第20話 溶岩の谷の主

 もはやながめることしかできなかった。


 溶岩の底から持ち上がって、空へ向かって吹きあがるその火の柱を、眺める以外に何ができようか。


 ドラゴンの姿は、あっという間に消えた。火の柱に呑み込まれたのだ。



「助かった?」



 だが、この火の柱は状況を改善したのだろうか。それとも、悪化させたのだろうか。


 

「あ、だめだ」



 結論からいえば、火の柱が状況を悪化させることはなかった。そもそも状況は最悪だったのだから。


 橋が、もうたない。


 どんどんかたむいていく橋をのぼることはできず、俺は必死にしがみついていた。



「落ちるぅぅぅぅう!」



 せっかくドラゴンから逃げ切ったのに、溶岩に落ちて死ぬなんて嫌だぁ! それならばドラゴンに食われた方がよかった。いや、よくないけど!



黒髪悪魔ダークマーク! 縄! 縄を創りなさい!」



 上から降ってきたのは声。その声の主を確認する間をしんで、俺はモデリングのウィンドウを開く。しかし、ティスをかかえて橋にしがみついたまま操作はできない。



「くっそ、音声入力とかできねぇのかよ」


『できます』


「できるんかい!」



 頭の中で鳴る機械音声によって、突然発覚したモデリングの音声入力機能に思いっきり突っ込みを入れてしまった。そんなことしている場合ではないと、縄のモデルを選択して叫ぶ。



「レンダリング!」



 ライリーを救出する際に使用した縄の使いまわし。縄の姿が露わになるにしたがって、身体全身の力が抜けていく。



「ごめん、あとは頼む、セバス」


「お任せっ! ください!」



 魔力を使い果たした。落ちそうになった俺とティスの身体を器用に捕まえてから、セバス3は縄を口で掴む。そして、首を振って縄を上の方に放り投げた。


 縄は落ちてこなかった。ということは、上で彼女がつかまえたらしい。それはいいが、彼女に三人をひっぱりあげる力なんてあるのだろうか。


 橋は完全に崩れて倒れている。セバス3は、縄を口でくわえバランスをとりながら、ロッククライミングのようにして上へと登っていった。



「すごいよ、セバスさん。君には空を歩く者エアウォークの称号を授けよう」


「はぁ、はぁ、はぁ、あぃ、あ、おおぅお」



 溶岩の谷、その向こう岸。俺達は、四人そろって溶岩の谷を渡った先の岸に座り込んでいた。


 セバス3は登り切ったのだ。俺とティスを抱えて、残りの道のりを。橋の先は対岸の洞窟に続いていた。それは単純に運がよかった。


 いつもしゃきっとしているセバス3はさすがにグロッキーになっていた。ティスにいたっては完全に突っ伏して動かない。



「ティス、生きてる?」


「死んでる」



 どうやら大丈夫のようだ。


 一方でもう一人、死んだような顔をしている王女は、両の手を地面について、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。



「ありがとう、ライリー。最後、助けてくれて。正直、見捨てられると思ったよ」


「はぁ、はぁ、はぁ、バカ言わないでください。この先、まだ長いんですよ。こんなところで戦力を減らしてどうするんですの」


「その割には一度も振り返らなかったけどね」


「振り返る? 私、その言葉知らないですの」


「すげぇ。そのポジティブさ、尊敬するわ」


「いいですのよ。存分ぞんぶんに尊敬してくださって」



 ライリーと目が合って、俺達は初めて少し心が通じ合った気がして、二人して笑った。



「それにしても」



 と俺は振り返る。


 視界には溶岩の谷。そして空に昇る火の柱。おそらく谷を越えて地上に出ているだろう。それほどに巨大な火の柱は、驚くべきことに、いや、あきれかえることに、単なる自然現象ではなかった。



「まさか、ドラゴンってこれのことだったなんて」



 ライリーが言うことには、溶岩の谷にはドラゴンがいるという。俺はてっきり、奈落で襲われたドラゴンのことだと思っていたのだが違ったようだ。


 それは溶岩の底から現れた。近くから見たらただの火の柱にしか見えない、それはだった。


 溶岩龍マグマドラゴンとでも呼べばいいのかな。ドラゴンを丸呑みだもんな。もう、怖いとか通り越して、尊いよな。それにしても奇跡だよ。食われなかったの。


 俺がぼやくと、セバス3が弱々しく応じた。



「もしかすると魔力の量が少なかったからかもしれませんね」


「あぁ、そうか。俺達がドラゴン倒すのに力使い果たしてたから、いちばん魔力がでかいのがドラゴンだったのか」


「そのために魔力を使い果たすように促すとは、さすがお父様です」


「ははは。だろ」



 何はともあれ、と俺はぐっと両腕を高くかざした。



「溶岩の谷、突破だ!」


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