雨の狛犬

増田いぬ

雨の狛犬


たそがれにむかしの名を呼ぶ声のして狛犬わずかに腰を浮かせり



さざれ石刺さりてにじむ肉球はいつも最初に傷つくところ



どこからが夢のはじまり 言い訳をする間に皿は積み上げられて



つまびらかにせんとてめくる芍薬の花びらつまむ指の出どころ



吽が姉、阿が妹、軽薄なきょうだい占い信ずるならば



ひとよりも愛されたいから歯を見せて笑う、もちろん尾も振っておく



雨水が染みて背中が苔むすもひそかに嬉し石のこころは



かなしみを隠しおおせる器用さを持たぬくせ毛はたちまちうねる



蒔かぬ種生えねど蒔いた覚えなきランタナ咲けりうつつの庭に



隙間という隙間に毛糸つめこみてミキ毛糸店は空気が薄し



休みごと姉と見にゆく 声帯を取られし犬の黒き鼻先



正解じゃなくて答えが欲しかった 空咳のようなあなたの声の



雲行きのあやしい部屋で語られる沈没船のその後の話



長雨の末の一言あやまてばにわかに崩れる声の高さは



逆光で描く輪郭 妹かわたしを撫でる手のひら暗し



やわらかくたわむところに雨水はたまりゆくゆえ油断なきよう



ゆまるとき掲げる足の先高く、口輪に垂らす涎は熱く



生真面目な賽銭泥棒五円玉とおずつ数える新月の夜



餃子無人販売所は夜、増殖す 防犯カメラが夢をみるころ



思い出し笑いするなら傘の中 スカートの裾も髪も濡らして

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雨の狛犬 増田いぬ @masudainu

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