第8話
「そっちに行ったぞ!」
「よしきた!これで終わりだーッ!」
「甘いんだよ!くらえッ!」
赤頭が振りぬくと、バシーンという音を立ててボールが地面にたたきつけられた。あの子と遊んでいたはずが、気が付けば馬鹿三人組が必死になってボール遊びをしている。……ほんとアホだな、あいつら。
「ふふふっ、やっぱり面白い」
ボール遊びを抜け出した少女は俺の隣に座って馬鹿どものバカ騒ぎを見て笑っている。
「そういえば名前聞いてなかったな。俺はアル。あそこにいるのは……、あいつらの名前知らないわ。俺は頭の色で赤、青、プリンって呼んでる」
「私はエリーゼ。よろしくね。アル」
「ああ、よろしく。……エリーゼは一緒に遊ばなくっていいのか?」
「うん、あれに付き合ってたら、怪我しちゃうから」
エリーゼの口から思いのほか冷静な返しが返ってきて驚いた。まだ幼いのにそこらへんよくわかってるんだなと感心してしまう。あんな馬鹿な遊びに付き合って怪我するなんてしょうもない。だが、それが少し引っかかった。この子が治癒の異能者なら怪我しても自分で治せるんだから、そこそこ無茶するくらいはしてもおかしくないのに。
「……あそこで遊んでるプリンから聞いたんだけど、エリーゼは怪我を治す力を持ってるんだろ?だったら、怪我しても自分で直せばいいんじゃないのか?」
その質問にエリーゼは目を瞬かせた。そして、一瞬の逡巡。たぶん話していいか迷ったのだろう。けれどすぐに返事は返ってきた。
「この力は自分には使えないの。ねえ、……アルはこの力が欲しくて私と遊んでくれてるの?」
迷った末に答えてはくれたが、言葉の中には明らかに警戒の色が見える。だが、それは仕方がないことだろう。迫害の対象になりやすい異能者は人一倍警戒心が強い傾向がある。ほんの少しだけ縮んだ心の距離も、異能の話を切り出すにはまだ早すぎたみたいだ。けど、治癒の異能という異能の中でも希少な力を持っている以上、彼女が危険な目に合う前に保護をしてあげたい。
「ちがうよ。俺もエリーゼみたいに特殊な力があるんだ。……厳密には違うんだけどね」
できるだけ優しい声音で告げた。そして馬鹿三人がこちらを気にせずにボール遊びに夢中になっているのを確認すると、エリーゼに手のひらを広げて見せてそこに雷を一条迸らせる。
「……アルも私たちと一緒なのね」
エリーゼは顔を曇らせた。その表情にどれだけの悲しみが含まれてるか、俺にも正確には理解できない。だけど、それが人並み以上なことは容易に予想できた。同じ顔を何度も見てきたからだ。
「俺は君みたいに特殊な力を持っている人を保護する仕事をしてるんだ。安全な島に同じように力を持った人を集めて、安心して暮らせるようにしてるんだ」
「……そう、じゃあアルは私を連れに来たのね。けど、私は行けない」
「どうして?」
「アイゼンはそれを許してくれない。それに彼があなたのことを知ればきっと————」
それ以上は口をつぐんでしまい聞くことはできなかった。それ以上は口にしてはいけないとでも言うように。
エリーゼはアイゼンなる人物の意思を尊重しているようだ。どんな人物かはわからないが、彼女の大事な人には間違いないだろう。となれば、アイゼンを説得するところから始めるべきだろう。説得するならアイゼンのことを少しでも聞いておいた方がいい。
「その、アイゼンとはどういう関係なんだ?家族とかなのか?」
「違う。……アイゼンは私を守ってくれる人。私を助けてくれて、それからずっと私を守ってくれてるの」
「それってどういう……?」
俺の質問にエリーゼが答えることはなかった。答えが返ってくるより前に、威嚇するみたいな攻撃的な声が響いたからだ。
「なんだ?てめぇ!」
ボールで遊んでいたはずの三人の前に背の高い男がいつのまにか現れていた。三人とも決して背が低いわけではないのだが、男はそれよりも頭一つ以上高い。服の上からでもわかるくらい体は鍛えられており、がっしりとしている。おかげで見る者を圧倒する威圧感が自然と発せられていた。それに加えて、殺気だっているようだ。馬鹿三人は気が付いていないが、今あれに絡むのは危険以外の何物でもない。
「……俺はエリーに用があるんだ。邪魔だ、そこをどけ」
「ああっ?なんか言ったか?」
「馬鹿ッ!やめろ!!」
刹那、鈍い音を立てて男に絡んでいたプリンの体が一瞬宙に浮き、くの字のまま地面に崩れ落ちた。腹部に鋭い一撃を喰らったのだ。
倒れたプリンはピクリとも動かない。
「テメェ!?」
「この野郎!」
プリンがやられたのを見て、ほかの二人も男に殴り掛かる。が、しかし次の瞬間には同じように地面に転がされてしまった。
やばい、あいつ強いぞ。
動きの速さが常人のそれじゃなかった。三人とも反応すらできずに気絶させられたところから見るに、あの男が目的の異能者に間違いない。
「くそッ!」
いくら危険な相手とはいえ、いきなり真剣で切りかかることはできない。一度制圧しておとなしくさせてから話し合いに応じさせる。
荷物から隠してた刀を取り出し、鞘に入れたまま殴り掛かる。
一瞬のうちに詰まった間合いで、刀と拳を何度か打ち合うが感触は良くない。そもそも人を殴るのはあまりいい感触ではしないのだが、それとはまったく違う。なんというか、鉄でも殴っているみたいに硬いのだ。そのくせ動きはそれを全く感じさせないほどに素早く柔軟だ。おそらくすでに何らかの力を使っているのだろうが、異能なのか魔術なのか、力の正体は見当もつかない。
