので、身の危険を感じ先に逃げたようだ。————シリウスは知らん。勝手にどうにかするだろう。


 息を切らしながら廃工場から出た瞬間、後ろの屋根を突き破ってそれは現れた。

 大気を震わしながら組みあがっていくその体はまるで物語の中から出てきたかのような現実感がない。空を覆い尽くさんほどの巨体。金属でできた大きな両腕。まさしく————鉄の巨人だった。

 重火器などは搭載していないようだが、そんなものなくてもその腕を振るうだけでも人間など、いや街一つくらいは難なく滅ぼしてしまうだろう。

 アイゼンがこれをとっておきと言ったのもうなずける。こんなものが暴れ始めたら警察組織ではどうにもならない。これと戦うにはそれこそ戦争をするくらいの軍事力が必要になる。それはもう戦争といっても過言ではない。

「おい!アル、俺とお前が力合わせてもさすがにあれは無理だぞ!」

「……だめ、アイゼン。……もうやめて」

 弱音を吐くシリウスの横でエリーゼは涙をこぼしながら巨人を見上げている。

 正直、俺だってあんなデカい鉄の塊と戦って勝てる気なんかしない。だが、そんなことにはならない。

 鈍感なシリウスはともかくエリーゼにはもう分かってるみたいだ。異能であれほど大きな巨人を作ったことの代償に。

「大丈夫だ、犬。もう少しすれば全部終わる」

「どういうことだ?」

「見てればわかる」

 驚愕するシリウスをよそに静かに事の始末を見届けるため巨人を見上げ続ける。

 周囲の鉄をさらに吸収し、みるみると大きくなり続ける巨人。だが、それも巨人が全長三十メートルくらいになったとき、止まった。そして今度は末端部分からガラガラと音を立てて崩れ始めてしまった。

「おい!どういうことだよ!アル!」

「見ればわかるだろ、自壊してるんだよ。異能の使い過ぎで維持する魔力が足りなくなったんだ。あれだけのサイズだ、アイゼンの異能がなくなれば自重に耐えられなくなって勝手に壊れていくに決まってるだろ」

「じゃあ、中にいるアイゼンは……」

「このままじゃ、崩壊に巻き込まれて死ぬ。だからその前に、————助けに行くぞ!……エリーゼはここで待ってろ。あのバカ野郎の傷を治してもらわないといけないからな。ほら、犬。急げ!」

 胴体が崩れ始めたのを確認すると、崩れ行く巨人が降らせた屑鉄の雨の中へ飛び込んだ。

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