第4話 観測者


「……《クラウン》の仲間!?」


 ドレスの美女レッドプリンセスに向け、咄嗟に銃を構えたカノン。しかし、《レッドプリンセス》が手をかざすと、銃身はぐにゃりと曲がってしまった。


「落ち着いて下さいます?私、あのいけ好かない男に依頼を受けただけですので。文句があるのでしたら、《クラウン》に直接言って下さいまし」


 《レッドプリンセス》は空へと手を伸ばした。すると、突如として天は雲に覆われ、そして雨が降り出し、草原の炎は鎮められていった。


「……さて。これで依頼を完了できますわ。それではお三方、これを」


「……これは……何?」


「スマホか?」


 プロメテウスは、《レッドプリンセス》から渡されたその機械を見て言った。カノンとレジエは首を傾げる。


「すまほ?何だそれ」


「見たことない機械だね」


「……マジか。お前ら二人とも、スマホが無い世界の住人か。……まあ、携帯端末だよ。とても便利な、な」


「はい、その通りですわ。その機器、通称"インテリジェンス・ヒーローフォン"は――――って、何です?皆さん、そんな冷たい視線を私に向けないで貰えます?私ではありませんよ?この名前を付けたのは!」


「名前長いし、呼び名はスマホで良いな」


 《レッドプリンセス》の話を無視し、あれこれスマホを弄くり回していたレジエ。すると、突然音声が鳴り響いた。



『神羅認証。『一心不乱の神羅・クレイジーアイ』。『天使級』、弱点は眼球』


 

「うおっ!?突然声が!」


「……インテリジェンス・ヒーローフォンの特徴は、神羅をスキャンし、その情報を教えてくれることですわ。その他にも、通話機能や食事のデリバリー機能まで付いていますわ。活用することですわね」


 《レッドプリンセス》はそう言い残し、その場を立ち去ろうとし始めた。空間に穴が空き、そこへと歩いていく。


「ま、待て!お前らは何者なんだ?」


「……あら。それくらいならば教えて差し上げますよ?私共は、【観測者スターゲイザー】。あなた方の活躍を、死闘を、挫折を栄光を、そして苦悶の様を、私たちは見ていますわよ」


 そう言って、《レッドプリンセス》は姿を消した。






 ……同時刻、三人がいる場所よりもずっと北西の山岳地帯。そこで、戦争が起きていた。


「戦況は」


「……芳しくありません。奴らめ、不思議な術で魔獣を召喚し、兵力を増加させているようです!」


 軽装の、おそらく歩兵と思われる男が、将軍らしき騎士に報告する。顔をしかめる騎士だったが、とある男に肩を叩かれた。


「俺が行こうか?」


「え、英雄ヒーロー様!?あなたのような方の力をお借りするのは、まだ――」


「いや、多分敵にも俺と同じ主人公ヒーローがいる。ここは俺が出よう」


 そう告げるのは、刀を背負った金髪の男。そう、彼はタウロ・マーティースを討ち取った男、サーシス・オズハである。




「……っと」


 戦いの中心地にサーシスは降り立った。人間と亜人が戦いを繰り広げている。


「『血爆』」


「ぎゃっ、うぁぁぁあ!?」


 サーシスは亜人たちに血を吹きかけ、爆発させた。そうしているうちに、彼の目当てである他の主人公ヒーローが登場する。


 

「お前が相手か!」


 現れた少年は、ドラゴンに跨って上空から急降下してきた。彼の手元には、数枚のカードが浮かんでいる。


「4エナジーを支払い、〔セリア・セディア〕を召喚!」


 少年がカードを操作すると、身体が岩石で構成された奇妙な生物が出現した。サーシスを狙い、攻撃をしかけてくる。


「……やっぱりお前か。『紙の奇術師マスターカードバトラー』黒紙イクサ!」


「そういうお前は、サーシスだったな?他の主人公ヒーローの騙し討ちばかりしていると聞いたが、『ジャジー王国』そっち側に付いたのか」


「そういうお前こそ、亜人どもの王国、『コール王国』に付くとはな!人間なのに、人類の味方をしないのか!」


「……彼らに助けられからな。借りは返す、それが俺のモットーだぜ」


 二人は激しい戦闘を繰り広げつつ、言葉を交わす。やがて、戦場で立っている者は数を減らしていった。



 

