#5 幻想の天麩羅屋

本も読まずに天麩羅を見ていた。肉のピーマン詰めの天麩羅。肉にピーマンを詰めたものを揚げたらしい。逆だろう、普通。それをヒマラヤの岩塩で成仏するギリギリまで弱らせた幽霊で巻いて食べる。幽霊は透き通っていて、食感は意外とコリコリしていてイカみたいだった。イカと言われて出されたらイカと信じて疑わないだろう。「お客さん、それイカだよ」大将に言われた。イカだった。「幽霊はそっち」青白くくたくたにやつれてふにゃふにゃと湿った触感のものが幽霊だったらしい。ナスの漬物じゃなかったのか。幽霊を巻いたピーマン詰めの肉の天麩羅をいただく。何もかもちぐはぐで間違っている割に美味だった。一口噛むごとに溢れてくる肉汁と油がたまらない。ピーマンが要所要所で食感を与えてくれる。幽霊が爽やかさを演出してくれるお陰で重くない。何個でも食べれそうなほどだ。この幽霊は何の幽霊か大将に尋ねると「水たまりで溺死したアメンボの幽霊」だという。「全然アメンボの形じゃないじゃないか」「魂の形だから。人も虫も動物も魚も魂の形は一緒さ」「味は?」「味はみんな違う。味は種や死に方、どんな生き方をしたか、食事の内容とか色々なことに左右されるんだ」「へー」「水たまりで溺れたアメンボは希少なんだ。美味かっただろう?」「確かに。非常に爽やかだった」「お客さん、幸運だねぇ。じゃあ、そいつは虹の日に水たまりで死んだんだ。溺死したアメンボの中でも特に高級な奴さ」「他にも作ってくれ」「あいよ」次に出てきたのは不死鳥の雛鳥の丸揚げだった。さすが不死鳥、カラッと揚がっていても生きてやがる。「大将、こいつは何でいただくんだい?」「こいつさ」キラキラした粉が出される。「こいつは?」「星屑とダイヤモンドを混ぜたものさ」「えー」丸揚げに粉をまぶして口に運ぶ。鳥は柔らかく、粉の塩気がよく合った。「美味いな。大将、お会計」「全部で一億五千万とんで四円になりやす」「高すぎる。ボッタクリじゃないか」「お客さん、相場を知らねぇのかい? まさか、払えないってんじゃないだろうな?」「払います。払います」私は八つある心臓のうち二つをその場で売ってなんとか会計を済ませることができた。

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