4話 ゲルと熊と来客
窓からの陽射しで目を覚ます。
時計に目を向けると時刻はおよそ午前九時。平日よりも二時間も遅い目覚めだ。
平日よりも長く寝たはずなのに眠い。
リビングに降りると誰もいない。どうやらエリカだけでなく父さんたちも出かけているようだ。
テーブルにはラップのかかった皿中身はサンドウィッチ。俺の朝食だろう。
サンドウィッチを食べながら、今日は何をしようかと考える。
ノエルは今日ログイン出来るだろうか。
スマートフォンのSNSでダイレクトメッセージを送信する。
『今日はインする?』
すると、ものの数秒で返事が来た。
『ごめん、今日は予定あってインできなさそう』
そりゃそうだよな。休日なのだからリアルで用事があるのは当然だ。
『わかった。気にしないで』
ノエルに返信をし、アプリを閉じる。
――――――――
「とりあえず、日課だけ消化するか」
ギアを被り、D・M・Oにダイブインする。
昨日は宝くじが衝撃的過ぎてすっかり忘れていたが、D・M・Oには毎日更新される【討伐依頼】というものがある。
依頼をこなせば経験値の書というアイテムを入手でき、このアイテムを使えば好きなジョブで経験値を受け取ることができる。得られる量は大したことないが、ちりも積もれば何とやらだ。馬鹿にできない。
幸い討伐依頼の更新の正午までまだ時間はある。昨日やるはずだった分をこなしてしまおう。
レーヌ中央、酒場の掲示板を確認する。
「一番報酬の多い依頼は……これか」
『マジックゲル九匹とビッググリズリー一匹の討伐。報酬は8000ゴールドと経験値の書×12』
討伐依頼のモンスターが生息する草原に移動する。マジックゲルもビッググリズリーもエンデラ王国から出てすぐのフィールドにいる。
このフィールドにいるモンスターはビッググリズリーを除き、レベルが40あれば一人でも余裕で倒せる程度の強さだ。
エンデラ王国にワープし、フィールドに出てから数分足らずで討伐対象【マジックゲル】を見つけた。辺りにも十匹近くいる。
そうだ、せっかくなら――――
「ハァ、ハァ」
フィールドを走り回り、一気に辺りにいるマジックゲルも引き寄せた。よし、これでいいだろう。
急停止して振り返り、追いかけてきたマジックゲル達に正対する。
「よし、スキルで一掃だ!」
D・M・Oのスキルはプレイヤーが発動を念じることによって発動する。攻撃スキルは普通に武器を振るうよりも威力が高い。
発動後のモーションはシステムがプレイヤーの体を勝手に動かして行う。だが、その間にプレイヤーの意思で体を動かせばスキルをキャンセル出来る。
ちなみに、システムの自動モーション機能をオフにし、自ら体を動かすことでスキルを発動するプレイヤーも存在する。もっとも、普段からこの設定をオフにしているプレイヤーを俺は見たことがないが。
「スキル! 雷鳴一閃!」
刀は覆い隠すように雷が纏わりついている。
それを神速で横一線に振るう。
間近の一匹のマジックゲルを真っ二つに切り裂く。
派手な雷鳴と共に横一線に刀が走る。
輝く刃から斬撃が放たれる。
斬撃は後方にいた集団に触れると、次々とジュウジュウと蒸発する音を鳴らしながら駆逐していく。
「おお、すっげえ……」
紫電の剣と雷鳴一閃。
紫電の剣には雷属性のスキルを発動した際に追加攻撃が出来る。それが先ほどの放たれた斬撃だ。昨日、レベル51になったことでようやく習得可能に必要なスキルポイントが集まった。
さて、あとはビッググリズリーだけだ。
ビッググリズリーのいる草原の先の森へ向かう。
探索すること十分、お目当てのビッググリズリーを見つけたが――
――そこには戦闘中の四人パーティがいた。
……あ、全滅した。
