第3話 夢枕サキ

 間もなく、担任と思しき女性が教室に入ってきた。


「はいはい、仲良きは美しきかなー。でもチャイムは守ろうかー?」


 パンパンと軽く手を叩きながら、クラスのみんなを席につかせる。


「みんな席についたー?ついたねー。まずは2年生に進級おめでとー。これから一年間、楽しく高校生活を送ろうねー。そしてわたしはこの2年A組の担任を一年間つとめるー?……」


 担任はおもむろに後ろを振り向きチョークを手に取る。直後、黒板から小気味良いチョークの打音がカッカッカッと響き出し、ビートのあとに少し読みづらい字が残され。


「大神ヨワメと言いますー。種族はオーガですー。家庭科を教えているので授業でもよろしくねー」


 オーガみ、めちゃくちゃヨワいな!オーガらしからぬ小柄な身体つきに、まったりとした口調。ずっとニコニコしている家庭科教師。ここに至るまでいろいろ苦労したんだろうなと、なんとなく先生の人生を想像してしんみりしてしまった。


「これからみんなにも自己紹介してもらいますー。出席番号順でいいかなー?いいよねー。はい、じゃあ君からよろしくー」


 ここでも「あ」の宿命が発動。自己紹介、一番手になりがち。こんなこともあろうかと、無難な自己紹介のシミュレーションは脳内で済ませておいたので、心の準備はしっかりできていた。僕は立ち上がり、クラス全体を見渡しながら喋り出した。


「阿野日ユウマです。種族はヒューマン。部活には入っていません。趣味も特技も特にないので、とりあえず明るく楽しく、みんなの迷惑にならないように一年間を過ごしていきたいと思います。よろしくお願いします」


 軽く一礼するとパチパチと拍手があがった。


「はい、阿野日くん、ポジティブなのかネガティブなのかわからない自己紹介ありがとー。じゃあ、次は……」


 その後も自己紹介はテンポ良くどんどん進む。2年生なので当たり前だが、知っている人も、よく見る人も、なんとなく初めて見る人もいる。そしていよいよ……


「じゃあ最後、お願いねー」


 巻き角ロングヘアのあの子の番だ。1年生時代の彼女を見た記憶は……なぜか思い当たらない。唯一の記憶は今朝の夢だけになるのだが、だからこそ余計に引っかかる。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、小さな声で自己紹介を始めた。


「あの……夢枕サキと言います……種族は……」


 ……種族は?


「種族は……さ……サキュバス……です……」


 その温度で眼鏡を真っ白に曇らせてしまうほど、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


 瞬間、突然彼女から風のようなものが吹き上がった。いや、物理的には何も起きていないのか……?プリントやノートといった紙類は舞い上がってもいなければ、何なら1ミリも動いていない。

 しかし、確かに見えない波動のようなものが彼女を中心として教室中に押し広がっている。触れたり、当たったりといった触覚とは異なる何かに、まるでようで、胸がドキドキする。辺りを見回すと、僕を含めた教室の男子全員がその現象を体感しているらしい。


「あっ!ご、ごめんなさい!」


 彼女が慌てて平静さを取り戻すと、吹き荒れる波動は止んだ。しかし、僕の胸はドキドキしたまま。まるでずっと推してきた声優の握手会で、自分の順番が目前に迫ったときのように、すっかりと彼女にのだ。

 クラスの男子たちもきっと同じような状態なのだろう。それぞれがぼんやりと彼女に視線を送っている。


「そ、その……きっと迷惑かけちゃうと思うから……ごめんなさい」


 謝りながら席に座り、彼女の自己紹介は終わった。

 

 何事もなかったであろう女子たちがパチパチと拍手する。そう、女子には何も起きない。サキュバスのちから。僕ら男子だけが浴びたのは、いわゆるの類に違いなかった。

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