「————アイゼン、もうやめて!」
エリーゼの叫びに、両者手を止めた。
彼女はこの男をアイゼンと呼んだ。先ほどの話がたしかならエリーゼをずっと守ってきたのだから、それ相応の力を持っているということになる。一筋縄でいく相手ではないかもしれない。
「止めるな!エリー、こいつらはお前をまた連れ去りに来たんだろ!その前にこいつを殺す!そのために俺たちはこんなところまで来たんだろ!!」
その言葉でようやくこいつが襲ってきた理由がわかった。こいつは勘違いしてるんだ、俺がエリーゼを連れ去りに来たと。だから、それをさせないために出てきた。なんとけなげなことで。けど、それがわかれば、その勘違いを正せばこの場は収まるはずだ。。
「俺は別にこの子を誘拐しに来たわけじゃねぇよ。俺は保護するために……」
「そんな言葉が、信用できるか!」
「おわっ!?」
怒りに任せて振るわれた腕を刀で受け止める。金属のぶつかるような音とともに、殴られた反動で大きく後方へ吹っ飛ばされた。
体を反転させて勢いを殺すと、こちらを睨みつけるアイゼンと視線がぶつかった。
「お前をここで殺して、俺がエリーゼを守る」
さっきよりも鋭いむき出しの刃のような殺気が体を震わせる。
相手のギアが一段上がったのを理解するとアイゼンの異変に気が付いた。何も持っていなかったはずのアイゼンの右手に刀が握られていたのだ。
そんな気配もそぶりも全くなかったはずなのだが、あのむき出しの鉄の刃を刀と形容せずなんという。何が起こったかは理解できないがあれは異能だ。魔術には何もないところか刀を発生させるなんてことはできない。ああいう意味不明な能力は異能の専売特許だ。だが、あれは何の異能だ?
あそこまで頭に血が上ってしまえば話し合いに応じてはくれないだろう。それに異能の片鱗を見たにもかかわらず、俺にはその力がわからない。なにをされるかわからない以上、こちらも本気で対処する必要がある。
静かに刀を鞘から抜く。鞘は適当に投げ捨てて、刀を構える。
構えたのを合図にしたようにアイゼンはまっすぐに距離を詰めてきた。一瞬でこちらの間合いに入ると俺を両断すべく右手の刀を力任せに振り下ろした。
間合いを詰める速度も、攻撃の速さもすさまじいが、反応できないほどではない。十分に受け止められる。
振り下ろされる刃を受け止めるべく、アイゼンの刀の軌道上で刀を横に構える。だが、いつまでたっても攻撃を受け止めた衝撃は訪れなかった。それどころか
「な、に……」
受け止めたはずの刃は、俺の胸から腹にかけてを斜めに切り裂いていた。致命傷になるほどの深さではないが、軽傷というほど浅い傷ではなかった。
驚きもつかの間、追撃で放たれた蹴りをもろに受け、さらに後方へと飛ばされた。
「ぐはッ!」
勢いのままに壁に衝突し、ぶつかった衝撃で肺から空気が押し出され、持っていた刀は地面に転がった。
壁にもたれたまま起き上がれない俺に少しずつ近づいてくる足音が聞こえる。とどめを刺すつもりか。抵抗しようにも背中を強く打ち付けたせいか体がうまく動かない。視界も明滅して定かじゃない。治癒の魔術を全力で使えば、数十秒で動けるようになるだろうが、そんな時間を与えてくれる相手じゃなさそうだ。
まさしく絶体絶命。足音はすでに目の前にまで来ている。あと一息もすれば、とどめを刺せる距離だ。一瞬、諦めが頭をよぎった瞬間、
「アイゼンッ!もうやめて!」
エリーゼが俺とアイゼンの間に割り込んできた。彼女はアイゼンに俺を殺させないためにかばいに来たのだ。それが俺を守るためなのか、アイゼンに殺しをさせないためかはわからないが、それでも今は俺を守ってくれているのはたしかだ。
「どけッ!エリー!!こいつはお前を連れ去りに来たんだぞ!お前を守るには殺すしかないんだよ!」
「違う!アルは私を連れ去ったりなんてしない。ただあの三人と一緒に遊んでくれていただけなの」
「そんなの連れ去る前に信用させようとしていただけだ!どくんだ、エリー!」
二人の口論は続く。アイゼンがエリーゼに気を取られている間に、治癒の魔術を使い、全力で傷をふさぐ。治癒の異能ほど早く回復はできないが、それでも傷をふさぐくらいはなんとかなるはずだ。
「嫌!アルは殺させない!……彼を殺したら、アイゼンが……」
「いい加減にしろッ!」
「きゃあ!!」
しびれを切らせたアイゼンがエリーゼに平手打ちをして倒してしまった。怒りの勢いで叩いてしまったせいかアイゼンの視線がエリーゼの方へ吸われた。
俺のことが視界から消えた瞬間、アイゼンを渾身の一撃で蹴り飛ばす。いくら硬い体を持っていようと衝撃からは逃れられない。蹴られた衝撃でアイゼンが数メートル宙を舞った。
アイゼンが着地する前に、エリーゼ含め四人を大急ぎで回収する。
このまま戦ってもどうにもならない。戦術的撤退だ。
「テメェ、まだそんな力が!」
「アル、待って!」
「待たない。……じゃあな」
四人を抱え、その場を全速力であとにした。
「エリー!……エリー!!」
後ろから追ってくるアイゼンの声が響こうとも、逃げている間にアイゼンから受けた傷が開き血が流れようとも、振り向かず船まで足を止めることはしなかった。
朦朧とした意識の中、なんとか船にたどり着いた。だが、着いた瞬間に俺はそのまま意識を失った。
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