第2話 第一次ユトランド沖海戦
西暦1939(昭和14)年9月10日 ユトランド半島沖合
デンマーク沖合に現れた未知の艦隊は、デンマークのフレゼリクスハウン市及びノルウェーのフレドリクスタ市に攻撃を開始。さらにバルト海に現れた艦隊は東プロイセンに対して強襲上陸を開始し、その強力な艦隊戦力で以て現地の水上戦力を掃討。そして1万規模の陸軍部隊を上陸させた。
この無法たる攻撃に対し、イギリスは直ちに艦隊の出撃を決定。ドイツの策謀ではない事を確認するために、今のドイツでは確実に抗いようのない戦力で挑んだ。その規模は戦艦7隻、巡洋戦艦3隻、空母4隻、重巡洋艦4隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦32隻の54隻であり、まさに威圧を掛けるには十分たる戦力であった。
「現在、ドイツ海軍は自国領海の防備に集中しており、外洋での作戦行動を控える事で無実を証明しようとしております」
本国艦隊旗艦「フッド」の艦橋で艦長が報告し、艦隊司令官のチャールズ・フォーブス大将は顎を撫でつつ呟く。
「あるいは我らの戦力に対して腑抜けたか…いずれにせよ、我が艦隊の索敵網に引っかかれば、直ぐに分かるだろう」
フォーブスがそう呟いた直後、通信長が報告を上げてくる。
「「ハーミズ」より入電、国籍不明艦隊を捕捉したとの事です。艦形よりドイツ海軍ではないとの事!」
「む…ドイツ海軍ではない、か…」
「まぁそもそも、ドイツ海軍だったらわざわざ東プロイセンを攻撃するなんて意味不明な事もしませんしね。ともかく、通信による交渉を試してみましょう。敢えて常識外の行動をしてみる事で、得られるものもある筈です」
艦長の提案に、フォーブスは顔をしかめる。しかし確かに、相手の真意を知る事もなく戦闘に至るのは愚かともいえよう。
「よし、広域無線で呼びかけてみろ。相手の反応を探ってみるぞ」
「了解」
命令一過、通信長は広域無線通信の周波数で相手艦隊へ通信を試みる。フォーブス自身はダメ元での挑戦のつもりで命じたが、果たしてその行動は成果を出した。
「返答ありました。『我、神聖ローマ連邦海軍、北海艦隊司令官ピエール・ボアソン中将。本艦隊はロベスピエール連邦大総統からの勅命を受けて、我が連邦に対し甚大な影響をもたらす可能性の高いゲルマン民族の野蛮人が侵攻してくる可能性を排除すべく、軍事行動を取っている』…」
「…は?」
モールス信号で送られてきた電文の内容に、艦隊司令部の幕僚たちは唖然となる。だが、海軍上層部の一員として機密情報に触れる機会の多いフォーブスは、以前ユトランド半島沖合にて商船が行方不明になる事件が頻発している事を思い出していた。ドイツやポーランド国内でも、現地住民の失踪事件が後を絶たないというニュースが流れている事も耳に挟んでいた。
「侵略される恐れがあるから、先に攻めた…だと…?」
「信頼されてないのだな、ドイツは…いや、ナチス自体が信頼されていないと言うべきか…にしても、相手の指揮官の名前、聞き覚えがあるのだが…」
フォーブスが首を傾げたその時、通信長が血相を変えて報告を上げてきた。
「提督、「ハーミズ」より入電!国籍不明艦隊より多数の艦載機発艦を確認!本艦隊に向けて接近してきます!」
「何っ…」
報告を聞き、フォーブスたちの表情が青ざめたものとなる。しかし、戦闘の火蓋が切られた事に変わりはなかった。
・・・
戦闘はまさに唐突に始まった。4隻の空母には〈ソードフィッシュ〉艦上雷撃機が計60機搭載されていたものの、対する国籍不明艦隊…神聖ローマ連邦海軍北海艦隊からは、その倍の120機もの艦載機が発艦。イギリス艦隊が行動を起こす前に攻撃を開始した。
フランスの主力戦闘機ブロシュMB151Cに酷似した単発単葉のレシプロ戦闘機を先頭に、アメリカ海軍のSB2U〈ビンディケイター〉爆撃機に酷似した単発単葉のレシプロ爆撃機の編隊が続き、イギリス艦隊に襲い掛かる。対するイギリス艦隊は、大急ぎで艦載機を発艦させつつ対空砲による迎撃を開始したが、余りにも非力に過ぎた。
