第7話 ドラゴン強すぎんか?

「逃げろぉぉぉぉお!」



 バチバチと音をたてて倒れていく木々を背中に感じながら、俺とセバス3は死に物狂いで走った。


 火が追ってくる。


 追ってくるのだ。


 それは延焼えんしょうというわけではない。いや、それもあるかもしれないが、それだけでなく空。空から火の弾が降ってくる。


 ドラゴン。


 ドラゴンが追ってくる。



「何で追ってくるの!?」


「私達を食べようとしているんでしょう」


「さっきと言っていること違うじゃん! セバス強いから襲って来ないって言ったじゃん!」


「申し訳ございません。あのドラゴンと私では強さに歴然たる差があります」



 そんな強いの!?



「それに私の魔力は他の魔獣よりも大きいので、ドラゴンからすれば美味なのでしょう」


「そういうもんなの?」


「は! そうか。お父様、私と別行動をとりましょう。ドラゴンは私を追ってくるはずです。その間にお父様はお逃げください」


「だめです! その間にお父様は他の魔獣に食べられます!」


「そ、そうですね。申し訳ございません、考えが至りませんでした」



 どうしよう。正直、セバス3がいれば魔獣なんて怖くないとたかをくくっていた。セバス3に対処できない魔獣が出てきたら完全に詰んでいる体制だよな。


 炎の弾が、背後に落下する。衝撃が背中を押し、転びそうになるが、セバス3に支えられてなんとか持ち直す。



「ねぇ、あいつ、俺らを食べたいんだよね? 何で火をいてくるの?」


「わかりません!」


「燃やしたら食べれないじゃん! バカなの!?」


「バカなんでしょう!」



 ドラゴンだもんな!


 いや、でも、ドラゴンって知能高いんじゃないの? あー、勘違いでしたかね、だって、どう見てもトカゲだもん。羽生はねはえたでっかいトカゲだもん、賢いわけないよね!


 

「とにかく湖に逃げ込もう。水の中なら火の弾も効かないだろ。で、湖はどっちだ?」


「反対方向です!」


「え? そうなの? じゃ、方向転換を、って、あちぃ!」


「気を付けてください、お父様。あのドラゴン、炎で私達の動きを制限しています」


「えぇ!? って、ことは……」



 目の前に岩壁が現れてから、俺はようやく自分達がドラゴンに追い立てられていたことに気づいた。


 バカとか言って、ごめん。


 空から火を噴くことによって逃げ道をふさぐ。そして、しばらく追いかけっこを演じて、獲物えものが疲れたところを仕留しとめる。


 めっちゃ狩りしていたわ。ドラゴン、プロだったわ。



「逃げ道なくなった!」



 振り返ると森は火の海。背後には岩壁。そして、空からドラゴンが降りてくる。


 翼をかるく羽ばたかせているが、それほど風が生じていない。もっと別の理屈で浮いているのだろうか。だとしたらその翼は飾りなのか。


 いや、そんなことはどうでもよく、空から降りてくるということは。



「お食事ということか」


「でしょうね」


「短い異世界ライフだった」


「諦めるには早いですよ、お父様」


「何か策があるのか?」


「飛ばれていては対処のしようがありませんでしたが、捕食の際に接近してくれば、反撃ができます」


「おー! やっつけられる?」


「わかりません。魔力差でいえば大人と赤子ですので」



 大人がこっちでありますように。


 空から降りてくる巨体を見れば、どちらがどっちかはわかりそうだが、どうしても祈ってしまう。



「お父様、私の後ろに」



 セバス3はどこからともなくやりを出した。ドラゴンに襲われたとき、咄嗟に持ってきたのか。その判断力には驚かざるを得ない。


 俺の創ったナイフを木の先に括りつけたもの。槍というにはお粗末だが、セバス3が持てばさまになる。


 にらみ合うセバス3とドラゴン。一瞬、時間が止まったかのような錯覚さっかくの後、ドラゴンが吠えた。


 威嚇いかくだろうか。俺はちぢみあがったが、セバス3に動じる様子はなかった。


 だから、先に動いたのはセバス3の方であった。ドラゴンの視線を引っ張るように横に走る。


 つられて、ドラゴンが首を動かす。


 そして、一気に降下してきた。


 巨体からは想像できない速さ。セバス3をつぶさんとばかりにドラゴンは頭から突っ込む。



「セバス!」



 間一髪。


 セバス3はドラゴンの鼻先をこするようにして身体をひねり、わきにれる。


 その反動を最大限に利用して、槍をドラゴンの目に突き立てた。



 グォォォォォォォォオオオ!



 ドラゴンが悲鳴をあげる。頭を振ってすぐさまセバス3を払い、そのまま翼で地面を叩き、空へと逃げ出した。


 

「やったな、セバス!」


「はい!」



 振り払われてセバス3は、俺の前に転がるようにして着地した。



「ドラゴンの目に傷をつけてやりましたよ」


「よし! ……? 傷? 潰したんじゃないの?」


「いえ、まったく刃が立ちませんでした。しかし、瞳の表面が欠けるのを確かに見ましたよ」


「そ、そっか。す、すごいな。で、さ、それって、意味あんの? ドラゴンがびびって撤退するとか?」


「いえ、目にゴミが入った程度ですね。逆に怒らせたかもしれません」



 だめじゃーーーーーーーん!


 ドラゴンは空に舞い上がり、再び俺達を見下ろしている。心なしか鼻息が荒くなっている。尻尾でばちんばちんと背中を叩き、怒りをあらわにしていた。いや、ただのMなのかもしれない。とすれば喜んでいる可能性もあるけれど。


 ないかーぁ。



「万事休すか」


「申し訳ありません、私が不甲斐ふがいないばかりに」


「いやいや、セバスがいなければ俺はここに落ちてきたときに死んでいたよ。寿命を十分延ばしてもらった。ありがとう」


「そんなこと……! お父様に、言わせてしまうなんて私は……!」



 こんなに悔しそうなセバス3の表情を俺は初めて見た。そんなに長い付き合いじゃない。だから、彼のことを何も知らない。もっと人形みたいな奴なんだと思っていた。けど、思ったよりも人間だった。


 せめてセバス3が気にむことのないように声をかけよう。と、俺が口を開きかけたとき、セバス3が妙な気配につつまれた。ショックで気を失ったのだろうか。いや、そういうのではなく、もっと別の、何だろう。



「セバス?」



 ドラゴンは距離をとる。目を傷つけられて、さすがに警戒したのだろうか。しかし、時間の問題だろう。目にゴミが入ったからといって食事を諦めたりはしない。


 とはいっても近寄るのも嫌がって、ドラゴンは口の中にふつふつと火を灯した。ウェルダンがお好みなのか、ドラゴンは特大の火の弾を俺達に向かって投下した。


 死んだ。


 今度こそ。


 緑色の空が、赤く燃えて染まっていく。まるで太陽が落ちてきたようだと、そんな詩的な表現で幕を閉じようとしていた俺の人生、そこに割り込んだのはタキシードだった。


 彼は、空に手をかざす。すると、今まで空をおおっていた炎が、パッと魔法のように、いや、これはレトリック以外の何ものでもないが、そう、魔法のように消えたのだ。


 代わりに彼の手元に


 手紙をすっと引き寄せて、セバス3はシニカルに笑ってみせた。



「お便りいただきました」

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