第5話 寝不足の朝。久しぶりのブラックコーヒー
明るい陽光が射し込む気持ちのいい朝。
学校指定のセーラー服に身を包んだ勝美が、窓から陽光が射し込む廊下、夏美の部屋の前に立っていた。奏に言われて夏美を起こしにきたのだ。
勝美は夏美の部屋の扉をバーンと開け放ち、部屋に乗り込む。
勝美の目の前にはイルカの抱き枕にしがみ付いて、ベッドでスースーと気持ちよさそうな寝息を立てている夏美の姿。あれだけ乱暴に扉を開いたのに微動だにせず眠り続けている。
勝美が大きく深呼吸する。
そして、もう一度大きく息を吸い込んだ勝美は、あらん限りの大声を夏美に向けて発した。
「おーきーろー!!!」
今まで聞こえていた夏美の寝息が一瞬止まる。
起きたのかと思いきや、寝返りを打って勝美に背を向けると、また聞こえてくる夏美の寝息。
だが、こんなこと勝美には想定内である。
勝美は床に散らばっている無料の美容情報誌を一冊手に取ると、メガホン状に丸め、小さな方を自分に、大きな方を夏美の耳元にセットする。
勝美は今一度思い切り息を吸い込むと、情報誌で繋がった夏美の耳に向けてあらん限りの大声を張り上げた。
「寝るな―!!起きろー!!!」
さすがの夏美も飛び起きる。
夏美が明らかに不機嫌な顔で勝美を
「もう、うるさい、うるさい、うるさい、うるさーい!!!ホントにうるさいよ、もう!こんなん毎朝毎朝続けられて、わたしの耳が聞こえなくなったらどうしてくれんのさ!」
勝美が慣れた様子で不機嫌な夏美をあしらう。
「いつまでも寝てるあんたが悪い。早く
言いながら、勝美は夏美の部屋を出て行こうと、扉へと歩み寄っていく。
パジャマのボタンをはずしながら、夏美が
「わかったよ!」
夏美はボタンをはずし終わったパジャマの上着を脱ぐと、今しがた勝美が閉めたばかりの部屋の扉にそれを投げつけた。
勝美が一階に下りてリビングの扉を開けると、食卓に温かい朝食が並んでいた。
勝美はいつも自分が座っている椅子に腰かけると、大きな深い溜息を吐く。
キッチンから電気ポットを持った奏がリビングに入ってくる。
勝美がインスタントコーヒーの粉末をマグカップに入れながら言う。
「夏美、今着替えてるから、もうすぐ来るよ」
奏がテーブルに電気ポットを置いて、にこやかに返す。
勝美が電気ポットに手を伸ばし、マグカップにお湯を注ぐと、濃いコーヒーの香りがカップから湧き立つ。
「夏美ちゃん、いつも夏美ちゃんのこと起こしてくれてありがとう」
カップの中のコーヒーを軽くスプーンでかき混ぜながら、勝美が答える。
「別に……」
勝美はマグカップの中に濃い目に作ったコーヒーを一口含んだ。ミルクも砂糖も一切入っていないコーヒーの苦さが口の中を突き抜けていく。
勝美の表情が苦さに歪む。
勝美の様子を見ていた奏が心配そうに声をかける。
「大丈夫、勝美ちゃん。ミルクと砂糖持ってこようか?」
勝美は悶絶しながら答える。
「ううん、大丈夫。ブラックの方が目、覚めるから」
勝美が悶絶しながらブラックコーヒーを飲み進めていると、二階からドスッドスッと大きな足音を立てながら夏美が一階へと下りてきた。
「夏美ちゃん、下りてきたみたいね」
奏はそう言うと、自分の椅子に座って夏美がリビングに入ってくるのを待つ。
ほどなくして、夏美が扉を開けてリビングに入ってくる。その顔は相変わらず不機嫌そうだ。
夏美はバタン!と大きな音を立てて扉を閉めると、リビングの自分の椅子へと向かう。
家族全員が食卓について、奏が笑顔で号令をかける。
「さて、夏美ちゃんも合流したところで、朝ご飯にしましょう。いただきます」
勝美と夏美は合掌すると、
「いただきまーす」
勝美と夏美は怠そうに味噌汁の入った椀を左手に持ち、食卓の上に置かれた箸を右手で取ると、椀の中を箸で数回かき混ぜて一口すする。
勝美と夏美は箸と椀を一旦テーブルに戻すと、自分の前に置かれた取り皿を左手で持ち、右手をサラダボウルへと伸ばす。
二人の手が同時にトングへと差しかかると、夏美が
「ちょっと、お姉ちゃん。真似しないでくれる?」
勝美は夏美を見てきょとんとしている。
「は?」
「だって、さっきからわたしとまったく同じ動きしてんじゃん」
「え?味噌汁飲んで、サラダ食べよっかなって思っただけだけど?」
「なんで思考回路一緒なの!?」
苛立ちマックスの夏美に溜息を吐きながら、勝美は右手に持ったトングで取り皿にサラダを盛り付ける。
「ほら……」
サラダを盛り付けた取り皿を目の前に置かれて固まる夏美。
固まる夏美の左手から取り皿を抜き取ると、勝美は自分が食べる分のサラダを盛って自分の前に置く。
