6話 強ボス・邪龍グランドール

 邪龍グランドール。


 人々を守る龍が魔族の策略によって暴走した姿で、背に刺さった悪魔の剣を破壊することで正気を取り戻し戦闘が終了する敵だ。


 というのがストーリーでの設定で、こいつは最初に戦うボスにしては強く、俺のようなフルダイブMMOに慣れていないプレイヤーは苦戦した。


SNS上でも「負けイベかと思った」「運営絶対プレイしてないだろ」「ログアウトしたあとギアぶっ壊そうかと思った」と、随分話題になった。


 今回挑むのはそれの強化版だ。

 

 ストーリーで戦った時よりもステータスが大幅強化され、使用する技も追加されている。推奨レベルは50以上とバージョン1.0のラスボス以上だ。


 だが推奨レベルが50以上だからといって相手になるかと言われるとかなり怪しい。俺はレベル50になったばかりの頃にギルドの暇な人らと一緒に戦いに挑んだが敗北した。


 もう一つ、ストーリーの時とは異なり、剣を破壊して正気を取り戻して戦闘が終了することはない。


 つまり、完全に体力を削りきらなければならない。


「よし、行くぞ」


「「うん」」 


 装備変更のできない僧侶NPCを除き、二人に最強の装備を購入した。


 ノエルにはセット装備効果で攻撃力の上がる防具を、アオイには消費スキルポイント軽減の杖とセット装備効果でスキルポイントが毎秒すこしずつ回復する防具を揃えた。


 強ボスと戦うため、強ボスと戦うためのアイテム『記憶の書』の邪龍グランドールのページを開く。


 開き、空中に表示されたウィンドウに触れると、俺らの体が光に包まれる。


――――――――


 光が解けると辺りは草原だ。辺りは草が生えているだけで何も無い。


 そこに奴はいる。


 そこにいるのは黒い鱗に覆われた巨大な爬虫類。


 白く鋭い爪と牙。そして大きな翼を持った神話上の生物。

 

 黄色い宝石のような瞳が俺らをとらえる。


 グオオオオオオオオ。


 獲物を発見した龍は大きな口から轟音を発する。


 こいつの姿を見るのは三度目だが、その巨大な体躯を見ると脚がすくんでしまいそうだ。


 作戦はこうだ。


 俺は攻撃を全て引きつけつつ、近接攻撃をする。


 ノエルが遠距離からの攻撃とデバフを行う。


 アオイは基本的に補助魔法と回復アイテムの使用。余裕があれば攻撃魔法を行う。

 

 そして回復はNPCの僧侶に任せる。


 邪龍がこちらへ一直線に向かってくる。


「こっちだ!」

 

 三人から龍を離す。


 狙い通り龍は俺を追いかける。


 ボスモンスターは最初に体力の多いプレイヤーを狙う。


 いつもの紫電の剣と’新装備’逆風の大盾を構える。


 逆風の大盾。新たに購入した装備の一つだ。こいつは防御力に優れているだけでなく、固有効果でブレス系攻撃のダメージを軽減してくれる。


 グオオオオオ。


 風と共に振り下ろされる攻撃を盾で防ぐ。


「っっぐ!!」


 攻撃は重たい。HPは減っていないがそれでも腕にしっかりと衝撃が伝わる。


 これをずっと続けるのは、結構しんどい。だが、やめるわけにはいかない。


「だが、隙をついて攻撃って、無理じゃないか?」


 こんな大盾を持っていれば、当然機動力は落ちる。それなら――!


 再び振り下ろされる。


「王の雷檻!」


 俺の周りに幾つもの雷が半球状に展開される。


 前脚が雷に触れ、龍がダメージを受ける。


 それに加え剣から放たれる斬撃が龍の鱗に傷をつける。


 ほんの少しだがダメージを与えたようだ。


 ただ、この技はスキルポイントの消費が高く、再発動のクールタイムが60秒もある。これだけでは……。


――――――――


 戦闘を開始してからニ十分ほど経過した。


 俺の【王の雷檻】やノエルの矢、合間を縫ったアオイの魔法攻撃があり、着実にダメージを与えていった。


「王の雷檻!」

 

 もう何度目か分からないスキル発動。


 龍の体力ゲージが半分を切り、ゲージの色が黄色くなる。


「行動パターン変わるぞ! 注意しろ!」


 龍がその大きな翼で飛翔する。


 こちらを見下ろし、その口から無数の火球を放つ。


 この攻撃はただひたすらに数分間、龍が地上に降りてくるまで避け続けるしかない。


「……っ! まずい!」


 百以上の火球。その殆どがアオイの方へ向かった。


 アオイは初心者とは思えない動きで一つ一つ避けていく。


 が、それでも避けきれずに火球と衝突する。

 

 後方ジョブかつレベル30程度のアオイには致命傷で、一発で大幅に体力が減少する。

 

 そこに追撃の火球。


 再びアオイは避けきれず、とうとうダウンし戦闘不能になる。


「僧侶! アオイの蘇生をしてくれ! ノエル! 道具で回復頼む!」


 龍が地上に降りてくる。


 王の雷檻のクールタイムはあと十五秒。ひたすら避けるしかない。


 盾の装備を解除し、収納する。


 「…な!? バフが! こんなタイミングで」

 

 最悪だ。アオイのかけていたバフが解かれた。攻撃力、守備力、俊敏が元に戻る。このままではまずい。


 アオイの蘇生はまだだ。あと十五秒はかかる。


 たった十五秒だ。十五秒耐えればスキルもバフも元に戻る。


 グオオオオオ――


 龍が口を開き、地上を焼き尽くさんと炎の息を放つ。


 逃げ場はない。


 大盾を再び装備し、構える。


「くっ、みんなは!?」


 左上の体力ゲージを見る。


 嘘だ。


 俺以外の全員ダウンしている。


 龍は俺から目を離しそうにない。道具での蘇生も不可能だ。


「……詰みか」


 仲間は全員やられ、蘇生も不可能。バフも切れた。


 俺の体力も、ブレス軽減の大盾を使用したがずいぶん減ってしまった。


「いや、まだだ。まだ俺は――」


 あれは……!


 そこに確かにいた大きな黒い塊はそこにはいない。

 

 代わりにそこにあるのは小さな光の球体。


 その光が段々と変形していく。


 光はやがて形を得ていく。


「人間……!?」


 角と尾、爪と翼を持った少女がそこにいた。


「は、はは。これが第二形態か。勘弁してくれよ」


 先ほどまで相手していた神話の存在が、可愛らしい少女の姿になったというのに、どうしてここまで恐怖を覚えるのだろう。


 次の瞬間。


 その小さな影が目の前に、高速で近づき、急停止する。

 

 そしてただ一言。


「終わりだ」


 少女はそう呟いて、


 俺の体は、


 その爪によって、


 真っ二つに        引き裂かれた。



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