第2話

 依頼というのは、イレハンの仕事のことだ。仕事の内容としては、世界中にいる調査員からの情報で危険な能力者を捕まえに行ったりするのがメインだ。そのほかには、異能者と思われる人間の調査や、極秘裏にパイプを持っている国の上層部からの特殊な依頼もあったりなかったりする。

 依頼の報告は、中央区にある管理塔で行う。今回、俺がやってきた仕事は異能者と思われる人間の調査、とついでに近くであった宝石強盗の逮捕だ。メインである調査の方は大外れ。ただそれっぽいことをマジックでやっていただけだった。割と手の込んだマジックではあったのだが、あれを異能とするにはお粗末すぎだ。今回の依頼は、調査員からの情報をもとにして派遣されたのだが、さすがに文句を言っていい気がする。あそこの調査員の目は節穴だと。


 港から出ると、すぐに南区のレンガ通りに出る。この辺りの景観についても魔法使いの趣味だ。個人的にはもっと都会的な作りにしてもよかったと俺は思うのだが、趣味じゃないとのことで今の景観が作り上げられている。

 歩くたびにコツコツとレンガが心地のいい音を立てる。レンガ建ての建物はなんだか圧迫感があって好きではないが、この靴音だけは個人的に好きだ。

 南区は港に面した商業区なだけあって日中はにぎやかだ。今歩いているのはその南区のメインストリートで、通りには多くの店が立ち並び、買い物客であふれている。港から管理塔に行くにはここを通るのが一番早いのだが今日は思った以上に人が多く、流れに沿って歩くだけでも結構苦労する。

 こういう人混みを歩いていると空でも飛べたらと思うのだが、そんな便利な魔術は存在しない。異能の中にはあるらしいが、魔術師の俺が使えるはずもなく、諦めてこの人だかりを歩くしかない。

 通りにあふれる人だかりの海でもみくちゃにされ、疲労困憊になりつつもなんとか通りを抜けて中央区へと出る。

 中央区に入ると並ぶ建物の雰囲気は変わらないのだが、さっきまでの人だかりは嘘のように人はまばらで閑散としていた。

 中央区では、島の管理業務が中心に行われていて商店などは存在していない。そのため中央区には最初に入島の手続きをしに来て以来、来たことのないという島民も多い。というか、基本的に来る必要性がほとんどないようにできている。となれば、必然的に人通りも少なくなるのは道理だろう。

 人通りが少なくなったおかげで、中央区に入ってから管理塔まではすぐだった。


 管理塔は、島の中心に存在し、地下も含めた全階層で島の管理業務を行っている。島の管理者たる魔法使いはこの塔の最上階で座して開花の人々の生活を見つめている。なんてかっこいいことを言ってみるが、龍脈から魔力の抽出を行うのが下より上でやったほうが楽だから上にあるだけなので、効率重視した結果だ。

 南区側にある管理塔の入場門の前まで着くと、横にあるコンソールパネルにIDカードを読み込ませる。IDカードを読み込んだコンソールパネルがぺかぺか光出し、備え付けのスピーカーが震え

『ID確認。門を開きます。おかえりなさい、アル様』

 システムの音声が流れると同時に、大きな金属の門が音もなくゆっくりと開く。完全に開いたのを確認して門をくぐると、センサーがそれに反応してゆっくりと門が閉じていく。

 管理塔に入ると、まずはエントランスに出る。高い天井に、見渡す限りの無機質な壁と床が円形な部屋を形成している。中央には全自動化された受付窓口が作られており、申し訳程度に受付待ちをするためのソファーが並べてある。窓もなく、生活感のない無機質な空間はとても息苦しくて圧迫感がある。

 用事のない自動受付を素通りし、奥にある上層階へとつながるエレベータに急ぎ足で乗り込む。

 エレベータも作られている材質にはほとんど変わりないのだが、突き当りの壁が全面ガラスになっているおかげで一気に解放されたような感覚をもたらしてくれる。息苦しい空間から解放され、少しだけ息を吐いた。

 管理塔は対外的には地下十階から地上六十階までということになっている。そのためエレベータもそれに準じて地下十階から六十階までのボタンしか用意されていない。だが、実際には地下二十階から七十階まで管理塔には存在する。なんでこんな面倒なことになっているかというと、半分はこれまた趣味、半分は防犯的な理由らしい。

 今回、俺が報告に向かっているのは、最上階の七十階だ。七十階のボタンはないため、行くには裏コマンドを使わないといけない。

 七十階への裏コマンドは、っと。エレベータの扉を閉めて階層ボタンを、六十、十五、五、二,三、最後に非常ボタン。……で合ってたはず、多分。

 ゆっくりと音もなく、エレベータが動き始める。箱が加速していくにつれて、上昇感がじんわりと体を襲ってくる。ガラスの向こうの景色もどんどん下へと流れて眼下に並ぶ建物も小さくなっていく。

 十数秒の上昇のあと、ゆっくりとした減速感、そして止まると同時にチンという音が鳴り、扉が開いた。

 開いた先の廊下は変わらず無機質な壁のままだ。もう少し景色が代わり映えしたり、窓があった方がいいと思うのだが、安全上そうはいかないらしい。

 突き当りを右に曲がり、廊下の流れに沿って一番奥の大部屋。ここが目的地だ。

 この部屋の中で仕事をしているであろう人に今回の依頼についての報告をしに来たのだが、正直気が重い。中にいるのは機嫌の良い悪いがはっきりしている人物なので、機嫌が悪い時に当たったら最悪だ。だが、報告しにいかないほうが面倒なことになるのは分かり切っているので、気が重くても行かなくてはいけない。

 意を決してコンコンと控えめにノックをする。

『……入れ』

 扉の向こうからかすか聞こえた声は、薄く怒気を孕んでいた。

 うん、しっかり機嫌が悪い。うわぁ~いきたくねぇ。

『私は忙しいんだ!早く入ってこい!』

 扉の前でためらっていると、扉が急に開き、見えない力で体をつかまれて部屋の中へ引きずり込まれた。

「どんな馬鹿野郎かと思ったら、うちの馬鹿弟子か」

 引っ張りこまれた先、大きな書類の山に囲まれた机の向こうにその人はいた。

 ぼさぼさの金髪に上下そろえたくたくたのジャージ。ちゃんと整えればきれいな容姿をしているのだが、忙しさにかまけてそういうところにまで気が回せていないのはいつものことだ。

 異能者と魔術師を超越した魔法使いの中でも、ただ一人現代を生きる魔法使い。魔法使いとしての二つ名は管理者。

 彼女がこの島の管理者であり、俺の師でもある。

「はいはい、馬鹿弟子でわるうございました」

「なんだその態度は。美人な師匠に会えてうれしくないのか」

「ぜんぜん嬉しく…………いえ、うれしいです!嬉しくてたまらないのでその手を下ろしてください!お願いしますからぁ」

 引っ張り込まれた腹いせにつれない態度をとったにはいいが、言葉に出さない脅しをかけられ、一瞬で態度を改めさせられることになった。だって、右手に部屋を吹き飛ばすには十分な魔力を溜めてるんだぜ、止めるしかないじゃないか。

 前回同じようなことをやってフロア丸ごと吹き飛ばした時は、衝撃で塔全体が誤作動を起こして島の航行にも不具合が出たくらいの大事になってしまった。もう一度そんなことが起きようものなら、島に不可欠な師匠はともかく俺の居場所がなくなってしまう。じゃなくちゃここまで態度を急変させたりしない。


「師匠、あんまりアルをいじめないでください」

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