3章:ダンジョン攻略! ~溶岩の谷~

第16話 溶岩の谷 無理なことは無理だと言おう

「これは……渡れませんね」


「そうだね……」



 セバス3と俺は、真っ赤に染まる視界を前に、しみじみと零した。


 俺達は、ティスのうろ覚えな道案内をもとに、溶岩の谷へと向かった。実際のところ、ティスは何も覚えていなかったので、結局、奈落から抜け出す道を見つけ出すのに一週間かかったのだが、まぁ、そのくらいはご愛敬あいきょうとしよう。


 大きな洞窟どうくつ。洞窟in洞窟である。かるい傾斜の道のりであった。緑苔みどりごけがあるので、明るさはあまり変わらないが、木々がなく岩がごつごつとしており歩きにくい。


 この先に本当に溶岩の谷なんてあるんだろうかと半信半疑だったのだけど、次第に明かりの色が変わっていく。


 そして、視界が開けると同時に、それは現実となった。


 溶岩の谷マグマバレー


 断絶とはよく言ったもので、道が途切れたかと思うと、そこには赤黒い火の海。溶岩が足の下をたゆたっていた。ふつふつと、いや、ぐつぐつと煮立にたつ溶岩がときに跳ねて、岩壁を焼く。落ちたら、間違いなく助からないだろう。



「何かこう、もう少し何とかなるかんじかと思ってたな。これ、絶対むりなやつじゃん。熱いし、谷幅たにはば広すぎだし」


「申し訳ございません、私でもお父様を抱えて飛び越えることはできそうにありません」


「いやいや、そりゃそうだよ。俺もワンチャンセバスに任せたらそれでいけるかなって想像してたけど、これはムリだもん。いけたら逆に怖いよ」


迂回うかいする道があればよいですが」


「迂回路ねぇ」



 周囲は断崖絶壁。俺が世界トップクラスのクライマーだったならばチャレンジしたかもしれないけれど、そうでないのだからムリだ。身体能力の高いセバス3ならばいけるかもしれないが。



「お父様、私の近くから離れないください。あのコウモリ、相当危険です」



 セバス3が視線を向けるのは、断崖絶壁にへばりつく黒い魔物。サイズは人の半分くらい。奈落の生態系でいえばそれほど大きくない。だが、数が多い。あれだけの数を相手にすればドラゴンに匹敵するかもしれない。


 そう考えると、壁をつたっていくのはやはり無理だろう。羽のある魔物がいる中で、壁をつたうのは自殺行為だ。



「よし、帰ろうか」


「ちょっと待ちなさいよ!」



 きびすを返した俺達に、ライリーが叫んだ。後ろで驚いたコウモリが2、3匹飛び立った。洞窟だから声がよく反響する。



「何を諦めているんですか! 溶岩の谷は本当にあったんですよ! ここは喜ぶところでしょ! あとはここを渡るだけなんですから!」


「渡るだけって。君、これを見てよくそんな前向きなこと言えるね」


「何を言っていますの? 道が見えたら前を向くでしょう」


「すっごいポジティブ」


「絶対に何か渡る方法があるに決まっていますわ。そうでないとおかしいでしょ。私がべべブルの大穴に落ちて死ななかったこと、そして、地上に戻るための道があること、これはもう神の導きだとしか思えません。神が、私に地上へと出よと申しているのですわ。だとしたらきっと何か方法があるはずです」


「自己肯定感の化身じゃん」



 さすが王女。生まれたときから否定されたことなんてないのだろう。



「そういえばドラゴンがいませんね」


「ドラゴン?」


「溶岩の谷には恐ろしいドラゴンがいると聞いたことがあります。せっかく来たから一度見てみたいと思っていたのですが」


「俺が言うのもなんだけど、落ちて死にかけてんのに物見遊山ものみゆさん感覚なのはどうなの?」


「うーん、やっぱり冒険者のほら話だったんですかね」


「そうであってほしいね。ドラゴンなんてそうほいほい出てきてもらっては困るよ。この間、倒したときだってすごいたいへんだったんだから」


「そうですか。ん? 倒した? 誰が? 何を?」


「セバスがドラゴンを」


「え? いたんですの? ドラゴン?」


「いたよ。あ、もしかしてあれのことだったのかな。ごめん、倒しちゃった」


「な、何ですとぉ!?」


「肉はね、魔物が一晩で食い散らかしちゃったけど、骨なら残っているかも。見に行く?」


「待ってください。今、頭を整理していますので。えっと、それがそれで、あれがあれで、えっと、つまり、貴様達、何者なんですの!?」


「うーん、何か、強い、人?」


「ざっくりとしてますわ」


「まぁいいじゃん。ドラゴンの骨見て帰ろうよ」


「えぇ、そうですわね、じゃ、ないですの! ドラゴンを倒したのなら尚更なおさらあとは渡るだけじゃないですか。なんとか渡る手段を考えなさい!」



 うわっ、また話が戻っちゃった。このくだりなんだったの?


 しかし、このままでは話が進まない。だからといって溶岩の谷を渡る手段などないのだから、ライリーを説得しなければならない。いったいなんといえば納得してくれるだろうかと俺が考えていると、まったく予期しないところから打開策がやってきた。



「ぱぴぃが橋を創ればいいんじゃね?」



 ティスは、髪をいじりながらつまらなそうに言った。



「橋を創るって、どういう意味ですの?」


「あー、創れるんだよ、俺。こんなふうに」



 俺がモデリングの力で髪飾りを創って見せると、ライリーは大げさに驚いた。この世界に魔法という概念はあるが、モデリングの能力は異常らしい。


 俺が髪飾りをティスにプレゼントしている中、ライリーはもろもろを呑み込んでこちらを向き直した。



「明らかに常軌じょうきいっしていますが、確かにこの能力を使えば溶岩の谷を渡れますね。でかしました! さぁ、貴様、今すぐ橋を創りなさい」


「待って待って。そんな万能な能力じゃないんだよ。サイズ見て。このサイズが今の僕の限界。あそこまで渡る橋を創るなんてムリ」


「がんばりなさい!」


「努力でなんとかなる話じゃないの。そうだな。やるとしたら小さなパーツをたくさん創って組み立てるとかかな」


「それでいいじゃないですか! よしよしよし! 渡れる算段がつきましたわ! で、どのぐらいで完成しそうですの? 明日? 明後日? いえ、この際ムリは言いません。10日までなら待ちましょう」



 すごいうれしげなライリーを見て、俺は仕方なしとわざとらしくエア算盤そろばんはじいてみせた。この仕草が伝わるわけもないが、もったいつけた上で言ってやったのである。



「一年くらいかな」


「……いちっ……!」



 その後、ライリーがぶちぎれたのは想像に難くないだろう。

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