9話  PVP大会・予選ブロック 大剣のゴウガ

「お兄ちゃーん! ちょっと来て―!」


 土曜日の朝、リビングで朝食を摂っているとソファで横になっているエリカに呼ばれる。


「これ! 参加して!」


 エリカが端的に言葉を発しながらスマホを俺の顔に押し付ける。

 

 近い。


 画面が近すぎて何も見えない。 


 思わず三歩下がり、再び画面を見る。


「えっと、第一回りりぃの非公認PvP大会。りりぃってまさかあの?」


「そう! 人気配信者の暁りりぃちゃん。DMOでPVP大会を開くんだって!」


 暁りりぃ。日本の人気バーチャル配信者で、登録者数は百万人越え、同時接続数は毎回五万人以上。配信者に詳しくない俺でも知っている有名人だ。


 今年に入ってからはD・M・Oの配信で人気を集め、配信ではよく視聴者と一緒にパーティを組んだいたはずだ。


「俺が参加するのか? これに?」


「優勝するとりりぃちゃんとこれまで販売されたグッズとか全種類貰えるんだって! あ、あとゲーム内のレアアイテムとか貰えるらしいよ。ね、参加してよ」


「ええ、面倒くさいなぁ」


「いいじゃん、いろんな強い人と戦う機会だよ?」


 強い人か。俺は普段PVPをすることはないからたまにはいいかもしれない。


 それに、この戦いはもしかしたら邪龍グランドールの第二形態と戦う練習にもなるだろう。


「まあ、そういうことなら」


「やった、ありがとう! 絶対勝ってよね!」


「おう、任せろ」


 ……あれ、いまこいつ『ふっ、チョロw』みたいな顔した?


 まあいいや、ノエル達も誘ってみるかな。


――――――――

 

 開催当日。俺たちはグラーダの闘技場に集められた。

 

 誘った結果、ノエルとアオイも参加することになった。ノエルはただの腕試しで、アオイはエリカにグッズをプレゼントして恩返しするつもりのようだ。 


 戦いの街グラーダ。この町の中心には巨大な闘技場があり、それを囲うように小さな闘技場が無数に存在する。


 そんなわけでここにはPvP好きのプレイヤーばかりが集まる。


「それにしても、すごい人数だな……」


 観客席はほぼほぼ満員。


 周囲を見渡すと参加者で埋め尽くされていた。


 あ、あれは『犬猫の集い』のみんなだ。がおちゃんさんもいる。


 声を掛けようと近づいたその時――。


「みなさーん、こんにちはー!」


 闘技場の特等席から聞き覚えのある声がする。


「「「うおおおおおお!!!」」」


 観客席だけでなく周囲の観客席からも歓声が沸く。


「本日はお集まりいただきありがとうございます! 主催者の暁りりぃでーす!」


 皆の視線が金髪赤眼の少女に集まる。


 彼女はおしゃれな赤色のドレスを着ており、その低身長も相まって『お嬢様』のようだ。


「それでは、皆さん事前に告知はしましたが、予選のルール説明をします!」


  彼女の口から予選ブロックの説明がされる。


 本日の参加者は2042人。これを32のブロックに分割する。そして、それぞれでトーナメント戦を行う。各ブロックの優勝者1名、計32名が決勝トーナメントに進出できる。


 それに加えて予選では特別ルールが二つ。


 一つ、一試合の制限時間はニ十分。ニ十分で決着がつかなければその時点で残り体力の多いほうが勝者となること。


 二つ、予選では固有スキル以外の発動が禁止されること。


 DMOではスキルをその取得手段から四つに分類できる。


 まず、各ジョブでレベルアップするだけで習得できる【レベルスキル】。これはそれぞれそのジョブでしか使用できない。


 次に、スキルポイントを割り振ることで習得できる【ジョブスキル】と【武器スキル】。前者はそのジョブでのみ使用できるものとそうでないものがあり、後者はその種類の武器を装備していればジョブを問わず使用できる。


 そして、特定の武器を装備することで使用できる【固有スキル】。

 例えば【炎の杖】を持っているとレベルやジョブを問わずMPを消費して火球を飛ばすことができる。


 俺はこれに備えてとある武器を購入した。


「それじゃ、再びここで」


「そんなこと言って、先輩負けないでくださいよ?」


「なんかユキ、油断してやられそう」


「そ、そんなことねぇって!」


――――――――

 数時間後。


 小闘技場に移動して行われた予選ブロック。


 いよいよ次勝てば決勝トーナメント進出というところまでたどり着いた。


 ここまでの道のりは……まあ正直言って余裕だった。


 対戦相手のほとんどが固有スキルしか使えないことの真の意味を理解しておらず、固有スキルを軽視していた。固有スキルを持つ武器は攻撃力が低く、敬遠されたのだろう。


 一方、俺は真価を理解していたため余裕で勝ち上れた。

 

「このままだと、次も余裕かな……?」


 そんな独り言を発していると、スタッフが俺を呼びにやってくる。


 いよいよ予選もこれで終わりだ。


 さーて、相手はどんな人かな……!?


