第3話 神羅


「この草原、どこまで続いてんだろなぁ。歩いても歩いても、見渡す限り草、草、草しかない!」


 不満を漏らしながら草原を歩いていくレジエ。その背後には、ぜいぜいと息を切らしてついてくるプロメテウスの姿が。


「とつぜん……はしりだすんじゃねぇよぉ……レジエぇ……」


「体力ないなぁ、プロメテウス〜!戦いの時の威勢はどうしたんだ?」


「……瞬発力と持久力はイコールじゃないだろ……。オレは短期決戦が主流だから、体力が無くても戦えるんよ」


「それはそうと、もうすぐ日も落ちるね。この辺で野宿にしよっか?」


 カノンの提案を呑み、一行は野営することとなった。カノンがどこからともなくキャンプ用品を取り出し、プロメテウスが火を起こす。


「……それにしても。よく素直に付いてきたね、プロメテウス?」


「おいおい、それは皮肉かぁカノン?敗者は勝者に従うのが道理だろ。それに、オレはレジエという人間に興味が湧いた。安心しな、寝首をかくような卑怯な真似はしない。来たるべき時に、改めてもう一度戦いを挑むさ」


 プロメテウスは夕空を見上げながら、笑みを浮かべて言った。

 そこへ、周辺の散策を終えたレジエが帰還する。


「……いやあマジで、何にもないな、このへん!……あぁ、マジで腹減ったぁ……」


「お帰り、レジエ。その様子だと、めぼしいものは無かったみたいだね?」


「ああ。……カノン、プロメテウス、何か食い物持ってないか?」


 カノンとプロメテウスの二人は首を横に振った。レジエはえらく落ち込み、地面にへたり込む。



 ……だが、その直後に地面から伝わった振動に反応し、咄嗟に身構えた。



「…………何かが、来る……!」


「……レジエ……?」


「ああ、オレも感じた!………………あ。これは……マズい……!」


 プロメテウスは目を向けた方向。そこには、こちらへと猛進してくる巨大な存在の影があった。


「…………な、何あれ……!?でっっかぁ……嘘……」


 カノンは思わず、言葉を漏らした。それもそのはず、こちらへと突撃してくるその謎の生物は、一軒家ほどの大きさがあり、そしてこの世のものとは思えない奇妙な姿をしていたからだ。


 


「ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぅぃぅぃぅぃ!!!」



 トカゲのような身体。四足で砂埃を巻き上げながら突撃してくるその怪物は、頭部の部分が巨大な一つの眼球で構成されていた。肉体は鉄板の装甲に覆われている。

 

 その怪物を見て、プロメテウスの額に汗が流れる。

 


「プロメテウス!アレを知っているのか!?」


「……ああ。アレは、『機神羅刹』――通称"神羅"と呼ばれる存在だ。この世界における、明確な『敵』だ」



 

「ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃギギギギっぐぃっぐいっ」



 その『神羅』は瞬く間に一行の目の前に迫った。その巨大な単眼は、カノンに狙いを定める。


 

「ギ――――――――」

 


「おいゴリラ女、危ねぇ!」


「ひゃっ!?」


 プロメテウスの鎖がカノンを瞬時に突き飛ばした。その直後、カノンが立っていた大地は一瞬で焼け野原になる。


「……レーザービーム……!?」


「ぎ」


 神羅は次に、プロメテウスに目標を変更した。エネルギーがその瞳孔へと集まっていく。


「ちっ」


 プロメテウスは咄嗟の判断で、神羅の足下をくぐり抜けた。その途中で鎖による連打を何十発と与えたが、神羅はびくともしない。


「『霊魂連結ソウル・コネクション』、『ティラノサウルス』!」


 さらにレジエが恐竜へと変化したその顎で、神羅の首に噛みついた。だが、それでも神羅は怯まない。


「ギッ――」


 発射されたレーザー光線が、地面をえぐり取り草原を火の海へと変えていく。その姿はまさに厄災、もしくは『神』の名にふさわしい姿だった。


 

「……硬え……。こいつ、いくら何でも強すぎないか?」


「…………オレはこれまで二回、神羅と遭遇した。だが、一度も勝てていない。正真正銘、アレは化物だ」





 


「……あ、ああ……」


 火の海の中に、カノンは倒れていた。立ち込める黒煙と炎のせいで、周囲の状況が掴めない。


「…………プロメテウス、突き飛ばして私を助けてくれたんだ」


 炎の壁が彼女を囲む。このままでは、神羅と戦う以前に炎に丸焼きにされかねない。


「レジエ。プロメテウス」


 だが、それでもカノンの目から光は消えていなかった。


「……やっぱり、一緒に戦ってくれる仲間って良いな。誰かのため、って思うとなんだか力が湧いてくる」




  

