出会い


 今日もまた来てしまった。


 最近は蒸し暑くなり地球温暖化を肌に感じているのは、たぶん僕だけではないだろう。


 冬の時期はそんな素振りみせなかったくせに。なんて悪態を1人でついてみたりする。


 さてさて、こんなに暑いと考えるだけで疲れてしまう。


 端の方まで少し歩き、下を見下ろしてみると、地面がすぐそこに見え、すんなり着地できそうな気がしてきた。


 死のうとしているやつが着地のことを考えるなんてアホくさいが。



「そこで何してるの」


 いきなりの声に驚き、危うく落ちそうになる。


 振り向くと1人の少女が立っていた。


「なにって……」


「死のうとしてるならやめてくれる?迷惑だから」


「迷惑って……なら帰ればいいだろ」


「そこから死なれるとこの場所が使えなくなるでしょ。アホなの?」


 ぐぬぬ。たしかに一理ある。


 下を見下ろすのをやめ、床に腰を下ろす。


「分かればいいのよ、分かれば」


 そう言うと彼女も腰を下ろし、何やら本を読み始めた。


 どこかで見た事のあるような制服をお手本通りに気飾り、綺麗な黒髪ストレート。

 正直、めちゃくちゃ好みのタイプだ。


 読んでいる本は……


「………人間失格……」


 彼女は、ジロッ。と睨みながら、


「なに?なにか文句あるのかしら」


「いや、難しい本読むんだなって」


「はぁー。あなたみたいな人には一生縁の無い本だから気にする必要ないわ。いや、むしろ死のうとしてるのだから読むべきかしら」


「失礼だな、ちゃんと読破してるぞ」


「驚いたわ。一端の教養は有るわけね」


「教養ってもんじゃないが、一時期、太宰治にハマってたからな」


 まあ、僕はあくまで本にじゃなくて生き様にだけどな。

 なんてことは口が裂けても言えない。


 心中自殺。少しではあるが憧れるところがある。

 愛した人と一緒に逝けるのだ、かっこいいとまで思ってしまう自分が馬鹿らしい。


「へぇー、結構センスいいわね」


 そう言うと、彼女はまた本に目を落とした。


 気まずい沈黙が流れる。


 こいつは何故まだ居座るんだ。気まずくないのか。

 と、心の中で毒づく。


「……ところで何故死のうとしてたのかしら」


「…意外だな、俺に興味があるとは」


「あいにく、死のうとしてる人間にかける言葉は教科書に載ってないもので」


 それもそうだ。と僕は他人事のように感心してしまった。


「まあたいしたことじゃないんだ、その〜アホみたいだが、わからなくなってな、ならいっそう飛んでみようかって感じだ」


「想像以上にアホらしいわね、本当に自殺で悩んでる人たちが可哀想だわ」


「それは自分でもよくわかってる、しょうもない理由だってことも全部」


「そんな恥ずかしい理由で飛んだら、あなたの遺書にもこのと同じ言葉を飾ることになるわね」


「それはやだな」







 30分程経つと彼女は立ち上がった。


「いつもここにいるの?」


「……それは俺に言ってるのか?」


「あなた以外誰がいるのかしら、イマジナリーフレンドでも?」


「……まあ大体」


「そう、それじゃあ」


 そう言い残すと彼女は去っていった。



 今までは、1人だったからこの場所が広く感じていた。なのに、あいつが居なくなると、もっと広く感じるので不思議だ。


 最後にあんな綺麗な人と話せたんだ、今日ならいけるか、

 そんなことを考えながら、また端の方に向けて歩き出した。


 ピコン。直後に通知が来た。


(こんなときに誰だ)と思いながら、画面を見る。


 母親からだった。


『今日の夕飯はカレー。

 道草食ってないで帰宅急げ。』



 ────── 死ぬのは明日でもいいか。


 そうして僕はまた飛べずに、家路に着くのだった。

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