第12話 溺れた人を助けろ! 釣りの経験はありません

「助けて~~~~!」



 湖の方から聞こえてくる必死な声が聞こえてくる。静かな奈落の空間では、やけにはっきりと届く。だから、無視できず、俺はティスに告げた。



「助けてやった方がいいと思うんだけど」


「えー。何でティス達が?」


「ほら、これも何かのえんじゃない」


「今じゃなくてもいいじゃん」


「いや、今じゃないと死んじゃうと思うんだよ。ほら、湖の魔物に食われちゃうし」


「うーん、じゃ、もう食べられちゃったことにしよ」


「まだ聞こえるから。助けてーって叫んでるから」


「もう、わかったよ」



 ぷりぷり怒りながら、ティスはベッドから降りた。


 よかったのかわるかったのか。よかった、ということにしよう。そう思わないとドキドキが収まらない。



「でさ、どうやって助けんの?」


「どう、しよっか」



 湖の真ん中であっぷあっぷとしている落ち人。あれに対して何か手助けしてあげたいとは思うけど。



「浮き輪投げてあげる?」


「それだ。何か投げてあげよう。木の板とか、浮かぶやつを」



 はーい、と言ってティスは鎌でその辺の木片を突き刺した。どうやら、そのまま投げるようである。



「あ、ちょっと待って。ひもつけよう。そんで引っ張ってあげればいいや」


「あ、ぱぴぃ、頭いい。でも紐は?」


「今、創る」


「創る?」


 

 俺はモデリングを発動し、ウィンドウを開く。紐というのは表現が難しい。いろいろ試したのだが、モデリングの精度が低いとうまくレンダリングができないようだ。ボクセルの少ないナイフを創ったら、おもちゃのナイフが出来上がった。紐ってどのくらいのボクセルがあればいいんだ?


 あまり時間がないので、それっぽい紐を小さく創ってあとはコピーで伸ばしていく。距離がわからないけれど、できるだけ長くして、レンダリング。



「わ、すごい! 紐が出た! ぱぴぃ、魔法使いじゃん!」



 成功したようだ。強度は、もう信じるしかないな。



「よし、これを結べ」


「おけ。って、ぱぴぃ大丈夫? ふらふらだけど」



 大丈夫、ちょっと生命力使っちゃっただけだから。


 結べと言ってみたが、ティスは頭にハテナを浮かべるだけだったので、俺が板にくくりつけた。けっこう時間が経ったけれど、もう落ち人はおぼれたかなと確認したら、まだ生きていたので作戦続行。俺がゴーと言うと、ティスは、まるでゴルフみたいにスイングして木片を放って寄越よこした。



「あ、当たりそうかも」


「え? うわっ! 避けて避けて!」


「あはは、水の中で避けれるわけないじゃん」


「そうだけど! あっぶねぇ。ぎりぎり当たらなかったな」


「ちぇ、しい」


「ん?」


「何?」


「狙ってないよね?」


「てへ♡」



 怖いからこれ以上聞くのはやめよう。



「ぎゃぁぁぁぁあ! 殺さないでぇぇぇえ!」



 木片が横をかすめた落ち人は、湖の中でバタバタと暴れていた。



「ほら、攻撃されてると思っちゃったじゃん」


「ひどーい。助けてあげようとしてんのに」


「ソウダネ。まぁ、大丈夫かな。溺れた人はわらをもつかむって言うしね」


「あはは、ウケる」


「いや、わらじゃなくてわらね。くさの方」


「確かに草生くさはえるww」


「あー、日本語って難しいな」



 そんなやりとりをしていると、紐に振動が伝わってきた。見ると落ち人が木片を掴んだようだ。


 ティスと一緒に紐を引き上げる。思ったよりも軽く感じたが、それはティスの力が強いからだろう。岸の近くまで来ると、落ち人は木片を放して自分で走ってきた。



「助けてぇ! あいつが来る!」



 あいつ?


 俺は空を見る。もしかして落ち人を追って何かが空から降ってくるのではないかと思ったからだ。しかし、違った。逆。湖の下から黒い影。ふつふつと水面があがったかと思ったら。


 こい


 どでかい鯉。


 どうして、ここの生物はどいつもこいつも大きいのだろうか。えさが豊富だからか、大きくないと生き残れないからか。


 波が立つように自然に鯉は現れ、口を大きく開いたかと思ったら、落ち人を水ごとごくりとみ込んだ。


 落ち人が呑み込まれるのを見送ってから、俺は落ち着くために、すーっと息を吸って吐いた。



「紐に針をつけとけばよかったな。鯉が釣れたかもしれない」


「ちょっとぱぴぃ、バグってないでそこ退いて」



 俺がしゃがむと頭の上をかまが通過する。ティスは、ぐるんとそのままもう一周鎌を回したかと思うと、そのまま鎌をぶん投げた。


 鎌は円を描いて鯉に向かって飛んでいったかと思ったら、何の躊躇ためらいもなく通過し、そして、ただ帰ってきた。


 ズルッ


 次の瞬間、鯉がずれる。横に一直線に、するりとずれて滑り落ち、真っ二つになった。


 バシッと鎌を受け取ると、ティスは胸に手を置いて、何気なく告げた。



「レクイエム ドーナツ アイス」



 意味はわからなかった。

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