第14話 王女様による現状説明 地上で何が起きているんだい?

「ただまぁ。生きてるぅ、セバスちゃぁん?」


「私をセバスちゃんと呼ぶな!」



 拠点きょてんに戻ってみたら、セバス3がぶちぎれていた。


 そんな大きな声で怒りをあらわにしたのを見るのは初めてであった。あのドラゴンに襲われたときですら、わりと冷静にしていたというのに。


 あ、そういえば、そんな設定あったな。ちゃん付けされたらぶちぎれるっていう。配信でそういうやりとりをやっていたときもあったが、後の方ではおざなりになっていた。


 セバス3は俺に気づくと、ばつがわるそうにまゆゆがめてから、スッと背筋を伸ばした。



「私のことはセバスさんとお呼びください。それで、そのお方はどちら様ですか?」



 同じようにぷりぷりと怒っているライリー王女に、セバス3は視線を向ける。俺は、湖で起きたことを順を追って説明した。



「じゃじゃーん。そのときに狩った魚ぁ。これでくそまずワーム食べなくて済むよぉ」



 袋の中の魚の切り身を指さして、ティスはうれしそうにくつを鳴らす。よほどワームを食べたくなかったようである。俺もそうだ。


 セバス3も一瞬うれしそうにしたが、すぐにまじめな顔に戻す。



「お父様の判断は当然ですね。私達がこの方に協力する理由がありません」


「な、何でですか! 王女の命令ですよ!? むしろ断る理由がわかりません!」


「それはあなたのお国で言ってください」



 ライリーの激昂げきこうをセバス3が一蹴いっしゅうする。ライリーはまだ何か言っていたが、セバス3には通じず、がくっと肩を落とす。



「貴様達おかしいですわ。王女の言うことを何も聞かないし、変な格好ですし、べべブルの大穴で暮らしていますし。ここから出たいと思わないんですか?」


「いや、出たいとか以前に生きていくことで精いっぱいだったからな。ていうかべべブルの大穴って名前だったんだ、ここ」


「それも知らなかったんですの? いったい何者なんですか? 髪も……黒髪?」



 そこでライリーは今気づいたかのようにして、後退あとずさりした。



「呪い人? そういえば、以前、城の中で召喚された悪魔も黒髪だったと聞きましたけど、もしかして」


「あ、人違いです」


けがれが国に残らないようにべべブルの大穴に落としたと」


「へー、奇遇きぐうだな」


「……そう思ってみると悪魔みたいな目つきをしているような。かっこうもみすぼらしいし」


「人を見かけで判断しないで。あと、セバスはそんな目でにらまない。ティスは鎌を置きなさい。ゆっくり。そう、ゆっくり」



 この子、自殺願望があるのかな。



「仮に俺がその悪魔だったとしよう。けど、現状、奈落の底で生きるためには、このコミュニティに入るしかなくない?」


「バ、バカにしないでください。私だって森で生きるための多少の心得こころえはあります」


「あ、そ。またこいの魔物がおそってきても勝てるんだ」


「うっ!」


「森にはもっと手ごわいのもいるけどな。でも、大丈夫だって言うんなら、どうぞ、止めないよ」


「ま、まぁ、貴様達がそこまで言うのであれば、一緒にいてあげてもいいですわ。悪魔とかそういう迷信には興味ありませんし」


「じゃ、ここで協力して暮らしていくってことで」


「それは許容できませんわ。直ちにルシフェル大迷宮を攻略し地上に戻りませんと」



 頑固だな。



「そういえばルシフェル大迷宮って何?」


「そこから説明しなくてはなりませんの? いいですか? ルシフェル大迷宮というのは貴重な鉱石や薬草のとれる洞窟のことです。べべブルの大穴は、そのルシフェル大迷宮の最下層に通じていると言われています」


「へー。じゃ、そのルシフェル大迷宮を逆にのぼっていけば、地上に出られるってわけだ。でも、伝聞だけど、それって誰か確かめた人いるの?」


「いつか確かめてみたいとは思っていましたわ」


「わーぉ」



 やっと現状の位置を理解できて、俺は少しだけ安心した。何も改善していないが、わかる、というだけで気が楽になるものだ。



「よし、じゃ、鯉を調理しようか。鯉こくとか作りたいな。作り方知らないけど」


「待ちなさい」


「何?」


「何、話を流そうとしているんですの?」


「だって、それって噂話うわさばなしでしょ? どこに上に続く穴があるの? ていうか、そもそもあるの?」


「いや、それは……」


「わかんないでしょ。だったら、今は今を生きるためにできることをすべきでしょ。それは食って寝ること。あんまりうだうだ言っていると食事抜きにするよ。いらないの?」


「……! い、い、いらなっ! ……いりますわ!」


「よろしい。それじゃ木の枝をひろってきて。火をつけるから」


「あー! こんな下民に使われるなんて! 不条理極ふじょうりきわまりないですわ!」


「世の中そういうもんだよ」


「元はと言えば、あの女のせいですわ。第一王子のくそ虫に近づいてきたあの売女ばいた! 絶対にあいつの入れ知恵ぢえです。そうでないとくそ虫ごときに私が負けるわけありませんもの!」


「男って女で変わるからねー」


「あの女こそ悪魔染みていましたわ。急に現れてその下品な身体でくそ虫を骨抜きにして。つくづく男というのは頭のわるい生き物ですわね」


「虫に骨はないけどねー」


「私は最初からおかしいと思っていたんですの。そもそも格好もおかしかったですし。何ですの、あの、とかいう服は? どこの田舎の民族衣装か知りませんが、商売女でも、もう少しマシな格好をしてますよ」


「ちょっと待って」



 着物とかいう不思議ワードが出てきたところで、嫌な予感がして、俺はライリーの独り言をさえぎった。



「その女の人、キモノを着ていたの?」


「? えぇ。そういう名前の服だと聞きましたわ」


「着物の色は赤で花柄はながらじゃなかった?」


「確かに知らない花の柄で赤色でしたわ。いったい何で染めたらあんな色になるんだろうと使用人が噂してました」


煙管きせるとか扇子おうぎとかもってなかった?」


「奇妙な細工の小さな扇を持っていたのを見たことはありますわね」


「右と左の目で色が違った?」


「顔はベールで隠していたので見たことがありませんわ。というか、何ですの、さっきから。やけに詳しいですわね。はっ! もしかして悪魔の仲間ですの?」



 悪魔ではないけれど、Vtuberかもなー。ちょっと心当たりあるなー。


 ティスに会わなければ出て来ない発想ではあったけど、今となってはあり得ない話ではない。とすると、俺達は、ライリーが落ちてきた原因と無関係とはいえなくなる。


 はぁ、とため息をついてから俺は切り身にナイフを入れた。



「仕方ない。地上を目指すか」

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