第14話

「はあっ!」

 アイゼンが振り下ろした刀をアルは軽々と避けて見せた。そのまま怒涛の連撃が繰り出されるが、雷をまとったアルにはかすりもしない。

 速さではアルが圧倒的に有利だ。両者とも魔術で身体能力を強化しているが、アルはその上から属性魔術によって更なる身体能力の強化を行っている。その差が顕著に表れているのだ。

 アルはカウンターを狙い、ギリギリで連撃をかわし続ける。

 体の流れから振り下ろしと予測し、引き付けて回避した。そしてがら空きになるはずの胴にカウンターをと、拳に力を入れた瞬間、悪寒が走りとっさにバックステップで距離をとった。その次の瞬間、上半身があった場所には別の刃が煌めいていた。

 あのまま攻撃していたら体が半分になっていた、と額に伝う汗を拭った。そしてようやくアルは気が付いた。右手にも左手にも刀が一本づつ握られている。そう、————刀が増えているのだ。

 それによって俺の予想は確信に変わった。こいつの異能の正体、それは

「お前の異能、金属を作り直す力だな」

 その問いに返事はない。アイゼンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、すぐに凶悪な笑みへと切り替わった。————それが答えだ。

 聞いたこともない異能だが、よく考えればいろんなところにヒントは存在していた。

 最初に不思議に思ったのは、鉄のように硬いのに鎧をまとっているとは思えないような動きをしていることだった。あきらかに異能由来のものだったが、それだけではなにもわからなかっただろう。それを解決してくれたのはあの刀身の無くなった刀だった。

 あの刀の刀身がなぜ無くなったのか。いつ無くなったのか。なぜ柄と鍔だけが残されていたのか。その理由を考えた結果、信じられないが鉄を作り直す異能にたどり着いた。

 刀身が無くなったのは、アイゼンの刀を受け止めたときだ。受け止めた瞬間にアイゼンの異能によって刀が作り替えられて形を奪われてしまったのだ。その結果、刀身だけが失われ柄と鍔だけが残されたというわけだ。

 急に現れる刀と硬い体についてはたぶん同じ原理だ。服の下に流体化した鉄を纏っていて必要に応じて刀や鎧を形作っているのだろう。攻撃の当たる一瞬だけ硬化させれば動きに制約は出ず、鉄の硬さと生身の柔軟な動きを兼ね備えた戦いができるというわけだ。そのくせ武器を持っていなくても瞬時に作り出せる。まさしく攻防一体だ。

 初見殺しかつ理不尽すぎる異能。いやらしいにもほどがある。

「俺の異能がわかったところで結果は変わらない」

 左手の刀を流体化させ体に戻すと、再度まっすぐにこちらに突撃してきた。

 突撃の勢いまで加わった右の刀での振り下ろし。だが、正面からの馬鹿正直な攻撃を受けるアルではなかった。

 避けられた刀は地面に転がった鉄を叩いた。すると、叩いた鉄を吸収し、大きな斧へと姿を変えた。そのまま体を回し、横なぎに払う。一連の流れは流れるように速く正確だ。

 コートの裾を犠牲にしてかろうじて躱したが、そこから追い打ちをかけるようにアイゼンの連撃は続く。

「ぐううっ」

 斧から槍、大剣にナイフ、矢継ぎ早に姿を変えていく武器による波状攻撃。間合いも速さに戦い方すら変幻自在のアイゼンに防戦一方でじりじりと追い詰められていく。

 武器が大きくなれば重さで動きが鈍くはなるが、その隙をつく前にいらない鉄は削ぎ落され地面へと逃がされる。そしてそれも次の攻撃への布石となる。無駄もなく隙も少ない、異能を効率的かつ効果的に使った戦い方だ。

「どうした!どうした!!やられてるだけか?」

 少ない隙をついてなんとか攻撃を加えるがそれも鉄の鎧に阻まれてしまい、ほとんど意味をなさない。それに加えて自分の拳が傷つくのでマイナスまである。

 せめて刀があれば……。歯噛みをするアルだったが、ないものはないのだ。あきらめて思考を切り替える。

 今必要なのはアイゼンの纏っている鉄の鎧を貫ける鋭い一撃だ。現状では片手を犠牲にするつもりでの決死の一撃しか突破口はない。それをぶつけられるような大きな隙を待つしか、アルには選択肢はなかった。



