異聞帯大戦争
広瀬妟子
第1話 それは現れた
西暦1939(昭和14)年9月1日 ドイツ・ポーランド国境地帯
「どうしてこうなった?」
ドイツ・ポーランド間の国境地帯にて、ゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将はそう呟いた。
目前には、自軍の対戦車砲や野砲で撃破された戦車が点在しているが、その戦車はポーランド陸軍が主力装備としている7TP軽戦車ではなく、フランスの新型戦車であるソミュアS35騎兵戦車である。フランス陸軍でも配備が始まったばかりの新鋭戦車が、ポーランドの供与されている可能性など無きに等しいし、そもそも相手はドイツのみならずポーランド自身にも攻撃を行っている。明らかにフランスの陰謀とは考えにくかった。
「閣下、連中の軍旗などを押収しました。フランスともイギリスとも異なります」
「そもそも、ポーランドの連中がこんな大量の戦車で攻めてくる事自体があり得んからな。捕虜はいるか?」
「はい。現在何名かを尋問しておりますが、今のところ閣下を納得させられる様な情報は得られておりません」
「そうか…」
ルントシュテットはそう答え、軍司令部へ戻ろうとする。がその時、指揮車の通信機前に座っていた兵士が、血相を変えて報告してきた。
「閣下、今度はオランダです。未知の武装勢力が出現し、オランダに対して侵攻を開始したとの事です」
「何、今度はオランダか…一体何が起きていると言うのだ…?」
・・・
9月3日 ベルリン
「一体何がどうなっているのだ?」
ドイツ国総統アドルフ・ヒトラーは、総統府の会議室にてそう呟く。
未知の軍事勢力がポーランドとオランダに現れ、数個師団という膨大な兵力で両国の貧弱な軍勢を蹴散らす事二日。ドイツにも攻撃を仕掛けてきたそれらは、現在は現地の陸軍の奮戦と空軍の支援によってどうにかドイツ国内への侵入を防ぐ事が出来ている。
とはいえ、フランス軍に酷似した装備を有し、すでにポーランドの西半分とオランダの東半分を手中に収めている未知の敵を無警戒で放置している訳にもいかず、外務省は現在、ドイツの関与を全力で否定している最中であった。むしろ相手の装備が装備であるだけに、フランスの無実を証明するために弁解している要素が大きかった。
「ブラウヒッチュ元帥、状況の説明を頼む」
ヒトラーの問いに対し、ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ元帥はレジュメを片手に説明を開始する。
「まず相手の軍事勢力ですが、捕虜からの証言や鹵獲した装備等の解析で判明している情報を元にご説明いたします。相手は『神聖ローマ連邦』を名乗っており、軍事行動の目的についても『侵攻の予防のための軍事行動』だと述べております。数日前より国境地帯にて確認された構造物を拠点としており、すでに野戦飛行場の建設も進めている模様です」
元帥の説明に、直ぐに理解を示す事が出来る者は皆無だった。フランス軍に似た装備体系の軍隊が、何故にドイツ国の前身の一つたる『神聖ローマ』の名を語っているのか、理解に苦しむ。とはいえ相手がいちゃもんに近い理由で武力攻撃を仕掛けたという事実は変わらない。
「…相手の行為の正当性は信頼できんが、放置も出来ん。イギリス・フランスとともに情報を共有し、事態の終息に務めよ」
「ははっ…」
ブラウヒッチュが命令を受けた直後、海軍総司令官のエーリヒ・レーダー元帥の下に一人の海軍士官が駆け寄る。そしてメモを渡しながら耳打ちし、レーダーは血相を変える。
「なっ…」
「どうした、レーダー元帥?」
「…緊急事態です。今度はバルト海とスカゲラク海峡にて、未知の艦隊が出現。デンマーク及びポーランドに対して攻撃を仕掛けてきました。さらに艦隊には複数の輸送船が追随しており、上陸作戦を試みてくる模様です」
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