 この世界には、三つの国が存在している。


 一つは、『ジャジー王国』。人間が治める国で、兵器の運用に長けている。サーシスはこちらに所属している。


 二つ目は、『コール王国』。妖精人エルフ竜人リザードマン小鬼ゴブリン小妖精ドワーフなど様々な種族の亜人が暮らす国である。イクサはこちらに属している。


 三つ目は『スピホール帝国』であり魔族が治める国なのだが、数年前の戦争で追い詰められ、現在ではほぼ崩壊状態にある。



 この三つの国は、長らく戦争を続けてきた。そして現在、この世に解き放たれた主人公ヒーローたちを兵力として取り込み、さらなる戦争の激化が起きている。

 主人公ヒーローたちも恩義や報酬のためだけに彼らに味方しているのではない。《クラウン》に告げられた、元の世界を取り戻す条件は"『シアター』で発生している問題の解決"。……つまり、戦争を終わらせることが問題の解決になると考えたのだ。



「〔絶叫する亡者ワイト・ヒート〕を召喚!」


「何度やっても、無駄だ!」


 サーシスの能力『異能殺し』により、イクサの召喚したモンスターはカードへと戻される。イクサにサーシスを倒す術は無いように見えた。


 ……しかし、骸骨モンスターの〔絶叫する亡者ワイト・ヒート〕が消滅する寸前、サーシスに異変が起きる。


「うっ!?……身体が……動かない……!?」


「〔絶叫する亡者ワイト・ヒート〕は場を離れる時、敵一人を〔束縛〕状態にするのさ!」


 動きを止められたサーシス。しかし、それでも彼は不敵に笑っていた。


「だが、能力を無効化する俺を殺すことはお前にはできねぇだろ?」


「ああ、そうだな。だから、ここはに任せるよ」


「……!?」


 その影は、突然現れた。ぬるり、とサーシスの目前へと。


「クックックッ!よくやったナァ、イクサ!褒めてやんよ」


 現れたのは、龍の骸骨の仮面を付けた、長い緑髪の女性だった。手には鉤爪と、目玉の付いた奇妙な拳銃を持っている。


「なんだ、お前は――」


「アタシか?アタシはテリジノ・ウムエ。依頼されりゃあどんな仕事もこなす"仕事屋"さ。……ま、もう聞こえちゃいないだろうけどヨ」


 言葉を発しながら、テリジノは発砲した。サーシスの脳天は撃ち抜かれ、即死する。


「ありがとよ、テリジノ」


「礼には及ばないサァ、イクサ。おかげでまた稼ぎが増えた。『ジャジー王国の主人公ヒーロー殺す度に一万ドルエンの報酬』たァ、あの亜人どももいい商売してくれやがる。ククッ、アタシにとっちゃ元の世界なんてどうでもいいからナァ。ここで傭兵として生きるのも悪くねェ」


 テリジノは仮面を外し、口の端を吊り上げる。傷だらけの女の顔が、そこにあった。


「それじゃ、俺は撤収するぜ。この戦い、俺たちの勝利だ」


「神羅の乱入もなく、順調に勝てたようで良かったナァ。ま、アタシとしてはこのまま戦争が泥沼化して続いてくれた方が嬉しいんだけどよ」


 二人は別れ、立ち去って行った。




  

 この世界で起きている、主人公ヒーローを巻き込んだ戦争。


 正体不明の敵対存在、神羅。


 そして、観測者スターゲイザー



 この謎と陰謀が蠢く世界で、主人公ヒーローたちは自分の世界を取り戻すことができるのだろうか。


 ……生き残りの主人公ヒーローは数を減らし――残るは500人である。

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