 目の前に現れたのは二メートルはありそうな巨漢。


 身に纏う鎧は邪龍のように黒く、二メートル近い大剣を背負っている。


「……君が決勝の相手か」


 彼の眼差しを見て確信する。


 彼は強い。今まで戦ってきた者たちとは違い、PVPの戦い方を知っている人間だ。


「ああ、俺の名前はユキ。あんたは?」


「我が名はゴウガ。最強を志す者」


 獣のような声。彼の声には闘志と戦いへの渇望が籠っている。


「それでは、カウントダウンを開始します! 10……9……」


 マイクマンのカウントダウンと合わせて観客もカウントダウンをする。

 

 皆素晴らしい試合を期待しているのだろう。


「……やってやる!」


 新たな剣【グランドブレイカー】を鞘から抜く。


 それに合わせ、ゴウガも大剣を構える。あの大剣……【クラッシュブレード】か。


「少年。我が剣の前に散れ!」


「…2…1…0! 試合開始です!」


 風が歓声を運ぶ中、試合が開始される。


 俺たちは瞬く間に接近する。


 刃がぶつかり合う。


 互いに一歩下がると、瞬く間に彼の二撃目が襲い掛かる。


 瞬時に右に避ける。


 彼の刀身が俺の真横で空気を斬り裂き、軌跡を刻んだ。


「少しはやるようだな」


 間髪入れずに猛スピードで向かってくる。


 二人の戦士は剣技を交わし、互いの力量を試していく。


 再び剣のぶつかる音と火花が舞い散り、その響きが互いの闘志の交錯を物語る。


 ……速い。彼の大剣は重厚かつ迅速に舞い、力強い斬撃を放つ。


 俺は防戦一方で、隙を狙うことしかできない。


「攻撃しなければ勝てんぞ!」


 彼の剣技には獣のような力強さと勢いがある。


 ならば、俺は――!


 迫りくる大剣を剣で受け流し、腹部を斬りつける。


「どうだ、ファーストヒット!」


 ならば、俺の剣技には速さと正確さがある!


「どうやら見くびっていたようだ、本気で行くぞ!」


 闘いは段々と激しさを増し、俺たちは相手の剣の一手先、二手先を読み合う。


 時折、観客は息をのむほどの見事な剣技や回避に感嘆し、拍手や歓声を送ってくれる。


 剣が交差し、火花が散り、闘志が交錯するその一秒一秒が永遠のように感じられる。


 ……楽しい。闘うことがこんなにも楽しいだなんて。


 勝ち負けなんかどうでもいい。


 技を磨き、より高みを目指すために闘い続ける。


 彼の剣技には心からの情熱が込められており、俺の心も燃えてしまいそうだ。


 観客の声が力となり、闘いは激しさを増していく。


 俺は身を低くし、一瞬の隙を突いて忍び足で接近する。その時、俺の手元から一閃が放たれた。


「そんなものか!?」


 俺の剣は大剣で受け止められ、腹部に強烈な蹴りを受ける。


 俺は吹っ飛び、壁に叩きつけられる。


 距離が生まれ、その間には互いの眼差しのみ。


 そして、俺たちは瞬時に相手の意図を読み取った。


「礼を言うぞ。こんな心躍る戦いは久しぶりだ。しかし、これで終わりだ! スキル、インパクトスラッシュ!」


 彼の大剣が地面を斬り裂くと、裂け目から斬撃が地を砕きながら迫ってくる。


「……俺もだ。スキル、インパクトスラッシュ!」

 

 俺のグランドブレイカーとゴウガのクラッシュブレード。


 それは同じ固有スキルを持つ武器。


 二つの斬撃が中央でぶつかり合う。


 中央で轟音を鳴らし爆発。あたりは土煙で覆われる。


「……その剣。一級品だな」


 ゴウガが微笑む。


 右上のゴウガのHPバーを見る。


 俺のインパクトスラッシュがほんのわずかに彼のを上回ったのだ。


「ああ。運が良かっただけさ。ただ……」


「……タ、タイムアップです! 残りHPの結果により、勝者はユキ選手!」


 マイクマンの宣言。


「これで終わりだと!?」「ふざけんな!」「まだ決着ついてないだろうが!」

 

 観客からはブーイングの嵐だ。


「ふっ、俺の負けか。くだらん幕切れだがな」

 

「ああ、全くだ」


「再び会うその日まで、さらばだユキ。俺はさらなる強さを手に入れてお前との再戦に臨む」


 そう言い残し、彼は去っていった。


 彼の背中が離れていく中、俺は剣を納めてその場に座り込んだ。


 この瞬間、俺の心にあるのは勝利した喜びではなかった。


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