第11話

「私はもともと北国の辺境生まれなの。私の住んでた街は熱心な宗教家の多いところで、異教徒や信仰心が薄い人はすぐに排除されるくらいにみんな熱心に神様を信じてた。

 私はそんなところでこんな力をもって生まれてしまった。幼かった私はこの力を隠さずに使っていたから、街のみんなが知るのもすぐだった。街のみんなは人の傷を治せる力を持った私のことを『神様の使い』って呼んで崇めたの。私が生まれたのは自分たちの信仰心の賜物だって」

 宗教の根付いた街で治癒の異能をもった少女が生まれた。異能の中では日常の中の異常として受け入れやすい力だったために、高い信仰心とその力が結びついてしまい歪んだ受け入れられ方をされてしまったということなんだろう。

 異能者は集団から排斥されることが多いが、彼女のように受け入れられるというケースはまれだ。だからと言って、それが彼女の幸せにつながるかは別の話だが。

「それから私は街の人に言われるがまま力を使った。まだ子供だった私はみんなに頼られるのがうれしかったの。それが自分たちの宗教の信徒を増やすための駒にされてるなんて知らずに。

 気が付いたらいろんな町を回ることになっていて、私の力は自分たちの信仰心のたまものだって、信仰心がおこした奇跡だって、宣伝していたの。それをいろんな人に見せるために一日二十人や三十人も治すことだってあった。けど、そんなことしてたら魔力がいくらあっても足りなくて、魔力切れになって傷を治せなくなるとみんな顔色ががらっと変わってしまうの。

 信仰心が足りないとか、神様の使いとしての自覚が足りないとかいろいろ言われて、ご飯が無くなったり、ひどい日には暴力だって……。アイゼンと出会ったのはそんなころだったかな」

 それは信仰心の暴走と言っていいだろう。エリーゼの力を自分たちの宗教、ならびに信仰心と結びつけてしまったがために、彼女の力の本質をはき違えてしまった。そのズレは致命的で、迫害とはまた違う苦しみを与えてしまっていることさえ彼女の周りで理解している人はいなかっただろう。だって、そもそもエリーゼのことを神様の使いとしか思っていなかったのだから。本当に人間として、彼女を思ってくれる人がいたならば過去を語る彼女の顔がこれほど苦しそうなものになるはずはない。

「アイゼンはいつもボロボロだった。あの時のアイゼンは人と馴染もうとしないで、暴力に明け暮れてたの。お仕置きで教会に閉じ込められた私が出会ったのはそんなアイゼン。

 ケンカでぼろぼろの彼を私が面倒を見てあげたの。異能の使い過ぎで魔力もなかったから、寝かせるくらいしかできなかったけど。

 それからアイゼンは夜になると教会に足を運んでくれるようになってくれた。アイゼンはいろんな話をしてくれて私の話もいろいろ聞いてくれた。けど、それもその町にいる間だけ、すぐに次の町に行くことになった。別れたくなかったけど、しょうがなかった。世間知らずの私が一人で生きていけるわけなんかなかったから。

 次の町へ移動する前日の夜。その日もアイゼンは教会にやって来た。そしてアイゼンは私を教会からも町からも連れ出してくれたの。それからは二人で逃亡生活。貨物船に密航したり列車に無賃乗車したり、街までの道のりを何キロも歩いたり、知らない島国で刀鍛冶のおじいさんと暮らしたりもしたなぁ」

 アイゼンとの旅の思い出を語るエリーゼはさっきまでの苦しそうな表情と違い、楽しそうだ。利用されるだけの窮屈な生活から解放された先の世界はどれだけ煌びやかで驚きにあふれたものだったか。本当に世界が変わったみたいに思えたはずだ。

「外の世界は楽しかったんだな」

「うん、行ったことない場所でいろんなものが見れてすっごく楽しかった。……けど、そんな中でも街からの追手は続いた。私のせいで広がった宗教が私を苦しめたの。

 逃げた神様の使いは自分たちの信仰心を邪魔するものだって、ずっとずっと追いかけてきた。それに加えて、どこからか私の力を聞きつけて利用しようとする人たちもやって来た。ぐずでドジな私はその人たちの言うことを信じちゃってそのたびにアイゼンが助けてくれたの。あんな風に必死に。……私はアイゼンと一緒に静かに暮らせればそれでよかったのに、追手の人たちはずっと追ってきた。

 何度も何度もそれを撃退しているうちにアイゼンもおかしくなっていっちゃった。私を守るためって言ってこの街に来て、私を連れ去ろうとする人を全部倒すために鉄を集め始めて。……私のせいでアイゼンがおかしくなったの」

 元気のいい声からだんだんと声はしぼむように小さくなっていった。沈み込んだ声で最後にエリーゼは涙ながらにそう付け加えた。

「ありがとう、エリーゼ。もう大丈夫だ。お前のせいじゃないよ。悪いのはお前たちを苦しめる大人と、早く見つけてあげられなかった俺たちだ。……アイゼンは鉄を集めて何をしようとしてるんだ?」

 涙を隠すように顔を手で覆ったエリーゼは、俺の質問にふるふると首を振ると

「……わからない。聞いてもこれで私を守るとしか言ってくれなくって」

 エリーゼも知らないのか。そうなると何を行おうとしているかはアイゼンの中にしかないのだろう。結局勝負は出たとこ勝負ってことか。

 これ以上、話を聞くのはエリーゼを苦しめてしまうだけだろう。今のところ聞きたいことは聞けたことだし、彼女の口ぶりから俺の推測が正しいことはほぼほぼ証明できた。エリーゼを落ち着かせたらお暇するとしよう。それに、

「お前ら、何やってるんだ」

 扉を開くと、三人が部屋になだれ込んできた。三人の手にはそろいもそろってコップが握られている。

「「「ぐすっ、あにきーっ」」」

「話聞いてたな」

「聞いてないです。ぐすっ」

 どいつもこいつも大号泣してるんだから聞いてないなんて嘘が通じるわけがないだろ。と思ったが、それをいうのも野暮な気がしたのでやめた。

「わかった。……じゃあ、あとは任せた。腹減ったら食堂にあるやつ好きに食っていいから」

「えっ……?」

 困惑する三人を置いてエリーゼの船室を後にする。たぶん俺よりもあいつらが近くにいた方がエリーゼの気がまぎれるだろう。俺がいるとアイゼンのことを思い出してしまうだろうし。……べつにこういう時の対処が分からないわけじゃない。俺は大人な対応をしただけだ。

「はぁ……、部屋帰って寝よ」

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