「お母さんも、サラダとろうか?」
勝美が尋ねると、勝美と夏美のやり取りを温かく見守っていた奏が笑顔で小皿を差し出した。
「勝美ちゃんは優しいな」
勝美が顔を真っ赤に染める。自分でも体が熱くなるのがわかるほどに。
奏から小皿を受け取って、サラダボウルの中身をすべてそこに盛り付ける。
サラダを盛りつけた皿を奏に渡すと、赤く染まった顔を見られまいとして
「優しくなんか……ないし」
サラダボウルを元あった場所に戻しながら、勝美はボソッと
「ん?」
奏が笑顔で首を傾ける。
「なんでもない」
慌ててそう返すと、勝美は自分の前に置いたサラダが盛られた皿を左手で持ち、右手で椀の上に置いた箸を取ると、黙々と食べ始めた。
勝美が残り一口分の味噌汁をゆっくりと飲み干し、椀をテーブルの上に、箸置きにティッシュで拭いた箸を置くと、再びマグカップへと手を伸ばす。
マグカップの中の苦そうなコーヒーを見ていると、思わず
朝の食卓では珍しい勝美の無防備な姿。
勝美にいつも無理矢理起こされている夏美のアンテナがピンと張る。
”朝からずっとお姉ちゃんはマグカップで何かを飲んでいる。
今も残っているということは中身はめったに飲まないブラックコーヒー。
よく見ると目の下に
ということは!!
いつもお姉ちゃんにはひどい起こされ方してるわけだし、たまには逆襲も許されるよね……?”
夏美が勝美の現状を推察してニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる。
「お姉ちゃん、今日もしかして寝不足なんじゃない」
勝美がマグカップの中のブラックコーヒーを飲みながら視線だけを夏美に向ける。寝不足ですが何か?といった様子で勝美の眉がぴくっと
夏美がかまわず続ける。
「お姉ちゃんのことだからさぁ、昨日の告白のこと考えてて眠れなかったんでしょ。『明日どんな顔して彼と会ったらいいの!?』とか少女漫画の主人公が思いそうなこと思ってたら朝になっちゃってたりとか?やっぱり、お姉ちゃんってさ、頭の中めっちゃ乙女だよねー」
夏美の余計な一言に、飲み込もうとしていたマグカップの中の最後の一口を思い切り気管に入れてしまい、勝美は思い切り咳き込んだ。
「あらあら、勝美ちゃん、大丈夫?」
奏が勝美の背中をさすりながら声をかける。
「夏美ちゃん、何か飲んでる時は危ないからやめてあげて」
奏が困ったように、だけど、笑顔で夏美をたしなめる。
「お姉ちゃんが動揺しすぎなんだよ。ホントのこと言われたくらいでさ」
咳き込みながら勝美が席を立つ。
「あれ?勝美ちゃん、もう行くの?」
勝美が咳ばらいをしながら
勝美が咳と咳ばらいを繰り返しながらリビングの扉を開き、玄関に向かって歩いていく。
「夏美ちゃん、勝美ちゃんの心は今とってもナーバスなんだから、あんまりイジメちゃだめだよ」
「はぁい」
夏美は反省するでもなく、いつもの調子で奏に返事をすると、茶碗の中の白米を一口頬張った。
玄関からドアを閉める音が聞こえてきて、奏がそっと窓の外に目を向ける。
外に出た勝美を眩しい陽光が照らす。
眩しい陽光が目に射し込んで、勝美は一瞬目を
目を閉じた時に見える黒い世界が眩しさにぐにゃりと歪む。
勝美がゆっくりと下を向きながら目を開けた。
陽光を遮るように左手で
”陽光に照らされて体がポカポカしてきて、なんだか眠気が襲ってくるようで……”
勝美は門扉までたどり着くと一つ大きな欠伸をした。
眠気を覚まそうと、両手で両頬をバチンと叩いて気合を入れてから、取っ手を握って門を開ける。
気合を入れたそばから襲う怠さを感じながら道路に出ると、勝美は静かに門扉を閉じた。
勝美はもう一度小さく欠伸をする。
「桑谷さん」
勝美が学校に向かって歩き出そうとした瞬間、聞き覚えのある男性の声に呼び止められて、勝美は動きを止めた。
下を向いたまま声がした方に顔を向ける。
そこには、道路と自宅を隔てる塀に寄りかかった状態で立っている紅葉の姿があった。
勝美は自分の頬が身体がどんどん熱を帯びていくのを感じて、その場から身動きができなくなっていた。
そんな勝美におかまいなしに、紅葉が勝美に近付いてくる。
紅葉は勝美のすぐそばまでくると、ひょっと勝美の顔を覗き込んできて、笑顔で言った。
「桑谷さん、おはよう」
「お、おはよう」
朝から、勝美と紅葉の甘い時間が始まろうとしていた。
ツンデレ女子とワンコ系男子 しょこたん @cat_angle
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