綺麗な月


 今日は星も綺麗だ。


 子どもの頃は死んだ人は星になると信じていたものだ。


 いや、なんなら今でも少し信じている。


 こんな僕を見守ってくれている人がいる。

 そう思うだけで少しだが、気楽に生きられる。


 そんなことを今日は見上げながら考える。




「あら、今日はいるのね」


 心の奥で、ずっと待ちわびていた声がした。


「………久しぶりだな」


「まだ生きてたのね、意気地無し」


「うるさいな」


 彼女は、クスッと笑うと、相変わらずの定位置に座り、また本を読み始めた。


「……今日はなんて本を読んでるんだ?」


「そんなに私に興味があるのね、もしかして私の事好きなの?」


「僕が興味があるのはその本だ」


「つれないわね……『マリアビートル』って本よ、伊坂幸太郎先生の。聞いたことない?」


「そこまで本に詳しいわけじゃないからな、面白いのか?」


「じゃなきゃ今読んでないわ」


「それはそうか」


 そう言うと彼女はまた本に目を落とした。












「…………ねえ、」


「……………」


「あなたよ、あなた」


「僕か、どうかしたか?」


「『』と思う?」


「……それは本の影響か?」


「まあそんなとこね……それでどうなのよ」


「どうって言われても………倫理的に人殺しはダメだろ」


「でも、今あなたがしようとしてることも、見方を変えれば同じようなもんでしょ」


「………………」


「わたしはあなたの考えを聞いてるの、一般論じゃなくて」


「…………………僕は、。としかいえない。

 もしかしたら、殺しを教育としている国もどこかにあるのかもしれない。

 この国に生まれた僕たちは運が良かっただけに過ぎない」


「じゃあ、なんで人殺しはなくならないのかしら」


「…………『やっちゃダメ』って言われたことを無性にしたくなる人もいる。それになにか事情があるのか、快楽でやっているのか、それは本人にしか分からない。

 ただ、この世の不条理に抗いたいだけなのかもしれない。

 昔は真面目だった人とか、優しい人ほど悪に染まりやすいってよく聞くだろ?そういう人もんだろう。だからいつか爆発する。

 もちろん、そんな人は極少数だ。

 みんながみんなそうじゃない。

 優しい人も真面目な人もこの世界には無数にいる。

 それこそ異常者よりもたくさん。

 もちろん、殺しを肯定したいわけじゃない。むしろいけないことだと思ってる。

 けど、絶対にこうだからダメ。と言える判断材料がないのも現実だ。

 けど、殺しはダメだってことだけは胸を張って言える」


「…………それは、も同じ理由?」


「………どうだろうな。それを今絶賛考えてるとこだ」


「そう………」










 少しすると彼女はおもむろに立ち上がった。


「今日は帰るわ」


「……じゃあな」


 こういう時、なんて返すのがベストなんだろう。


 彼女は去り際に振り返って言った。


「……………わたしは、あなたがまだ生きててくれて嬉しかったわ………またね」


 彼女の頭上で流れ星が1つ流れている。








 ───そんなこと言われたら今日は死ねないな





 綺麗な月の下をくぐりながら、今日も家路に着くのだった。

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