第13話

「ご苦労だった。ここからは危ないから逃げていいぞ」

「ひぃいいいい」

 シリウスが倉庫の中の様子を見に言っている間に案内してくれたガキを逃がしてやった。

 俺は一切いじめには関与していなかったのだが、明らかに俺の顔を見て悲鳴を上げて走って逃げて行った。それがなんだか癇に障った。人は傷つけないをモットーにしている俺がなぜあんな野蛮人と一緒にされないといけないのだ。————えっ?勢い余ってプリンの指を折った?アレは事故だから、しょうがない。

 とりあえず後でシリウスで憂さ晴らししよう。

「おい、アル。中に……いてッ、なんだいきなり」

「なんでもない。で中の様子は?」

「ああ、デカい奴と小僧どもがいっぱいだった。よっと」

「いてぇな、何すんだよ!」

「やられたからやり返しただけだ」

 うす晴らしで一発殴ったら、反撃されてしまった。そのまま数回似たようなやり取りで殴り合った後、疲れてやめた。殴った回数は、俺の方が一回多かったしな。

 それをみてエリーゼはくすくす笑っていた。あの三人の時と同じようにじゃれ合いの類だと思われているのだろうか。

 シリウスの言っているデカい奴というのは、アイゼンで間違いないだろう。シリウスの身長からしてみれば俺だってデカい奴になってしまうかもしれないが。それと小僧どもがいっぱいというのはいっぱいだったのだろう。獣並みの知性しかないこいつの報告に見た以上の情報は含まれていない。素直に受け取ろう。

「じゃあ、行くか!」

「よっしゃ!」

 さび付いた工場の扉をギイギイ言わせながら無理やり開く。あまりに立て付けが悪いので、扉の音は中にまでよく響いて俺たちの到来を伝達した。

「アイゼン君のお家でいいですかぁ。遊びに来ました!」

 なんてしゃれたジョークを言って見せたのだが、ご家族の方のセンスには合わなかったご様子でご兄弟の方がどんどんと波のように押し寄せてくる。あっという間に俺たちの周りは円形に囲まれていた。

「アル、お前は先に行け。こいつらくらいならエリーゼ守りながらでもなんとでもなる」

「任せた。————殺すなよ」

「わかってるよ。お前こそ気をつけろよ」

「アル、アイゼンを止めてあげて」

「安心しろ。負けても骨は拾ってやるからな」

「負けること前提じゃねぇか!?……大丈夫だ、ちゃんと止めてきてやるから」

 シリウスにエリーゼのこととアイゼンの手下の相手を任せて、大ジャンプで押し寄せる人の波を飛び越える。

 波の奥には天井近くまで積みあがった屑鉄の山。見る限り工場の半分は鉄で埋められている。そしてその鉄の山のふもとにアイゼンが偉そうに座っている。

「またやられに来たのか!」

「だから、負ける気はねぇって言ってんだろうが!」

「そんなこと知らねぇよ!」

 勢いのまま右の拳を突き出すが、アイゼンに受け流される。正面からの一撃だったからしょうがないのだが、あまりにきれいに受け流された。

「エリーを返せ!あいつはお前らが気安く触っていいような子じゃないんだよ!」

 アイゼンの拳を真正面から受け止める。

「だから!俺は保護をしに来たって言ってるだろうが!それにエリーゼをだけじゃなくってお前も保護をしたいんだよ」

「お前らはそういってすぐに嘘をつく!そんな手にはもう引っかかると思うなよ!!」

 数度の打ち合いの末、拒絶の言葉とともに当身で吹き飛ばされる。大きく後方に飛ばされるが、体を反転させ勢いを殺す。

「このわからず屋が!」

 想像通りの反応だったが、自然と悪態をついていた。

 ちらりとアイゼンの視線が入口の方へ向いた。

 入口で戦っていたシリウスの方はすでに片付いたようで、手下のガキどもは逃げ出したのか姿を消していた。エリーゼと二人でこちらの様子を見つめていた。

「役立たずどもが!!……エリー!すぐに助けてやるからな!もう手加減はしねぇぞ」

「それはこっちもだ。昨日みたいに行くと思うなよ」

 魔力の動きからアイゼンのギアが上がったのが分かる。だが、俺だってそれは同じだ。

 今まで使っていた身体強化の魔術に加えて、俺の属性魔術『雷』を発動する。全身が発光を始め、体を流れる電気が全身の細胞を活性化させていく。筋肉のリミッターも解除され、俺の体のポテンシャルをすべて発揮できる。

「さあ、第二ラウンドだ!」




 最初に仕掛けたのはアルだ。

 属性魔術を発動したことによって上がった身体能力は常人ではとらえることすら難しいほどの速度を実現している。一瞬を超え、刹那で間合いを詰めるとアイゼンの顔面に右の拳で一撃。

「ぐッ!」

 完全に虚を突かれたアイゼンが大きくよろめく。体がよろめけば必然的に隙が増える。その隙を見逃すアルではなく、隙だらけになった胴に追い打ちで数発打ち込む。鉄を殴るような感触と拳に走る鈍い痛み、一瞬アルの顔が険しくなるがそれでも止まりはしなかった。

 最後の回し蹴りはきれいに決まり、アイゼンを鉄の山の中心まで飛ばした。

 やべっ、やらかした。

 勢い余ってアイゼンを飛ばしすぎた。アルの予想では、アイゼンの異能は鉄があることで十全な力が発揮できるものだ。だからこそ、戦いを有利に進めるには鉄のない場所、または触れられる鉄の量をある程度こちらでコントロールする必要があった。だが、今アイゼンは鉄の海に身を浸していると言っても過言ではない。————すなわち、戦いはここからだ。

「昨日が全力じゃなかったのは本当らしいな。だが、それもここまでだ」

 アイゼンは唇から流れる血を拭うと余裕の表情を浮かべた。

「オラァ!」

 掛け声とともにアイゼンは周囲を囲んでいたくず鉄を勢いよく投げ始めた。大小さまざまなくず鉄が空を舞うが、その狙いはアルではない。エリーゼを気遣ってか、入り口付近は無事なようだが、くず鉄の雨は工場全体に降り注いでいるのだ。

 アルにはこの行動の意味が分かっていた。これはアイゼンが戦いやすいフィールドを作るための準備だと。

 鉄の山は一山分くらいなくなるころには、工場内は鉄が散在していた。

「次はこっちから行くぞ」

 フィールドを作り終えたアイゼンが刀を構えてまっすぐにこちらへと突撃してきた。

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