おっさん神様のトバッチリをうける


年号が変わって数年の桜が咲いた頃、俺こと石原 那由多(55)は身体が動く内に早期定年退職を希望し、実家に籍を置いてしばらく趣味の旅行(バックパッカー)でもしようかと考えていた。

 俺はとある事がきっかけでずっと独身で、実家に帰る度に親に結婚はまだか?とねちねち言われていた。50も過ぎた独身息子にあまり希望を抱かないで欲しい。


一度実家付近の…とはいえだいぶ離れてはいるが…役所へ諸々の手続きなどを行いに行く為に引越しトラックを見送り、学生の頃から暮らしたマンションを後にする。何となく人任せにしたくないと思った荷物を詰め込んだボストンバックを大切に持ち最寄りの駅へ向かう。ゆっくりと歩けば何とも言えない寂寥感が胸に湧き上がった。


(これでこの街ともお別れか…)


大学を卒業してからずっとこの街で過ごして来た。実家は山深い田舎で繁華街に行くには車がなければ始まらない不便な土地だった。若い頃それが嫌で家を飛び出したのだ。

しかし月日が経つにつれ山の静けさや、風に戯れる樹々の騒めきや自然の音を求め、神社や公園に行ったり、山へキャンプへ行くようになった。


 特に…とある事の後…つまり結婚直下だった婚約者に何股もされ心が荒んだ時にはよくお世話になった物だ。あの時はちょっとした修羅場だったが婚約不履行となり人数分十ニ分に慰謝料をもぎ取ったが心が死んでいた。一歩間違えば世捨人になる所だったが税金の支払など生活もあったので踏みとどまれた。自身の理性と真面目な性は時には残酷だった。

 

 どこの街でもある鎮守の森に囲まれた静かな神社や寺は空気が澄んでいるような気がして、自分の中に巣食う澱んだ物や汚い物が浄化される気さえした。安らぐ場所を提供してくれたお礼の意味もあり、事あるごとに参拝し御朱印を拝受するようにもなった。

 

 昔の人は理解し難いものや恐れ、自然、偉大な物に神と言う名を付けたけど自然の中に身を置くとその意味が少なからずわかった。

 自然の中に身を置けば、自然の中に囲まれたちっぽけな自分が…ちっぽけな自分の悩みが大きなもの…例えば宇宙空間にポンっと1人投げ出されたような…何もかもが瑣末な事と思える不思議な感覚を味わえた。



 いつものルーチンワークだった慣れた駅への道を行くと左手に大きな石段が見える。この街に古くからある神社だ。


(土地神様に挨拶していくか…)


 駅に行く道から逸れ、石段を登る。急勾配で段が多いのは社に向かいお辞儀をする様に登らせる為とかなんとか。   

 本当かどうかはわからないけど聞いた時には成る程と思ってしまった。確かに50を過ぎた自分にはこの石段は辛く前を向き背筋を伸ばして上がることは中々に困難だ。


 軽く息を切らしながら一息ついて鳥居をくぐり参拝をする。参拝前に手や口を清めるのが良いのだが今は世界的な感染病が流行っており、手水舎は使えない様に綺麗な花が生けられていた。

 鈴緒を引っ張りガラゴロと本坪鈴を鳴らし二礼二拍手。


(…何事も…いや…色々あったけど…概ね大事なくこの街で過ごさせて頂き有難う御座いました。新天地でも恙無なく過ごせます様に…)


 最後に礼をし神社を後にする。この神社は早朝ともなれば、御来光が鳥居から一直線に本殿に向かって光の道を作るが、残念ながら少しずれてしまったこの時間帯ではその光景は見ることはできない。

 石段を降りる時も同じく本殿に向かい頭を下げ駅へと続く道に戻ろうと足元を見ながら石段を降りた。


「………!」

(…?)


 石段の中頃、誰かに呼ばれた気がして頭を上げて辺りを見回す。今は平日の割と早い時間帯で見渡す限り参拝する人間は自分以外居なかった。

 気のせいかと気を取り直し一度空を見上げると左目に大きな衝撃がきた。


「うわぁ!」


 思わず仰け反り両手で目を押さえると石段から足を踏み外してしまった。来るべき衝撃を覚悟して体をすくめるもいつまで経っても衝撃は来ない。


 左目を押さえながら、そろそろと右目を開けると澄み渡った青空に白い発光体が見えた。


「っ?!」


 身体は不安定で地に着いた様子がない。何が起こったのかわからず軽くパニックになった。


『キャッハァ☆』

「⁉︎」


 白い発光体が突然女子中高生みたいな声で笑い転げてチカチカと不安定に発光していた。

 明らかにおかしな状況なのに神社の石段には人気が無いし駅にも近いはずで目の前の通りには人通りもあるはずなのに騒ぎにもなっていないようだ。


(なんなんだ⁈どうなっているんだ⁈)


『矮小な*#•*が矮小な冴えない人間の左眼に入っちゃったぁ☆アッハッ!マジダッサお似合いだネ☆』


 白い発光体は楽しそうにケラケラ笑いながら点滅を繰り返しそんな事を言っていた。パニックになっている俺を置いてけ堀にしてどんどん楽しそうに話が勝手に進む。


『*#•*が眼には入っちゃったなら仕方ないよね!*#•*は人間の眼に封印されて*^.?#•*ちゃんが1番になるの! 

 1番になった*^.?#•*ちゃんをお祝いして冴えない人間を*^.?#•*ちゃんの世界にご招待しちゃうの♡ *^.?#•*ちゃん優しい!

 *^.?#•*ちゃん偉いから祝福まで授けちゃう。何か欲しいスキルとかある?*^.?#•*ちゃん1番偉いから今だけなんでもつけれるよ♡ふむふむ。今ならはいすぺっくな体も手に入りそう⭐︎まっ生きてるかわからないけどねぇ!キャハッ♡』


(???は?…ス…キル?よくはわからないが天神地祇に十全十美があれば充分なのでは…)


 俺は突然欲しいスキルと言われても訳もわからず、白い発光体のキンキン声に頭痛を覚えながら脳裏にパッと浮かんだ四字熟語を口に出していた。


『この世界の言葉はよくわからないけどそれで良いならそれで。あと*^.?#•*ちゃんは優しいから*^.?#•*ちゃんの世界の案内もつけたげる!*^.?#•*ちゃん優しい!偉い!敬って媚びへつらうがいいよ♡たとえ一瞬だとしても!信仰は*^.?#•*ちゃんをもっともーーーっと強くするの!*#•*の力は手に入らなかったけど瑣末なことだもん⭐︎消すのが大事☆じゃっ☆もういっちばん偉くなった*^.?#•*ちゃんとは矮小な人間は2度と会うこともないと思うけど優しい*^.?#•*ちゃんの世界に高待遇でご招待〜♡お前はもうこの世界とはばっはは〜いなの♡ジュワッ』


 白い発光体が一方的にキンキンと捲し立て一際カッと発光し目の前が真っ白になった。

 俺は訳もわからず何も出来ぬままそのまま気を失ってしまった。

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