敵戦闘機は炸裂弾によって大ダメージを与えてくる20ミリ機関砲を装備しており、さらに一撃離脱戦法よりも格闘戦を重視した機体であった。後に『日本海軍の艦上戦闘機に似ている』と評される事になる敵戦闘機は、高い旋回性能と20ミリ機関砲の破壊力によって〈ソードフィッシュ〉を次々と撃墜していき、そして爆撃機は空母に向けて急降下爆撃を開始する。
この当時のイギリス海軍は、対空兵器に10.2センチ高角砲と12.7ミリ四連装機銃、そして『ポンポン砲』の渾名で知られる40ミリ機関砲を採用しており、各艦に装備していたものの、想定外の数の爆撃機の襲来に対して抵抗するにはやや貧弱過ぎた。またポンポン砲は未だに機械的な信頼性が低く、射撃中に故障を頻発する事が多々起きていた。
攻撃の結果、空母4隻は全て飛行甲板を破壊され、駆逐艦8隻とともに後退。戦艦や巡洋艦にも被害が生じたものの、被害は軽微であった。だがフォーブスに失望の念を抱かせるには十分すぎる損害であった。
「前方より敵艦隊接近!砲撃戦を仕掛けてくる模様!」
外を監視していた水兵が報告を上げ、フォーブスの顔面に汗がしたり落ちる。目視で確認出来たという事は、距離はすでに1万5千メートルを切っている。敢えて見逃されていた偵察機からの報告によると、相手艦隊の規模は戦艦8隻、空母4隻、巡洋艦12隻、駆逐艦20隻以上。規模では同等といったところであり、空母と8隻の駆逐艦が退場を余儀なくされた以上は激戦を覚悟しなければならないだろう。
果たせるかな、相手戦艦は横一列に並んで単横陣を敷き、そして斜行する様に迫る。そして距離が1万2千メートルを切った時、火蓋は切って落とされた。一斉に砲撃が放たれ、無数の砲弾が先頭を突き進む「フッド」に降り注ぐ。速力30ノットを誇る巡洋戦艦たる「フッド」は、その快速を活かして回避し、後続艦の周囲にも水柱が聳え立つ。
対して3隻の巡洋戦艦が砲撃を開始。20発の38.1センチ砲弾が放たれ、相手の右翼側に多量の砲弾が降り注ぐ。続けてネルソン級戦艦2隻とクイーン・エリザベス級戦艦5隻も砲撃を開始し、18発の40.6センチ砲弾と40発の38.1センチ砲弾が敵艦隊に放たれる。
戦艦同士が砲撃を繰り広げる中、軽巡洋艦を先頭に、水雷戦隊は突撃を開始。相手水雷戦隊と交戦に入る。15.2センチ三連装砲が敵巡洋艦に対して火を噴き、無数の砲弾が飛び交う。
「撃て撃て!ロイヤル・ネイビーの誇りにかけて、見知らぬ敵に負けるな!」
砲弾が飛び交う中、指揮官は声を張り上げ、砲戦を繰り広げる。だがイギリス海軍は相手を侮り過ぎていた。砲撃が止む頃には艦隊の多くが手酷い損傷を負っており、特に先頭を突き進んでいた巡洋戦艦3隻の被害は甚大だった。
「相手艦隊の戦力は、こちらの予想を遥かに上回っていた。これでは国王陛下に面目が立たん…」
臨時旗艦を務める「ロドニー」の艦橋で、フォーブスはうなだれる。「フッド」は激しい砲撃戦の果てに海底へ身を沈め、「レナウン」は「レパルス」に牽引されて離脱を開始。他に「クイーン・エリザベス」が沈み、残る5隻も大なり小なり損害を受けていた。
「ですが、相手に敵意がある事は判明しております。しばらくはドイツと協力して事に当たるべきでしょう。政府も同様に考えている筈です」
「うむ…首相がそこまで強気に出てくれるかどうか、不安でしかないがな…」
斯くして、後に『第一次ユトランド沖海戦』と呼称される事になる戦闘にて、イギリス海軍本国艦隊はフランス海軍に酷似した艦隊と交戦し、戦艦2隻を失う損害を被る。この被害は決して軽視出来るものではなく、ドイツに対する経済支援と軍事支援で謎の敵を牽制するという、某政治家が憤怒しそうな結果を招く事となる。
なお件の政治家であるが、『流石に現状はドイツの連中に押し付けるしか方法は無かろう』と予想に反して冷静であった。
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