第4話 性(さが)

 午前だけで終わる初日とは言え、その日は一日中夢枕さんのもとに男子が集まり続けた。もちろん僕も……あれ?僕はなぜ夢枕さんの所へ行かないんだろう?

 さっきの心のときめきが収まったかと言えば、そういうわけでもない。実際に、こうして放課後まで彼女のことを気にしているわけで。


「リンタロー!ねえ、リンタローったら!」


 夢枕さんの席の方向からリンコちゃんの声が聞こえた。


「早く帰ろうよリンタロー!今日はママたちと出掛けるって約束だったじゃん!」

「ヤダね!俺は夢枕さんと一緒に帰って放課後デートするんだ!ね?夢枕さん」

「あの……」

「待て待て、一緒に帰るのは俺だぞ!」

「勝手決めてもらっては困るなあ。夢枕さんにはボクこそ相応しい」

「何をー!」


 夢枕さん周辺の雲行きが怪しくなってきた。よりによって、リンタローまでそこにいる。一瞬、その場を治めようとも考えたが、ゴブリンのリンタローだけならまだしも、オーガやドワーフといったヒューマンの僕じゃ敵わなそうな奴らも集まっているから厄介だ。

 こんなときは見て見ぬ振りを決め込むしかない。


「あの、やめてください……!」

「誘ってきたのは夢枕ちゃんじゃないかー!一緒に帰ろうよ!」

「そ、そんなつもりは……」


 夢枕さんはガタイの良いオーガに腕を掴まれそうになっていた。ヒューマンとは実に不思議なもので、それなりに頭の良い種族のはずなのに、こんなとき考えるよりも行動が先になってしまうのだ。もちろん、僕も例外でなく。


 自転車の鍵を握り締めた手を、夢枕さんの机の上に出していた。

 一瞬の静寂。夢枕さんやリンタロー、その場に集まっている人たちの注目を一手に引き受ける。そののち、鍵を真上に放り投げた。

 

 全員が空中の自転車の鍵を見た。この一瞬だけ、夢枕さんよりも僕の自転車の鍵の方がモテている。


「夢枕さん!」


 僕はその隙を見逃さない。夢枕さんの手を取り、席から立ち上がらせる。


「こっち!」

「は、はい……!」


 落ちてくる鍵をキャッチすると同時に、夢枕さんの手を取ったまま、廊下に向かって走り出した。


「夢枕さん!っていうかユウマ!おい待てよ!」


 リンタローをはじめ、怒号のようなものが後ろから聞こえる。止まったらヤバい。振り返ってもヤバい。


 夢枕さんを連れたまま、どこに向かうでもなく、ただ安全地帯を求めて廊下を走った。後ろからクラスの男子たちも全力で追ってくる。その絵面はまるで、福男を決める開門神事だ。

 階段を駆け降り、角を曲がり、階段を駆け上がり……僕と夢枕さんの息は絶え絶え。限界ギリギリの状態で飛び込んだ安全地帯は、家庭科室だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る