ファーストペンギン


 絶好のお出かけ日和。

 世間ではそう表されている今日の天気。


 待ち合わせ場所に着くと、じわり。と汗が込み上げてきた。

 地球温暖化が憎い。



 僕は平日だと言うのに、制服で来ていた。

 べ、別に、女の子とデートするのに着る服がないとかでは決して無い。

 無いんだからね。



 ……………服、買っておくべきだったな……。







「ごめんなさい、待たせたかしら」



 そんなしょうもないことを考えていると、彼女が小走りでやってきた。


「いや、俺もいま来たところだ。それより……制服なんだな」

 彼女も普段通りの制服姿だった。

 正直、私服が見れるかも。と、内心ドキドキしていたが、残念だ。

「ええ、こっちの方が見慣れていて、緊張しないでしょう?」

「たしかにな。…………そろそろ行こうか」

「そうね、行きましょうか」


 僕たちは2人並んで、電車まで歩き出した。





「平日だと電車も空いてるんだな」


「時間も時間だからでしょうね、朝は凄いんじゃないのかしら」


 空いている電車内では、僕たちはくっつくことはしない。

 そこの線引きについては、僕のただのエゴだ。




 3、40分程電車に揺られて、僕たちはお目当ての水族館に着いた。

 近くに海があるのか、潮風が気持ちいい。



「着いたわね」


「着いたな」


「……行きましょうか」


「行くか」





「「おねがいします」」

 チケットを係員の人に渡して、入場。

 すると、そこには暗がりに照らされた無数の魚たちがいた。

「「うわぁー、綺麗………」」

 思わず2人とも感嘆のため息が出てしまった。

「あ、見て見て!あれニモじゃない?」

「ほんとだ、ニモだ」

「可愛い………あ、あそこ見て!沢山魚がいる!」

 そう言うと、トコトコと走って大きい水槽に向かって行った。

「見て見て!沢山いるわよ!」

「ほんとだ、凄いな」

 水槽に顔がのめり込みそうなほど、覗き込む。

 ………可愛いな。


「お、見ろ。あっちにはチンアナゴがいるぞ」

 大きい水槽からなかなか離れない彼女に声をかける。

「ほんとうだ!」

 彼女は、てくてくと歩いて行った。

 …………可愛いな。


「見て、ひょろひょろしてて可愛いわ」

「たしかに、ひょろひょろしてて可愛いな」

「次は、ペンギンを見に行きましょうか!」

「そうだな」



「可愛いー!実はわたし、とってもペンギンが好きなのよ!」

「そうなのか?たしかに、てくてく歩いてて可愛いな」

「そうでしょう?なのに、泳ぐと速いのよ。ギャップ萌えよ、ギャップ萌え」

「………なんかいつもとテンションが違うな」

「!……ごめんなさい、ちょっと興奮しすぎたわ」

「いや、そのテンションの方が、本当の姿みたいで好感だぞ」

「ほんと?!嬉しいわ」

「ああ。あ、飛んだ」


 1羽のペンギンが水に飛び込んだ。


「……………知ってる?ペンギンの群れの中で、1番最初に海に飛び込むペンギンのことを、『』って言うのよ」

「そうなのか、知らなかった」

「ファーストペンギンは最初に海に飛び込むから、餌をたくさん食べられる反面、海に天敵がいるかも分からないから、食べられてしまう可能性もあるのよ」

「そうなのか………。ペンギンの世界も大変だな」

「………貴方がもしペンギンなら、ファーストペンギンになる?」

「どうだろうな……………。ならないかな、



「………でも貴方はもう、ファーストペンギンになろうとしてるのよ」



「!!……………」

「………まあ、よかったわ。貴方に怖いっていう感情があって」

「………………」

「そろそろイルカショーが始まるわ、行きましょう」

「……ああ、行こうか」




「わぁー!」

 隣の彼女は飛び跳ねるイルカを見て興奮している。


 しかし、僕はずっと引っかかっていた。


『死ぬのが怖い』


 この感情が自然と出たことに、まずびっくりした。

 以前は、死ぬことに恐怖など持っていなかったはずだ。

 なのに、今では怖いと自然に感じでいる。

 この感情を手にした理由は分かっている。

 きっとのおかげなのだろう。





「すごかったわね」

「ああ、すごかったな。そろそろ別の所を回ろうぜ」

「そうしましょう」


 それから僕たちは、アザラシを見たり、亀を見たり、休憩がてらお昼ご飯を食べたり、売店でお揃いのペンギンのキーホルダーを買ったりと、退館ギリギリまで楽しんだ。


「楽しかったわね!」

「ああ、楽しかったな」

「また来たいわね」

「……そうだな、また来ようか」

「約束よ!」



 帰りの電車では、彼女は疲れたのだろう、僕の肩に頭を預けて、スヤスヤと寝息を立てていた。





「恥ずかしいわ、寝顔を見られるなんて………」

「変じゃなかったぞ?」

「そういう問題じゃないのよ………。それより、どう?死ぬ気は失せたかしら?」

「……………そうだな、今日は楽しかったよ。こんな日が、ずっと続けばいいなって思う」

「それが聞ければ充分よ。………また会う時まで、絶対生きててね」

「……………善処する」

「ふふっ。それでよろしい。じゃあ、またね」

「ああ、またな」







 今日は世間様の言う通り、最高に楽しい1日となった。

 こんなに帰り道が輝いて見えるのはいつぶりだろう。

 それもこれも全て彼女のおかげだ。





 今日は、例の場所には向かわず、まっすぐ帰ることにした。

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