 

 突然奪われた自分の居場所。



  

『君の世界は滅びたよ』



 

 カノンにとって唯一の居場所と仲間たちを奪われ、一人で戦わなければならなかった。それはとても孤独で、寂しくて、心が折れてしまう。


「……今は違う。新しい居場所ができた」


 レジエに差し伸べられた手を、取ったのだから。


「もう一度、私は――――」



 カノンの胸に、火が灯る。


 比喩ではない。虹色の、爛々と輝く炎。


 カノンの世界の『能力者』。それが力を行使する際に輝く、命の煌めき――――



「もう一度、私は戦える」



 ……『限界を超える者リミットブレイカー』。


 それがカノンの持つ異名であり、そして能力名である。






「はぁっ、はあっ」


「頑張れプロメテウス!傷は付けられてきたぞ!」


「オレには、そうは見えねーよ!」


 プロメテウスが神羅の巨体を鎖で縛り上げ、レジエが攻撃する。だが、微かな傷しか付けられてはいなかった。


「……そろ、そろ……げんかいだ……」


「もっと頑張ってくれよレジエぇ……!」


 

「ギッィィィィィィ!!!」


 神羅がプロメテウスの鎖を引き千切る。どうやら怒り心頭のようで、レーザー光線の乱射を始めた。


「くっそ……。ここまで苦戦するなんて。カノンも心配だし、何とかしないと――」


 汗を拭うレジエ。その時、炎が不自然に揺らめくのを感じた。


「……ん?…………んんっ!?」


「ごめん、待たせた!」


 炎の中から現れたのは、疾走するカノンだった。アサルトライフルを片手持ちし、神羅に向けて連射する。


「ぎっ、ぎぎぎ!?」



「……神羅の装甲が……削れていく!?」


 銃弾によって、神羅を庇っていた鉄板が砕け散っていく。流石の神羅もこれにはひとたまりもなく、動揺したよつに暴れ始めた。



 カノンの能力は、『自分の障壁となる要因を無効化する能力』。具体的には、彼女の道を阻む炎であれば触れても何の影響もなく、彼女が発射した銃弾は重力、摩擦力、空気抵抗、そしてありとあらゆる防御を貫き、確実に敵に着弾する。


 ただし、この能力の発動には『諦めない意思』が必要である。さらに、カノン自身はこの能力の発動条件を全く知らない。そのため、レジエと出会う前のカノンでは能力を使うことができなかった。


 だが、今は違う。



「やぁぁぁああ!」


 神羅へと迫るカノン。なりふり構わず突っ込んでくるカノンに恐れおののいたのか、神羅は逃走を始めようとする。



「……まて……、逃すか……よっ!」


「同じく!」


 そこへ、プロメテウスの鎖とレジエの蹴りがクリーンヒットする。大したダメージにはならなくとも、逃走を邪魔するには充分だった。


 

「お前!を!ぶち壊す!!」


 銃弾が装甲を破壊したことで丸見えとなった腹部へ、強烈な右ストレートを打ち込んだカノン。神羅は倒れて痙攣した後、やがて動かなくなった。


 

「……わぉ……」


「まさか本当にゴリラ女……いや、ゴリラどころじゃねえぞコレ……」


 唖然とする二人の元へ、カノンは駆け寄る。


「勝ったよ。私、勝った……!」


「よくやったな、カノン!いぇーい!」


 カノンとハイタッチするレジエ。次に、カノンはプロメテウスにも両手を向けた。


「……え?オレもやんのか?」


「ほら、早く早く!……もう、"仲間"でしょ?」


「……しゃーねぇーなぁ……」


 溜息を漏らした後、しぶしぶプロメテウスはカノンとハイタッチをした。

 ……なお、レジエからのハイタッチはプロメテウスにガン無視された。悲しい顔をするレジエに、プロメテウスは目を合わせない。



 

 


「……あら。『一心不乱の神羅・クレイジーアイ』が討たれましたか。これででは初の神羅討伐となりますわね」



「……何者!?」


 戦闘が終わり、一息つこうとしていた一行の元に空から舞い降りてきたドレス姿の美女が現れる。三人の目の前へと着地すると、彼女は優雅に礼をして言った。



「私は《レッドプリンセス》。《クラウン》からの依頼にて、ここへと参りましたのよ?」 

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