第1話
「おい、兄ちゃん。起きろ、もうすぐ着くぞ」
そんなぶっきらぼうな野太い声で目を覚ました。
眠たい目をこすって体を起こすと、半分開いた船室の扉の向こうでガラの悪い船員がこっちをにらんでいた。
ぼーっとした視界で時計を見てみると、時計は昼過ぎを指している。
急に入った宝石強盗の確保依頼のせいで、日が昇ってからの就寝だったのにこんな時間に起こすなよ。しかも起こした本人はひどく機嫌が悪そうだし、ほんと寝覚めがよくない。
「十分もすれば港に着く。荷物をまとめて甲板に出て来いよ」
船員は不愛想にそれだけ言って扉を閉めた。
「……ねむ」
ただでさえ寝不足なのに、こんな調子で起こされては不貞腐れて二度寝でもしたくなってしまう。別に特別扱いしろとは言わないが、もう少し愛想よくできないのだろうか。
眠さでベッドから出るのも辛いが、もうすぐ港に着くと言われてしまったので二度寝もできず、しぶしぶ言われた通り荷物をまとめる。
カバンから出していた少ない荷物をしまうと、そのまま抱えて甲板へ向かう。
甲板に出ると、頭上に光り輝く太陽の光に寝不足の眼球が悲鳴を上げた。
周囲に広がるのは見渡す限りの青い水平線。雲は高く、太陽が燦燦と輝いていて真っ青な海に光が乱反射している。————寝不足の頭にはちょっと刺激が強すぎるくらいに。
数秒目を細めて、光に目を慣らしていると正面にぼんやりと何かが見えてきた。
中心には大きな金属の塔。全体の四分の一だけが雪に覆われ、ほかはレンガの暖色で包まれた自然界ではありえない様相の島。
人工島ドライ。別名魔法使いの島
金属と魔術で作られた、世界で三つ目の人口の島。
その存在は国連にも黙認され、動く独立国家ともいえるような特殊な立ち位置にいる。それはこの島が人工島だからではなく、島の管理者が下手に手を出すと世界すら危険にさらすような強大な力を持っているからである。だからこそ、この島の存在は秘匿され、どの国も関わりを持たないことになっているらしい。公にはという枕詞がつくのだが。
島の構造としては、中央に円形の大きな島があり、そこからつながるように放射状に東西南北の島がつながっている。
それぞれの島が区として役割分けされており、中央区は真ん中にそびえたつ管理塔で島の管理・運営を担当している。東区は居住区域、西区は工業地帯、南区は港に面した商業区、北区は……なんなんだろうな、あそこ。雪に包まれてるけど一応、あそこも居住区域?
そんな感じの人工島だが、大きさ、島民の数、どちらも今も増え続けており、正確な数を俺は把握していない。少なくとも俺が最初にこの島に来た時から比べて人口も大きさも倍以上にはなっているのは確かだ。
島の動力は海の下、深海を流れている龍脈から取り出した魔力であり、それを電気などに変換して四季を管理する環境システムなどに利用しているのだという。
龍脈の流れの把握や島の航路は管理者が決めており、管理者がいなくなるだけで島のエネルギーは枯渇し沈む。島の運営はそれほど管理者一人に依存しており、そのせいか島のあらゆるところに管理者の趣味が大きく反映されている。
まず日本好きだから島の公用語は日本語、日本同様にきちんとした四季が欲しいので島の環境システムは春夏秋冬が再現できるようにされている。前者はまだいいが、後者にはそれなりの魔力を使っているそうなので、完全に職権乱用だ。
それ以外にも趣味が反映されている部分が多く、挙げていけばきりがないだろう。さすがに区ごとに建物の様式を変えるとか言ったときは猛反対を浴びて、故郷のレンガ街にしたらしいのでそこは自重しているらしい。
普通に考えて、島の管理者がそこまでのことをしていたら、島に人など来るはずもないのだが、それでも人が集まるのには理由がある。この島はいわゆるワケアリの人が集まる島だからだ。
世界には『異能』と『魔術』のふたつの人外の力がある。異能は生まれながらに持っている魔力を操る力、魔術はそれに似せて作られた魔力を操る学問というか、技術みたいなものだ。どちらにせよ、普通の人は持っていない力である。そんな力を持っているのが分かれば村八分の扱いや迫害など当たり前、大昔にあった魔女狩りなんて最たる例だ。多くの、多くの仲間が犠牲になっていった。抵抗のために戦争さえ起きた。そんな泥沼を止めるため、次の争いを起こさないために、魔力の管理者たる魔法使いを軸にどこかの国の世界的大企業が出資することでこの島が作られた。この島にはそんな異能者と魔術師の願いが詰まっているんだ。
船は南区の港に着くと錨をおろした。揺れが多少落ち着き、安定したのを確認するとそのまま甲板から港へと飛び降りた。
ドォンという爆発のような衝撃音とともに両足へびりびりと鈍い痺れが走る。魔術で身体強化をしているとはいえ、コンクリートの上に飛び降りるにはさすがに高すぎたようだ。
「おい!兄ちゃん大丈夫か?!」
衝撃音を聞いて、さっき起こしてくれたガラの悪い船員が走って来た。
てっきり船の荷下ろしに駆り出されていると思ったのだが、あまりにすさまじい音だったのか大慌てだ。
「すいません。降りられそうだったんで、つい」
「ちゃんと出入り口から出てくれよ。イレハンのあんたに怪我されると、あとで俺たちがどやされるんだよ」
心配してこちらに駆け寄ってきてくれたと思ったのが、全くそうではなかったようだ。完全な自己保身。怒られるのが怖いのは、顔が怖くても変わらないらしい。
彼の口にしたイレハンとは、イレギュラーハンターの略だ。
魔法使いによって設立された異能者と魔術師の保護と一般人に害を及ぼすような危険な能力者“イレギュラー”の排除が目的の少数精鋭の特殊部隊だ。上位の異能者とフェーズ3以上の魔術師によって構成されており、能力者の保護のために世界中を飛び回る重要な仕事を任されている。
「心配しなくても怪我なんてしてないよ。安心して仕事に戻ってくれ」
嘘はついてない。両足はまだしびれているが、怪我をしているわけじゃないからな。
「ならいい。さっさと行ってくれ。怪我するにしても俺たちのいないとこでしてくれよ」
ぶっきらぼうにそう言い放って、船員は仕事に戻っていった。
最後までなんとも愛想のない人だった。あの人もこの島に出入りしているってことは、異能者か魔術師のはずなんだけどなあ。
「……いくかぁ」
こんなところでぼやいていてもしょうがない。周囲では船員たちが忙しそうに荷を抱えて走り回っている。ここにいても荷下ろしの邪魔になるだけだろうし、依頼の報告もあるので、さっさとここから出てしまおう。
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