第18話 溶岩の谷に架かる橋

「ぱぴぃ、ムリ! このトカゲ硬過かたすぎ!」



 いちばん期待していたティスが真っ先にを上げた。彼女の持つ大鎌おおがま。何でも斬れちゃいそうな大鎌で何度もドラゴンを斬りつけたが、斬るにいたらずはじかれている。ただドラゴンは普通に打撃的に痛いようで嫌がっていた。ティスはなんだかあきらめムードだがけっこう効いているのではなかろうか。



「お父様、このドラゴン、前のやつより強いです!」



 セバス3が苦しな声をあげる。そもそも前のドラゴンにもまったく歯が立たなかったのだけど、前は勝てたんだけどなぁ感を出してくるのはプライドだろうか。


 いや、実際に前回は勝てた。セバス3があの魔法、スパチャ神対応パーフェクトレスを使えばドラゴンにだって勝てる。ちなみに命名はセバス3の自己申告だ。ん? 本人がいいんならいいんだよ、うん。


 今もセバス3は、魔法を使うタイミングをうかがっているのだろう。スパチャ神対応パーフェクトレスは防御技だ。相手の遠距離攻撃を無効化し、魔力として吸収する。効果的に使わなければ意味をなさない。



「ん? 魔力を吸収?」



 俺はそこでぴんときた。うまくいけばすべての問題が一発で解決するかもしれない。



「セバス、魔力を吸収したら使うのちょっと待って」


「どういうことですか、お父様?」


「その魔力、俺が使うから」


「? わかりませんがわかりました」



 ちょうど、である。ドラゴンが胸を大きく膨らませる。真っ赤だ。溶岩のように、赤く赤く、光を輝かせ、そして、ふつふつと口の中に火をめ込む。


 チャンス!


 だけど、これは同時にすっごい危険なのでは?



「ティス、ライリー、セバスの近くに!」



 間一髪。俺達がセバス3の方に走ったというより、セバス3によってかき集められたわけだが、なんとか間に合った。おそらく。間に合っていてほしい。そうでないと、今まさに解き放った大火炎弾が俺達を焼き尽くすだろう。


 

「やばいやばいやばいやばい!!!!」



 俺が叫んでいる最中、セバス3は冷静に襟を正し、こほんと咳払いした。



「お便りいただきました」



 火炎弾がパッと消える。そしてぽんと現れたのは一通の手紙。セバス3は手紙を手に取り、開いて、読み始めた。



「目からウ〇コさん、ありがとうございます。



~初めてスパチャします。十年乗った車を買い替えようと思っているのですが、嫁がレンタカーでもいいのではないかと言っています。私は車が好きなので絶対に買い換えたいのですが、どうすれば嫁を説得できるかアドバイスをお願いします~



 私も車は好きですよ。あなたの気持ちは――



「ちょっと、何をぶつぶつ言っているんですの、このたいへんなときに!」



 何も知らないライリーが文句をつけようとしたのを、あわてて俺は彼女をぐいと捕まえて止める。



「何するんですの!」


「あれはいいの! そういう魔法だから」


「手紙読んでるだけじゃないですか!」


「そうだけど。あれだよ、呪文なんだよ」


「そんな魔法ありますか!」


「あるの! いいから君は君のやることをやって」


「むぅ。わかりましたわ。というか、いつまで私に抱き着いているんですの? こんなところで発情しないでくださる?」



 してないやい。


 ティス、まじで発情してないから、鎌をライリーに向けないで。



「それより、ライリー。魔力受け渡しの準備はできている?」


「術師間魔力伝送術式の準備は万全ですわ。たぶんこれでうまくいきます。失敗しても爆発するくらいです」


「おっけ。じゃ、さっそく。って、爆発?」


「えぇ。魔力を送り過ぎてしまって、オーバーフローしたら当然爆発するでしょうね」


「なっ、何で今言うの!? 最初に言ってよ!」


「聞かれませんでしたので」


「絶対、俺、爆発するじゃん」


「安心してください。私は最年少の新米S級魔術師ですよ。絶対に成功します」


「若葉マークじゃん! しかも丘サーファーじゃん! どこに安心を覚えればいいの?」


「失礼な! この私がやるんですよ!」


「知らねぇよ!」



 計画倒れだった。やっぱり魔力はドラゴンを倒す方に使ってもらおう。溶岩の谷を渡る方法はなくなってしまうが、それはまた考えればいい。


 俺がセバス3にその旨を伝えようとしたところ、



「それじゃ、術式展開しますわよ!」


「え?」



 どうやら術式が展開された。


 魔法陣が地上に浮かび上がる。俺達が使う魔法よりもよっぽど魔法らしい。いや、魔術なのだろうか。その区別はわかりかねるが。



「巻き角執事から黒髪の悪魔に魔力を転送!」


「嫌だぁ! 爆発するぅ!」



 本当にライリーなんて拾わなければよかった。あのまま湖に捨てておけば、こんな危ない橋を渡ることもなかったのだ。あれが分岐点だった。


 あー、久しぶりに言うよ。


 死んだ。


 死にました。


 まぁ、死ぬ前にやれるだけのことはやりますけどね。


 ライリーと俺とセバス3が術式でつながる。その感覚はあった。パイプのようなもので接続され、その中を魔力が流れてくる。流れ込んでくる。


 この魔力の量が俺のキャパを越えたら爆発する。ならば、超える前に使い切ってしまうしかない。俺はタイミングを見計らって、作成した橋のモデルのレンダリングを開始した。


 魔力が身体の中を駆けめぐる。全力疾走しているような感覚。身体の感覚が鋭敏えいびんになり、時間がゆっくりと過ぎる。息がきれそうになるが、別に呼吸を必要としていない。ただ血のように身体の中を魔力が巡り、そして、魔法へと昇華しょうかされる。


 レンダリングにやけに時間がかかる。そりゃそうか。規模が規模だ。


 その時間を待ってくれるわけもなく、ドラゴンが攻撃してくる。学習したのか、火炎弾ではなく、爪による攻撃。


 セバス3は辛そうだ。魔力を俺に受け渡しているからだろう。おそらくライリーに調整というものはできない。根こそぎセバス3からうばっているに違いない。


 

「ティス!」


「任せてぇ!」



 爪を鎌で受け止める。足場が砕ける。しかし、ティスはし負けることなく、耐えきった。


 その瞬間、進捗率が100%になる。すかさず視線を出現先へ。溶岩の谷に緑の光が集まっていく。凝縮して、定着する、この世界に。


 橋。


 無骨ではあるが、それはまさしく橋だ。こちらの岸から向こうの岸へと続く道。正直、向こう岸まで届くかどうか不安だったが、落ちないということは届いたのだろう。


 俺はがくっと膝をついておきながらも叫んだ。



「橋を渡れ!」

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