第2話 正解の不在


「っ、はぁっ、はあっ!!」


「悪くねぇよ女!……けど、火力が足りねぇなぁ!」


 地平線の彼方まで続く草原。そのど真ん中で、二人の人間が激闘を繰り広げていた。



「……っ、銃弾が効かないなんて」


 一人は、サブマシンガンを両手持ちした赤髪の少女。頬に『A』の文字が刻まれた、高校生ほどの年齢の少女だ。あどけなさの残る顔をしているが、どこか死線をくぐり抜けてきた歴戦の戦士のような風格がある。しかし、今の彼女の目に生気は感じられない。



「そうがっかりすることはねーよ。サブマシンガン両手持ちとかいう変態プレーができるお前はなかなか凄え。でも、相手が悪かったな。このプロメテウス様には、そんなものは通用しねぇ!」


 もう一人は、口以外の顔面全てを龍を象った仮面で覆い隠した少年だった。茶色の髪の毛が仮面から溢れて肩まで伸びている。彼が手に持つ鎖は青い炎で燃えていた。


「……プロメテウス。それが君の名前……」


「あ、名乗ってなかったっけ。そう、オレはプロメテウス。そんじゃあゴリラ女。お前の名前も教えてくれよ」


「誰が、ゴリラ女だ……!…………私の名前は亜厂アカリカノン」


「そうか、カノンか!……記憶の片隅に、オレを楽しませた珍しい相手だったと留めておいてやるよ!」


 プロメテウスは鎖を振り回し、カノンへと接近する。カノンは銃を連射するも、その全てが鎖に叩き落とされた。まるで生きているかのように、鎖は宙を縦横無尽に動き回る。


「この鎖は空を砕き、大地を削る。オレに与えられた名、原初の炎プロメテウスのように大自然に牙を向き仲間人間すらも食い尽くすのさ!」


 プロメテウスは声を弾ませ、鎖をカノンに差し向けた。危機一髪で回避し続けていたカノンだったが、体力にも限界がある。だんだんと鎖が身体に掠り始めてきた。


「ぐぅっ……一撃一撃が、灼けるように痛い……!」


「そりゃそうさ!青い炎の温度は高いんだぞ?この炎は本物じゃぁないが、だがダメージは本物の炎にも匹敵する!」


 咄嗟に距離を取ったカノン。しかし、ダメージからかそれとも疲労からか、膝をついてしまう。プロメテウスはそんな彼女にお構いなしに、走って近付いてくる。


「……終わり、か。ごめん、皆。もう一度、皆と話がしたかったなぁ…………」


 カノンの脳裏に浮かぶのは、かつての世界での仲間たち。思い返すのは仲間との楽しかった日々、しかし非情にもプロメテウスの鎖は彼女に走馬灯の時間すら与えない。



 

その時だった。




 天から、何かが降ってきた。


 

「……ふぇ?」


「何だぁ?」



 空から落ちてきたもの、それは人間だった。ツンツンとしたオレンジ色の髪、首に巻いたスカーフ、片手に持った日本刀。痛てて、とその少年は立ち上がる。


「……ここが、『シアター』か。確か――えっと――【煙突戦艦物語・エタノールファンファーレ】!……だっけか?てっきり俺は海にでも出るもんかと思ってたけど……ん?」


 オレンジ髪の少年はカノンとプロメテウス、二人の顔を交互に見る。そして、ああ、合点がいったように手をポンと叩いた。


「これはこれは。恋の告白的な場面だったか。失礼いたしました」


「は!?え、ちょっと君!?この状況、どっからどう見たらそんな甘酸っぱいムードに見えるの!?」


「え?男女の出会いといえば戦場じゃない?」

 

「……どういう環境で生きてきたの……?」


 カノンに盛大にツッコまれるオレンジ髪の少年。しばし唖然としていたプロメテウスだったが、気を取り直し鎖を持ち上げた。


「あんた、《クラウン》の話は聞いただろ?オレたちは自分の世界の存亡を賭けて戦ってたんだよ。お前も主人公ヒーローなんだろ?そんじゃあ、三人で戦おう。バトルロイヤルと行こうぜ!」


「……あー、そんなことあの野郎言ってた気もするなー……。……でもさぁ。あんな胡散臭い奴の言うこと信用するかフツー。あいつの口車に乗せられて殺し合うなんて、馬鹿らしくないか?」


「……それはごもっともかもしれないな。でも、オレは戦いが好きなんだよ。理由なんてどうでもいい。とにかく、命を賭けた殺し合いがしたい。それが分かったなら、構えろよ。お前だって死にたくはないだろう?」


