第17話 ドラゴン襲来再び!

 このとき、俺は油断していた。


 ライリーに楽観的だなんて言えた立場じゃない。俺はもっと楽観的だった。それはセバス3とティスがいたからかもしれない。魔物が闊歩かっぽする環境であっても、この二人がいればなんとかなると安心しきっていた。


 しかし、俺はこの奈落のことを何も知らないのだ。少しの間サバイバル生活をした程度で、知った気になっていただけだ。


 溶岩の谷で、ライリーとのんびりくっちゃべっている俺。わんわんと反響する声。あくびをするティス。不機嫌そうにライリーをにらみつけるセバス3。


 俺は油断していた。


 だから、この後、起きたことに呆然ぼうぜんとした。


 コウモリが一斉いっせいに飛び立つ。俺達に襲いかかってくるわけではなさそうだ。混乱して、わめき散らして、飛び回っている。


 その理由は、奈落に続く洞窟の奥の方からうなり声と共にやってくる。ライリーの声をかき消すようにして。


 どうして考えが至らなかったのだろうかと、今さらながらに思う。生態系なんて大仰おおげさな言葉を使うまでもなく、容易に思いつく発想。


 


 

「「ドラゴンだぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」」



 俺とライリーの声が洞窟内を再び反響し、背後のコウモリ達を大混乱におとしいれた。


 洞窟の奥から現れたのは二匹のドラゴン。



「何で!? 何でこのタイミングで!?」


「きゃぁぁぁぁあ! でかいぃぃぃぃい! でかいですわぁぁぁぁあ!」


「君がドラゴン見たいとか言ったからじゃないか!」


「私のせいにしないでくださる! きゃぁぁぁあ! 目が、目が合いましたわぁ!」


「念願のドラゴンだろ! とりあえず君から食われろよ!」


「別に食べられたいわけじゃありません! 貴様こそ何をぼさっと立っているんですの! さっさと倒しなさい!」


「簡単に言うなよ! 前はたまたまうまくいっただけなの! まずは逃げることを考えて」



 と言っては見たものの、後ろには溶岩の谷。ちょうど来た道を塞ぐようにしてドラゴンが二体。どこに逃げろというのか。


 そうするとこのドラゴン達は様子をうかがっていたのかもしれない。仲間のドラゴンをやられた仕返しなのか、それとも御馳走ごちそうと見ているのかはさだかではないが、逃げ場のない洞窟に入ったところをねらわれた。


 

「やるしかなさそうですね」


「ごめん、セバス。頼む」


「おませください。お父様」



 背筋を伸ばし、セバス3はえりを直す。



「ぱぴぃ、こいつらてんしちゃっていいの?」


「ティス、ドラゴンはめちゃくちゃ強いから気を付けてな。ムリすんなよ」


「大丈夫ぅ。ティスもめちゃくちゃ強いから」



 鎌をくるりと回してから、ティスは胸に手をおいた。


 なんとも頼もしい。この二人ならば、ドラゴン二体といえど戦えるかもしれない。前回も勝っているし。けれども。



「何か、前よりでっかくない?」



 前に倒したドラゴンより一回り大きい。洞窟がせまそうだ。どことなく顔も凶悪だし。前に倒したドラゴンはドラゴン界の小物だったのか。


 勝てる、……かなぁ。


 やっぱり逃げる手も考えておきたい。


 とすると。


 俺は振り返る。そこにはもちろん溶岩の谷。ここを渡るということになるのだけど。


 モデリングはできる。何年もたもち続ける橋は必要ないのだ。だから設計のノウハウはいらない。なんなら板でもいい。問題は大きさ。俺の今の魔力だと、全部の魔力を使って1メートルといったところ。500メートルはあるだろうか。谷というより溶岩の湖だ。



「なぁ、ライリー」


「きゃぁぁぁあ! ごめんなさいごめんなさい! もうドラゴン見たいなんて言わないから帰ってぇぇぇぇえ!! お願いぃぃぃぃい!」



 ライリー王女様は、高飛車たかびしゃ態度たいどをかなぐり捨てて一心不乱に泣きわめいていた。もはや王女形無おうじょかたなし。いや、年相応としそうおうの反応といえるか。これはこれで見ていておもしろいが、今は一刻いっこくを争うので話を聞いてほしい。



「ライリー、こっち向け!」


「くぺっ! 首がっ、首がっ、変な方向にっ」


「はいはい、大丈夫だからセバスとティスがなんとかするから」


「ほ、本当ですの?」


「ほんと、ほんと。で、さ、地上の知識を貸してほしいんだけど、前に魔法については学んだことがあるって言っていたよね」


「は、はい。そうですわ。一通り魔法理論は学びましたわ」


「じゃさ、てっとりばやく魔力が増える方法ってないかな」


「なんですか、そのてっとりばやく1億ガルン手に入らないかなみたいなアホな質問は?」


「ガルンて何の単位?」


「は? お金の単位です。何でこんなことも」


「あ、そ、で、あるの?」


「あるわけないでしょ。お金と一緒でこつこつ増やすしかないんです。まぁ、私は生まれたときから大金持ちですけど」


「今は一文無しだけどね」


「うるさいですわ。まぁ、いて言えばお金と一緒で借りることはできますが」


「借りる?」


「はい、生命力を魔力として使う方法があります。ただ反動が大きいのでおすすめしませんが」


「あー、それか。それじゃ足りないんだよな。ん? お金と同じアナロジーでいいんなら、もらうとかできないの?」


「誰からですの?」


「たとえば、俺がライリーから魔力をもらう、みたいなことってできる?」


「それは術師間魔力伝送術式インターアルカニスト・マナトランスフェアのことを言っているのですか?」


「えーっと、たぶんそれ」


双方向バイディレクションですの? それとも単方向ユニディレクションですの?」


「方向? え、単方向かな。そもそも双方向って意味あんの? 行って帰ってくるだけじゃん」


「ふふふ、何を隠そう私はS級魔術師アルカニストですからね。確かに術師間魔力伝送術式は高等魔術ですが、S級魔術師である私の手にかかればお茶の子さいさいですわ」


「どうしよう、いろいろ突っ込みたいんだけど、とにかくできんのね、魔力の受け渡し」


「術師間魔力伝送術式」


「それ」



 こいつ、めんどくさいな。知っていたけど。思っていた方向でないところでめんどくさい。二倍めんどくさい。


 それはいいとして、魔力の受け渡しってできるのか。だとするとセバス3やティスから魔力をもらうって方法がある。それで足りるかわからんが。



「ライリー、そのなんちゃら術式、必要になるかもしれないから準備だけしておいて」


「ちょっと誰に命令しているんですの。私は王女であって、命令することはあっても命令されることなんてないんですの。まぁ、でも、たまには下民の言うことも聞いてあげましょう。この最年少S級魔術師の実力をとくと見せてさしあげますわ」


「あのさ、新しい情報をこの土壇場どたんばで次々出してこないでくれる? こっちも橋のモデリングとかいろいろやらないといけないから。ていうか、そのS級魔術師がどのくらいすごいのかわかんないから」


「は? は? はぁ!? 筆記試験満点なんですけどぉ! そのすごさがわからないとか、絶対そっちがわるいと思うんですけどぉ!」


「はいはい。ん? 筆記試験? オンリー?」


「そうですけど」


「実際にやったことは?」


「何言ってますの? 魔術の使用は成人してからですよ。ふふ、まぁ、私はこっそり少しだけやってましたけど。術師間魔力伝送術式は初めてですけど、私、天才ですし、余裕ですわ」



 ……大丈夫か?

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