第25話 温泉といえば猿 ラッキースケベもあります

「どうした? 叫び声が聞こえたけど」


「来るな! 見るな! スケベ!」



 えー、心配して来たのに。


 俺は、がっかりしながらも、何かが起こったことは本当だと気付き、事情をたずねた。正直、湯気で彼女達の様子が何もわからない。



「何かいるの?」


「猿ですわ」


「猿?」


「えぇ。確かトサカモンキーとかいう種ですわ。この深層地帯に生息する猿で、非常に賢い種だと聞いています」


「へぇ、あ、こっちにもいた」



 確かに猿だ。名前の通り頭にはトサカがある。サル特有のかるく膝を曲げて、手でかるく地面を支えるポーズ。首をこくりと曲げつつ、こちらの様子をうかがっている。



「大丈夫なの? おそって来ない?」


「問題ありません。冒険者の話ではトサカモンキーは強いが温厚おんこうな生物だそうです。なので、こちらから手を出さなければ危険はないはずです」



 ないはずって、曖昧あいまいだなぁ。ライリーの伝聞形式でんぶんけいしきの情報、ちょっと怖いんだよな。


 ただ、今のところ、トサカモンキーがこちらに害をなそうとする様子はない。ただ温泉に浸かりに来ただけなのか、てくてくと歩いて温泉にゆっくりと足を入れる。


 猿だな。


 温泉に入る猿だ。動画で見たことあるわ、こういうシーン。


 一応大丈夫だろうと判断して、俺は身体の水気を落とし服をちゃんと着直す。急いで着たから、ほとんど半裸だ。後ろにはセバス3。なぜか彼は既にぴしゃりと服を着終えていた。はや着替え選手権とかに出たら優勝できそうだ。



「はぁ、やっと生き物が見つかったと思ったら猿か」


「どうしますか? 捕獲しますか?」


「いや、さすがに猿は食えないでしょ」


「確かに、まずそうですものね」


「そういうわけではなく、倫理観的にね」



 まぁ、でも、この先にもかたつむりしかいなかったら考えざるをえないな。



「しかし、猿がいるということは猿が食べるものが、この辺りにあるということになりませんか?」


「それだ。さすがセバスさん。よーし、希望が出てきた。もうかたつむりはごめんだ」



 温泉にもはいれて、ちょっとリフレッシュできた。あとは何かうまいものが食いたい。



「ぱぴぃ、ティスもそろそろあがるね」


「おう。猿は攻撃して来ないけど気をつけてな」


「はーい」



 トサカモンキーに攻撃性はないらしいが、女性を裸で放り出しておくのはさすがに気が引ける。まぁ、ティスは大丈夫だろうけど、ライリーは不安だ。


 と、そのとき、ある異変に気付いた。湯気が晴れている。俺達が走って来たり、トサカモンキーが現れたりして風が入ったからだろうか。


 温泉の水面が見えてきて、さらに岩場に立つティスの姿があった。金髪が上の方でまとめられておりうなじが色っぽい。背中からお尻にかけての曲線美はもはや宇宙の神秘であり、すべての芸術を凌駕りょうがすると言えよう。



「いやーん、ぱぴぃのエッチ」


「あ、ごめん」



 振り向きざまに笑顔で言うティスは、もう、うん、反則だよね。ちょっとしゃがんでもいい? 別に深い意味はないんだけど。


 一方でまだ温泉に足を入れたままで立っていたのはライリーである。服を脱ぐと余計に細く見える。無駄を削ぎ落したそのフォルムは貧相というには美し過ぎる。一方で、小さな凹凸は未来への可能性を感じさせ、すさまじい背徳感を俺に与えてくる。



「何見てるんですか! スケベ!」


「あ、ごめんなさい」



 これは言い訳できない。俺はスケベです、はい。


 ただ、ちょっと不安なのは、ライリーのすぐ前にトサカモンキーが立っていることだ。口では安全と言っていたものの、目の前に来たら怖くて動けなかったのではなかろうか。


 俺が助けるわけにもいかないので、ティスに言って助けてもらおうか。そんな考えを浮かべている最中、トサカモンキーはライリーの身体をじろじろと眺めていた。それはもうじろじろと、正面から。いや、そんなに見ちゃだめじゃない? 羨まし、じゃなかった、俺もそっち側から、じゃないない、破廉恥はれんちだよ、スケベだよ。紳士たるものもっと節度をもってね、いや、猿だからいいのか。


 この俺の不安は当たってしまった。トサカモンキーは、ふむふむと何度か頷いた後、掌をぺたんとライリーの胸においた。


 何が起こったのかと、ライリーはきょとんとしていた。そんな中、トサカモンキーの方は、もみもみと、んでいた。


 いったい何が起きているんだと、俺は理解しかねたが、冷静に考えてみればただライリーがセクハラされている図であり、ハッと我に返ったライリーは、びくんと身体を震わせた後、腕を大きく振り上げた。



「何するんですの! このエロ猿!」



 腕は思いっきりフルスイングされ、トサカモンキーの頬にクリーンヒットした。猿は、キキィ! とかいう呻き声と共に弾き飛んでいった。



「私の胸を揉むなんて! 万死に値します!」



 さて、先ほどのライリーの言葉を思い出そう。トサカモンキーは、非常に頭がよく温厚な生物です。こちらから手を出さなければ危険はありません。


 じゃ、手を出しちゃったら?


 トサカモンキー達は、一斉に雄たけびをあげて、俺達の周りを取り囲んだ。鳴き声が鳴き声を呼んで、さらにトサカモンキーを集めてくる。


 完全に臨戦態勢。


 そんな中、ライリーは、再び、ハッと我に返り、周りを見まわして大声で叫んだ。



「やってしまいましたわ!!!」



 いや、もうね、こんなことになるんじゃないかと思ってましたよ、はい。

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