第11話 ベッドの上でティスと…… 

 湖の近くのゴミ山は、あいかわらず異様な雰囲気を放っていた。人の手の入っていない森と湖。その中に突然と現れる人工物。まぎれもなく人の手の入ったものだけれども、こうしてみると自然にいたのではないかと思えてくる。



「あー、このキャビネットかわいい。ほしーい」


「セバスいるときにしようね。重いから」


「ねぇ、ぱぴぃぱぴぃ、見て見て、この板のシミ、セバスちゃんに似てない? あはは」


「そうだねぇ、セバスの守護霊には似ているかもね。守護霊がいればだけどね」


「あー、この骸骨がいこつかわいい。飾りたーい」


「こら。ばっちぃから元のとこに戻してきなさい」



 はしゃぐティスの後を追って、俺はがらくたの中を歩いた。それにしても足取りが軽やかだ。Vtuberはみな超人的な身体能力をもっているのだろうか。うらやましい。


 正直、俺はこのゴミ山にいい思い出がない。奈落に落ちて最初におとずれたとき、狼に食い殺されそうになった光景は今でも夢に出る。


 ティスが近くにいれば魔獣が現れることはないと思うけど、トラウマはなかなか消えない。


 

「あったぁ! ぱぴぃあったよ! ベッド! まっぷたつだけど。あはは、うける!」


 

 ベッドと呼ぶには原型をとどめていない。その物体は、足が折れ、ちょうど真ん中で折れているが、確かにベッドであった。あれ、中身出ているけど、何が詰まっているんだろう。



「さすがに使えないな。これなら作った方がいいんじゃない。モデリングしてもいいか。マットレスはそうじゃないと作れないし」


「ポンデリング? ティスも食べたい」


「あー、創れるのかな。食べもの創ったことないんだよな」


「ティスはクッキぃ作ったことあるよ」


「そういえばインスタにあげてたな。そんな記憶も引き継ぐのか」



 ティスはかたむいたベッドの上で、器用に跳ねていた。そんな激しい動きに耐えられるわけもなく、残っていたベッドの足も折れて、平らになったが。



「ねぇ、ぱぴぃもきなよ」


「いや、俺はいいよ」


「いいから、ここ、おいで」



 寝ころんだティスは横をぽんぽんと叩いた。まぁ、そこまで、言うなら、俺も嫌じゃないし。


 ベッドは想像より硬かった。地面よりマシという程度。隣に寝ころぶティスとの顔があまりに近くて、くすりと笑う。



「なんか、息くさくない?」


「ワーム鍋の臭いがするな」


「え? これ、ティスかな? うわ、くっさ」


「2、3日とれないんだよな、このにおい」


「これじゃ、キスできないね」



 そう言っておきながら、ティスは俺の頬に手をあてて、目を閉じ、顔を近寄せてきた。だから、俺も目を閉じる。これはそういう流れ。


 心臓が高鳴たかなる。ドキドキして、その時を待ち、待ち、待っていたのだが、ふと、胸の内に気持ち悪さがただよう。


 何だろう、この気持ち。


 こだまするのは、ぱぴぃという音。


 父?


 ということは、ティスって俺の娘になるの? あ、これのせいか。娘だと思うと急にエロい目で見ることに背徳感はいとくかんが出てくる。



「ちょっと、待って」


「え? しないの?」


「うん、あの、ほら、娘とは、しないじゃん。普通さ」


「ティスはいいよ、別に」



 許可出さないでぇ。迷うから。ま、いっか、ってなっちゃうから。


 俺が理性に従って、ティスから距離をとろうとすると、ぐっと引き戻された。ベッドの上に押し付けられた俺のその上に、よいしょとティスは馬乗りした。



「ティスさぁ、お腹空なかすいちゃったんだよね」


「あ、そう。ワーム食べに戻る?」


「そうじゃなくてぇ、ぱぴぃが食べたいなぁ」


「いやいや、俺は食べ物じゃないから」


「えー、そうかなぁ。食べられそうだけどなぁ。こことか」


「はふん!」


「こことか」


「ほふん!」



 やばいやばいやばい! 


 めちゃめちゃエロい!


 エロからほど遠いシスターの役職、その格好をしているにも関わらず、ドエロい。


 そこで思い出す。


 シスター・ティスはして炎上していたことを。


 シスターの格好をして始めこそ清楚せいそキャラを演じようとしていたのだが、度重たびかさなる彼氏のにおわせ、そして結局彼氏バレ。そのときの逆切れ放送は伝説となっている。以降、彼女は性に奔放ほんぽうであることを隠さず、エロトーク満載の配信をするようになった。


 その結果、誰が呼んだか、まん〇ティス。



「待って! 待って待って、ティス! 心の準備が!」


「えぇ? ここは準備できてる気がするけどぉ?」


「そこは早とちりなだけだから! 男の子のは早とちりするようにできているだけだから!」


「何言ってるかわかんないなぁ。ここに直接聞いたらわかるかなぁ」


「やめてぇ!」


「やめていいのかなぁ」


「……っ!」



 ティスは、俺の敏感びんかんな男心をいともたやすくころがしてくる。もうホールドアップしてしまいたい。彼女に身をまかせてしまいたい。


 そんな欲望がふつふつと湧いてきて、もはや耐え切れんと思った、そのときだった。



「ん? ちょっと待って、ティス」


「えー、待てないなぁ」


「いや、マジでマジで」


「さっきまではマジじゃなかったんだぁ」


「置いておこう。それはいったん置いておいたとして、あれを見て」


「ん、もう、何?」



 見ると湖の上の方に人の姿。飛んでいるわけではない。。もちろん落ちている。すーっと何の不思議もなく、それは落ちて落ちて。


 ぼちゃんと、湖に落下した。

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