見たところ彼らは初心者だった。ビッググリズリーは単純に攻撃力、守備力、俊敏性が高く初心者には討伐しにくい。
「さてと、腕試しだ!」
鞘から剣を抜く。
このモンスターを倒すにはレベル40のプレイヤーが四人は必要だと思う。攻撃役が二人、サポート役が一人、回復薬が一人の四人パーティ。
先ほどのパーティはジョブは良かったがレベルは40に満たず、装備も良いものではなかった。
だが、レベル51かつ装備も最高の物を揃えた俺なら十分相手できるはずだ。
グオオオオオ。
静寂な森の中に恐ろしい轟音が響き渡る。
巨大な体躯と鋭い爪牙が近づいてくる。
「落ち着け、これはゲームだ」
凶暴な獣を前にして恐怖してしまう。
剣を構えながら深呼吸をする。大丈夫だ。勝てる。勝ってみせる。
熊はその腕を大きく振り下ろし、俺の体を引き裂こうとする。
――――避ける。
――また避ける。
「っ! いまだ!」
ほんのわずかな瞬間。
一瞬の隙を突いた俺の剣は分厚い皮膚を斬った。
熊は痛みに怒号を上げながら、さらなる攻撃を仕掛ける。
避けて隙をつき斬る。ヒットアンドアウェイで着実にダメージを与えていくと、ビッググリズリーは周囲の木々に隠れ、俺の視界から消える。
どこだ、どこから来る。
ザザッ――
背後から音がした。しかし、そこにはいない。
視界がほんのわずかに暗くなる。フィールドは真昼間なのに。
――それは太陽が隠れたということ。
『今回のアップデートで一部の強敵モンスターはヒットポイントが半分を切ると行動パターンが変化する』
そうか、これがそうなのか。
上空から落下してくる熊の攻撃が俺に直撃する。
たった一撃なのに、これだけで俺のHPは半分減少する。あと一発も受ければ確実にやられるだろう。
――――集中しろ。
避けて、避けて、避け続けて、一瞬のスキを探す。
またしげみに隠れた。
よし、次こそは――
――ザザッ
背後から再び茂みの揺れる音。しかしそっちに目を向ける必要はない。
――今だ!
「スキル発動! 王の雷檻!」
剣を地面に突き刺す。剣から放たれた雷は檻のように俺を囲み、グリズリーはそれに衝突する。
【王の雷檻】は戦士の獲得できる数少ない防御技の一つだ。
そしてこれは名前の通り雷属性スキル。当然、紫電の剣の飛ぶ斬撃が追加される。
飛ぶ斬撃が分厚い皮膚を斬りさく。
「これで終わりだ! 雷鳴一閃!」
地面から剣を引き抜き、スキルを発動する。
スキルモーションは熊の体を直接切りつけたことで、飛ぶ斬撃は熊の体の中に発生する。発生した斬撃が熊の身体から抜けると、熊は苦痛に咆哮する。
最後の力を振り絞り向かってくる熊に、俺は剣を振り上げて首筋を切りつける。
体力ゲージは消滅。
「ビッググリズリー……討伐!」
最強のプレイヤーになるという目標に一歩近づいたはずだ。
――――――――
……そろそろ届く時間か。
ギアを外し、水を飲む。
やった、やってやったぞ。ビッググリズリーのソロ討伐。
勝利の余韻をかみしめていると、インターホンが鳴った。
「お、宅配便かな?」
弾む足取りで玄関へ向かい、扉を開ける。
「ただいまー! いやー、家で遊ぼうって話になってねー」
「こんにちは。いきなりお邪魔してしまいすみません」
エリカと、知らない女子。
肩まで伸びた黒髪に金髪のメッシュの女子。初めて見る顔だ。
「えっと、エリカ。この子は?」
「はじめまして! 高校でエリカちゃんと同じクラスの星野葵っていいます! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「不束者って……」
嫁入りかよ。
午後も楽しい休日になりそうだ。
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