第5話 なぜ?

「どこに行った?」

「あっちじゃないのか?」

「探せ探せー!」


 家庭科室でへたり込んでいると、獲物を探す男子たちの声が聞こえてくる。どうか気付かれませんように……

 わずか数秒が永遠かと思えるほど長く感じたが、少し時間が経つと、幸いにも男子たちの声は遠ざかっていった。


「ふぅー……なんとか逃げ切れたかな……?」

「えっと……ありがとうございました」

「ぅぉわぇっ!」


 夢枕さんが一緒にいることをすっかり忘れてしまうほど、脳に酸素が足りていなかった。


「余計なお世話だったかな?こんなに走ったの、久しぶりだ。あははは……」

「いえ、助かりました……」


 なんだか勢いに身を任せてとんでもないことをしてしまった気がしてきた。女子高生を誘拐……


「それに……」


 僕の心配を他所に、夢枕さんは言葉を続ける。


「阿野日さんは、どうして平気なんですか?」

「……えっ?」

「あの、私、さ、サキュバスですから……阿野日さんも、ほかの男子たちみたいに、普通はですね、なっちゃうはずなんです」

「……そうなの?」


 コクコクと首を縦に強く振る。


「こうなってしまうのが怖くて、高校では出来るだけ目立たないように過ごしていたんです。なんだか、私、さ、サキュバスの力を上手くコントロールできなくて……テンションが上がったり、緊張したりすると……」

「今日みたいなことが起きると」


 夢枕さんは再びコクコクと首を縦に強く振って見せた。


「この眼鏡も伊達眼鏡で……」


 眼鏡を外した夢枕さんは……うん。種族とか能力とか関係なく、こんなの誰にでも刺さるだろう。反則だ。


「少しでも地味でいないと不安で」


 再び眼鏡を掛けてしまう。非常に残念だが、ありがたいものを見たのだと心に刻んでおこう。


「だから、すっごい不思議なんです。男子と……阿野日さんと、こうして普通にお喋りできていることが」


 光栄の極み。しかし、それに関しては僕の中で仮説が出来ていた。


「夢枕さんのそれが起きちゃったときって、近くにいた人とか、同じ部屋にいた人が、変なふうになってるんじゃないかな?」

「……それは……そうですね」

「今日それが起きたとき、僕は風が吹いたように感じたんだよね」


 夢枕さんが真剣に耳を傾けてくれているので、話を続けた。


「夢枕さんのそれ、物理的な現象じゃないけど、物理法則には則ってるんじゃないかなって」

「……!?」

「……!!」

「……つまりどういうことでしょうか?」


 伝わってなかった。


「えーと、つまり、その力は壁を突き抜けて隣の部屋までは届かないし、席が一番離れていた僕には、少しの量しか届いていなかったから、影響も少しで済んだんだ」

「!」

「だからこうして、普通に話していられるんだよ!」

「少し影響受けてるんじゃないですかぁ!」


 夢枕さんは目にうっすら涙を浮かべ顔を真っ赤にさせる。しまった、墓穴を掘った。


「いやいやいやいや!違うよ!もう影響を受けていないに等しいぐらい!ホント!ホントに!」

「それだけじゃないんです」

「ホントにホントで!……えっ?」

「私、今朝、夢の中で阿野日さんに会ったんです」


 それは、僕の夢の話では……と思ったが、彼女はサキュバス。朧げに話が見えてきた。


「私は、さ、サキュバスの端くれなので、たまに誰かの夢に入り込んじゃうんです。夢の中で会った人は、その、あの……」

「さっきの男子たちどころじゃない、と」

「そうです!それなのに、何でそんなに平然と……」

「うーん……」


 サキュバスに夢を見させられたとなったら、それは確かにいろいろとまずいことになりそうなもんだ。このノベルの対象年齢も上げなければいけないかもしれない。

 

「夢の記憶も消えちゃって、それでも私を……」

「あぁーなるほど」

「何ですか?」


 矛盾はどうやらこのあたりにありそうだ。

 

「記憶、消えてないよ。夢の中で、夢枕さんに会ったこと、けっこうはっきり覚えてる」

「そんなまさか……?」

「本読んでたよね?それからこっちを見て……」

「……何で覚えてるんですか!?」


 ひょっとしたら、ヒューマンの僕にも特殊な力が……と言いたいところだが、これはきっとただの体質の話で。

 

「しいて言うなら明晰夢だからかなあ?僕、よくあるんだ、夢の中で、これは夢だなって気付くこと」

「!……さ、サキュバスの、夢なんですよ!」

「ああー。だから、あんな夢だったのか。モテモテになって女の子たちが迫ってきて……」

「それは阿野日さんが自分で勝手に見た、自分の深層心理です!!」


 どうやらさらに墓穴を掘ったらしい。「僕はエッチです」と、ほぼ初対面の女子に告白したのだから。

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