 ***


 廃工場の外、割れた窓の向こうからアルとアイゼンの戦いを見る者がいた。

 青い軍服に身を包み、癖のある金髪をした碧眼の背の高い男。

 気配を消しているわけではないが、中にいる誰しもが目の前で繰り広げられる戦いに集中しているため彼の存在に気づくことはない。

 彼もまた工場内で行われている戦いを一心に見つめていた。


「すごいものだな。異能者同士の戦いとは」

 ひとりでにぽつんとつぶやいた。

 人工島の外では基本的に魔術師と異能者の区別をつけない。というよりつけられない。力を持たない者には両者の見分けがつかないからだ。それゆえ異能者という同一の呼称で呼ばれる。

 実際には魔術師と異能者の戦いなのだが、そんなことを知る由もない男の視線は雷を纏う魔術師の少年に注がれていた。

「あの少年の速さと鋭さ。彼と同じ力を手に入れれば、私にも異能者が殺せる。————私の目指す頂はあの少年だ」

 国連軍のトップエース、対異能者用特殊部隊の隊長である彼の目的は、異能者の殲滅。過去に凶悪な異能者によって大事な人を殺された彼は復讐の炎をその心に宿していた。だが、それをかなえられる力を持っていないことも自覚していた。だからこそ、目の前で行われている戦いを羨望の目で見つめるしかない歯がゆさに身を震わすしかできなかった。

 戦いは熾烈を極めていた。雷の少年に対する異能者が全力を出し、周囲に転がる鉄を作り替えながら戦い始めたからだ。その攻撃に雷の少年は防戦一方になっている。

 男が見るに、戦闘力は雷の少年の方が高い。だが、戦いには相性がある。雷の少年の速さは驚異的だ。おおよその人間にはとらえられないほどに。だが、鉄の少年の守りを突破できるほどの攻撃力はない。対して、鉄の少年には雷の少年を打倒するだけの攻撃力がある。速さは雷の少年に遠く及ばないがそれでも人間離れしている。彼ならば戦いが長引けば雷の少年の動きをとらえることができるようになっていくだろう。となれば、鉄の少年が有利と考えるのが自然だ。だが男はそうではなかった。

「あの少年、……なぜ本気を出さない」

 雷の少年の戦い方、立ち回りの端々に剣士のそれを感じる。しかも相当な練度だ。普通の戦士なら気が付かないであろうが、同じ剣士である男には感じ取れた。相対する鉄の少年は刀を使っているものの、剣士ではない。彼は使う者ではなく、作る者だと男は感じ取っていた。だからこそ、刀を持てば雷の少年が負けるはずがないと疑念すら持たずに思っているのだ。


 不意に男の立っていた窓の横の壁が衝撃音とともに何かがぶち破って来た。雷の少年が鉄の少年に蹴り飛ばされ、こちらに飛んできたようだ。さすがは異能者の蹴りといったところで、雷の少年はトタンの壁を骨組みごとぶち破って、さらに一メートルほども飛ばされていた。

「いててっ。くそ、やっぱ刀ないときついな」

 舞い上がった煙の向こうから、声が聞こえた。

 本来、ここにお忍びで来ている男は少年と会話するわけにはいかないのだが、少年の言葉に心が躍ってしまった。あの少年の本気が見てみたいと思ってしまったのだ。

 それゆえ取ってはならない行動とわかっていながら、その行動をとった。

「少年、刀を持っていないのか?」

「えっ?」

 誰もいないはずの場所からの声に、少年は驚きの表情を浮かべる。そして、男と目が合うと怪訝な表情を浮かべた。男が身を包んでいる軍服が国連軍のものと知っていたからだ。

「あんた軍人か。なんでこんなとこに……」

「あいにくここには極秘任務できている。君たちと事を構えるつもりはないよ。……それよりも、刀はどうしたと聞いている」

「……あいつに折られた」

 男に詰められた少年はしぶしぶと言った様子で答えた。男はその答えを聞いて、ようやく納得した。

「使いたくとも使えなかったのだな。……では、これは君にあげよう」

 男は腰に差していた三本の刀のうち一本を少年に投げ渡した。少年は反射的に受け取ると眉間にしわを寄せ、疑いの目で男を見た。

「なんで俺にこれを?……あんたら、俺たちを目の敵にしてるはずだろ?」

「ふふっ、なんてことはないただの興味さ。君の本当の力を見てみたくてね。その刀は銘はないがそれなりの名刀だ。君が振るうに不足はないはずだ」

 少年は刀を少し鞘から抜くと、目を光らせた。その刀身を見て少年の胸が躍ったのを男は感じた。

「……いいだろう。もらえるもんはもらっといてやる。そのかわり、俺たちは出会ってない。これはここに落ちてたから拾った。いいな」

「話が早くて助かる。————さぁ、君の力存分に発揮してきたまえ!」

 男が背中を押すように言った言葉を少年は無視して、そのまま廃工場の中へ飛び込んでいった。

 その様子を男は狂気の笑みで見送った。

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