 オレンジ髪の少年はプロメテウスから目を切ると、今度はカノンに目を向ける。膝をついた彼女に声をかけた。


「お前は?戦いたいのか?」


「……いや。私はただ、元の世界に帰りたい。それだけ。でも、そのためには――」


「……よし、よく分かった。落ち着いて考えようぜ?そのためには――まずは血気盛んなヤツを落ち着けるか」


 プロメテウスが差し向けた鎖の一撃を、オレンジ髪の少年は刀でいなした。そして、カノンを指差して叫んだ。


「お前!魔が差しても俺を後ろから撃ったりするなよ!?俺はこの状況を解決する!揉め事の解決は得意分野だ!」


 そのまま刀を一振り、二振り。鎖を弾き返し、プロメテウスに距離を取らせる。


「その刀さばき、大したもんだね。でも、守ってるばかりじゃ勝てないよ?」


「安心しろ、攻撃に出る。……『霊魂連結ソウル・コネクション』、『アノマロカリス』!」


 オレンジ髪の少年の顎から、触手のような二本の肢が生える。身体は鎧のような硬い甲皮で覆われた。


「……なんだ、その姿……」


「名乗らせて貰うよ。俺は千代野レジエ。またの名を、『絶滅人間レジエ』!絶滅した生物の魂と融合し、身体を変化させることができる。さあ、続きをやろうか」


「…………言われなくても!」


 プロメテウスは鎖を振り回し、レジエに襲いかかる。だが、レジエの甲皮に鎖は防がれ、有効打を与えられない。


「『霊魂連結ソウル・コネクション』、『メガネウラ』!」


 次に、レジエの背中からはトンボの翅のような、巨大な翼が生えた。そのまま空へと飛び上がり、目にも留まらぬ速さで宙を舞う。


「空なら有利だとでも!?」


 プロメテウスは伸ばした鎖の上を駆け上がり、空を飛ぶレジエを追う。攻撃可能な距離まで近付くと、鎖を一斉に差し向けた。


「……むしろ、空なら逃げ道は無いぞ!」


「ああ、そうだな。なら、仕留めればいい」


 レジエは突如として方向転換。一直線にプロメテウスへと突っ込む。刀を構え、狙いを定める。

 


「……まさか、空へと飛んだのはオレを誘き寄せるため……!?……くくっ、だがそれは好都合!王手目前なのはこっちも同じだ!!」


 さらに数本の鎖をレジエの真正面へと差し向けるプロメテウス。アノマロカリスの装甲があるとはいえ、これほどの攻撃を受けたとしたらレジエはひとたまりもない。


 だが。


「……安心しろ、殺しはしない。だが、痛い目にはあって貰う。念力マナフル回転、血管覚醒――――『半破壊ハーフブレイク』ッ!!」


「……なっ、鎖が、砕かれ――――」


 突然加速したレジエの身体に、青いオーラが纏う。一筋の流星と化したレジエの突撃に鎖は弾かれ砕かれ、レジエの路を阻むものは消え去った。後は、プロメテウス標的ただ一つ。


「やぁぁぁぁああああッ!!」


 刀がプロメテウスの胸に食い込む。しかし、完全に切り裂くことはなく、衝撃だけを与えてプロメテウスを突き落とした。



「……あっ、……ぐあっ!?」


 だが、それは致命的な一撃。プロメテウスの心臓まで響いた衝撃が、彼の肉体を粉砕する。



「……ちっ、負け、か――」



 プロメテウスは大地へと墜落し、気を失った。レジエはその脇へと舞い降りる。



「…………殺さないんだ」


 そこへ、カノンが駆け寄ってきた。どこか安心したような表情を浮かべると共に、不安さも感じられる。


「レジエ、だっけ。これからどうするつもり?君の世界も消滅したはず。《クラウン》の話がどこまで真実か分からないけど、少なくとも嘘はついていなさそうだった。どうしても、戦いは避けられそうにないよ」


「…………」


「レジエだって、自分の世界が消えたままじゃ嫌でしょ?……どうするのが正解なんだろうね。皆、自分の世界があるだろうし……。皆に正義があって、無い。こんな戦いで正解なんて……」


「方法ならある。作り出せばいい」


「……えっ?」


 カノンはレジエの顔を見返した。レジエは決意を固めた表情で、口を開く。


「皆が助かる方法を見つけよう。チームプレイだ。俺、カノン、そしてそこのプロメテウス。取り敢えず三人か、悪くない」


「ちょ、ちょっと待って!?プロメテウスを仲間にする気――っていうか、それよりも!……方法なんて、あるの?マルチバースとか世界線がどうとかいう、そんなスケールが大きな話で、私にはどうすることも……」


「できるさ。だって俺たちは『主人公ヒーロー』なんだろ?……正直、俺も自分のことをヒーローだなんて思ったことはないけど。でもあの野郎クラウンがそう呼ぶのならそう思うことにする。ヒーローに限界なんてない。そうだろ?」


 レジエはカノンに手を伸ばす。



「よろしく、カノン。必ず、世界を取り戻そう」


「…………そう、だね。うん、よろしく」


 二人は手を交わした。


 

 ……不快な物語に、一つの輝きが現れた瞬間だった。

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