第9話
瞼を開くと、見覚えのある天井だった。そう、船の天井だ。
寝かされていたということは、船にたどり着いてすぐ気絶してしまったみたいだ。
ベッドから半身を起こすと、アイゼンに切られたところには包帯が巻かれていた。さすがにあの傷で四人も抱えて逃げるのは無茶だった。そこは少し反省だ。
「よお、早めについたと思ったら、かっこいい姿での出迎えじゃねえか」
声のした方を振り向くと部屋の入り口に人が立っていた。身長は百六十センチ中盤で俺よりも目線が一回り低い。それを補うように、毛先に行くほど色の抜けた髪の毛をツンツンにして身長をかさ増ししている。なんともつつましいことだ。
真っ黒なイレハンの制服に身を包んだその男は傷ついた俺をあざ笑うようにニヤニヤしながらベッドの横にあった椅子にドカッと腰を掛けた。
「で、なんだ犬。……やっぱりお前が追加人員か」
「犬じゃねぇ!オレは……、いや今はシリウスだ」
シリウス、こいつは二か月くらい前にイレハンにスカウトされた獣化の異能者だ。その異能からシリウスというコードネームがつけられた。こいつのスカウトから入島手続き、きちんとした力の使い方までの指導は俺がおこなった。簡単に言えば新入社員とその指導担当みたいな関係なのだ。
なんとなく師匠からのメールの文面でこいつかと思っていたにはいたのだが、正直期待外れ感が否めない。それにしてもシリウスは初めての依頼が長引いてまだ帰ってこられないと聞いていたのだが、何かあったのだろうか。
「お前、自分の任務はいいのかよ。泣きながら俺に連絡してきたくらいだったのに」
軽く聞いたつもりだったのだが、なぜかすぐに回答は返ってこずシリウスは顔を曇らせた。
「……ああ、ちゃんと終わらせてきたから大丈夫だ」
そう言って、それ以上は聞いてくれるなと話を切った。反応から察するにいい結果では終わらなかったのだろう。だから必要以上には聞くことはしなかった。
「四人とも無事か?」
「お前が頑張ったおかげで男三人は打撲くらいで済んでるよ。それよりも治癒の異能の子に感謝しろよ。あの子がその傷治してくれたんだからな。船に着いた時には、内臓が出る寸前だったらしいからな。まともな医者のいないこの街じゃ、手の施しようがないくらいの傷だったんだとさ」
「……そうか」
みんな無事ならよかった。エリーゼはともかく三人は加減を知らなさそうなアイゼンの一撃をもろに喰らっていたから、もしもがあるかもと頭をよぎったが、あれでも思いのほか加減してくれていたらしい。
「で、お前がそこまでやられるなんて相手はどんな能力だったんだ?治癒の子に聞こうにも、どっかの誰かの傷を治して魔力切れで寝ちまったから」
「……よくわからん。殴ったら鉄みたいに硬いし、いきなり刀が出てくるし、その刀を受け止めたらこの有様だ。確実なのは、最初に聞いてた通り異能者だったってことくらいだ。魔術じゃあんなことできないからな」
事実を陳列すると自分の情けなさにため息が出そうだ。
ここまでやられたくせにアイゼンの異能については正体不明だ。エリーゼが起きれば、教えてくれるかもしれないが、一度戦っているのになにもわかっていないのはさすがに情けなさすぎる。
「ふーん、聞いただけじゃよくわからんわ。まあ、オレならそいつの能力なんてわからんくても勝ってたけどな」
カッチーン。勝ち誇ったような顔をしてくる目の前のバカが俺の神経を逆なでした。
「ああ!?お前が戦ってたら速攻死んでただろうよ。だって、俺の方が強いからな。お前より何倍も!!」
「はぁ?アルくーん、それは違うと思うなぁ。戦ったのなんて一番最初だろ。今戦ったらオレの方が強いに決まってるだろ!」
「じゃあもう一回やろうじゃねぇか!ボッコボコにしてやるよ!お前の獣並みの頭にもわかるくらいボッコボコになぁ!」
「やってやろうじゃねぇか!」
バチバチと火花を散らしながら、二人で部屋を出ようとすると、
「兄貴っ!元気になってんですか?」
逆に部屋に入ってこようとする三色頭にぶつかりそうになった。
そのまま面食らった俺は流れるようにベッドに寝かされ、シリウスへの怒りもどこかに飛んで行ってしまった。
「もう兄貴もシリウスの旦那も大人げないですよ。まだ傷も癒えたばっかりなんですから、安静にしててくださいね。あっそうだ、これ」
二人がシリウスを部屋の外に出し、残った赤頭が何かを渡してきた。
渡されたのは布が巻きつけられた筒と真ん中に四角い穴の開いた円形の何か。なんか見たことがある気がするのだが、なんだったかな、これ。
考えながらいろいろ触ってみる。くるくる回したり、いろんな持ち方をしてみたり。そのうち筒をぎゅっと握ってみるとなんだかおさまりがよかった。何度も握ったことのあるようないい感じのフィット感。その感覚でようやくその正体がわかった、これ刀の柄と鍔だ。
「これ、どうしたんだ?」
「あいつと戦ったとこに落ちてたんです。……本当は違うものを拾いに行ったんですが、これが壁の近くにあったのが気になって持ってきたんです」
「たぶんこれ刀の柄と鍔だと思うんだが、刀身はどっかなかったか?」
壁の近くとなれば俺が持っていたものなのだろうが、魔術で刀身が生えてくるビームサーベルなんてものじゃなく普通の刀だったはずだ。こんな状態になるなんておかしい。
「……刀身?なかったですよ。ほんとにこれが落ちてただけでした」
「……そうか」
柄の中を覗いてみるが中はからっぽで、茎も残っていない。となると刀身が折れたというわけでもない。刀身は持ち去られたと考えるのが自然だろう。だが、なぜ刀身だけ?
普通に考えて刀を持っていくならそのまま持っていく方が安全だし楽だ。もしもの時はそのまま使えるし、刀身だけ持っていくメリットなど皆無だ。なら、刀身しか持っていけない理由があった。または刀身だけを持っていかなければいけなかったということか?それがアイゼンの異能につながるんだろうか。
思考を巡らせる。アイゼンと戦ったときに感じた不審な点、妙に硬い体、いきなり現れた刀、受け止めたはずなのに当たった斬撃。……いや本当は受け止められてなかったとしたら?刀身は戦った後じゃなく、あの時なくなっていたとするならつじつまが合う。アイゼンの手にいきなり刀が現れたのも、ガキどもに鉄を集めてさせている理由も異能の正体がそれならばきちんと繋がってくる。
パチン、とパズルのピースが嵌る音が聞こえた。
「おい!赤!」
「はいっ!?」
「お前、大手柄だ!アイゼンの力の正体がわかった!」
「えっ?……力ってなんのことですか?」
「……シリウスのとこに行く。作戦会議だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます