第3話 辛い学園生活
王妃には事後報告が届けられた。
「解消⁈…なんて、なんて愚かな事を!」
報告書を握り潰し、床に投げてギシギシと踏みつけた。
愚王だと思っていたが、本当に底抜けの愚王だと王妃は額に青筋が立つ。
王妃の目を盗んでセルリアンはナターシャと密会していた。
夫が手伝っていたのだろう。
こんな不義理を犯して、公爵が喜んで今後王家に仕えるわけが無い。
夫も息子もどうして理解できないのか。
そして自分が甘すぎたと王妃は激しく後悔するのだった。
ヒューゼン公爵令嬢アリシア様と言えば貴族の中で知らぬ者はいなかった。
その美貌と才能に溢れる非凡なご令嬢アリシア様。
だが、我儘で傲慢だという声も聞こえていた。
美しくも華麗な白百合、または毒々しい鬼百合か。
長らく人前から姿を消していたアリシアが王都に戻ってくる。
貴族の令息令嬢は興味津々であった。
セルリアンは学園でナターシャに会えるのを心待ちにしていた。
密かに会ってはいたが月に1回程度だ。これからは毎日のように会える。
反対にアリシアと共に学園生活を過ごすのは憂鬱だった。
領地に療養のために向かったアリシアの見舞いに行くよう王妃から散々言われたが、セルリアンは手紙を出すに留まった。王家の馬車で向かえばどんな噂が立つか分からない。
その手紙も『お慕いする殿下からのお手紙は読むのも辛いので、どうかもうお止め下さい』と拒絶された。
なので4年以上アリシアとは会っていなかった。
気の強いアリシアがナターシャにどんな嫌がらせを仕掛けてくるか分からない。
セルリアンは何があってもナターシャを守ろうと決心していた。
そうして入学式の日、再会したアリシアは皆を驚かせた。
かつての威勢は消えて、まるで名もなき花。
毒気も生気も抜けた様子にセルリアンとナターシャは唖然と遠くから見つめるだけだった。
王妃からアリシアが5回も自害しようとして、それが理由で婚約者候補から外されたとセルリアンも聞いていた。
そんなに候補でいる事が辛かったのか、死ぬほどなのか?
手紙を受け取るのさえ辛いと返事にはあった。
『好きにはなれない』そう告げた時のアリシアの悲し気な顔が脳裏に浮かぶ。
セルリアンの中でじくじくと後ろめたい気持ちが沸き起こるのだった。
一方ナターシャもいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
アリシアは愛するセルリアンを守ってくれた人。
王太子妃に最もふさわしい令嬢だった。
それでも己の恋心を捨てる事は出来なかった。
「ナターシャが気にする事は無いんだよ。全て私のせいだから」
「いいえ、私もリアンを諦める事が出来なかった」
いっそアリシアが傲慢で嫌な令嬢のままだと彼らは救われた。
しかしアリシアは別人になったように静かに学園生活を送っていた。
かつての取り巻きだった令嬢達も距離を置いて様子を見ている。
頭の悪い令息令嬢はそんなアリシアに「傷物、哀れ、王子に選ばれなかった令嬢」と名前こそ出さないが悪し様に口にする。
かつてのアリシアなら扇で彼らを打っただろう。
反論すらしないアリシアを、時にはクスクスと嘲笑い、蔑んだ視線を送った。
それはナターシャに対しても行われた。
「身の程知らず。略奪愛、アリシア様が可哀そう」
大人しいナターシャには何もできず、耳を塞ぎその場から逃げ出すのだった。
賢い令息令嬢は愚かな彼らの卒業後を哀れに思った。
相手は公爵令嬢と殿下の恋人で王太子妃になるかもしれない令嬢。
万が一にも正妃と側妃になる可能性だってある。
浅慮な連中の行く末を案じた。
その年のデビュタントが行われてセルリアンはナターシャをエスコートし、彼女が婚約者だと世間に知らしめた。
会場にアリシアの姿はなかった。
同時に起こる、セルリアンは冷酷王子だという声。
「アリシア様に助けて貰って傷物にしたのに、なんの責任も取ってやらないのか、酷い王子だ」
それはセルリアン自身も自覚している。
どんなにバッシングを受けてもアリシアを妃に選ぶことはない。
おそらく死ぬまで冷酷だと言われ続けるだろう。
学園の考慮もあり、幸いアリシアとは別のクラスとなり、すれ違ったまま1年を過ごした。
セルリアンはアリシアから徹底的に避けられた。
もう嫌われてしまったのだとセルリアンは理解していた。
そうして2年生になると、セルリアンの婚約者の席は依然として空席であり、居座ろうと狙う令嬢達に追い回されていた。
中でもコールマン侯爵令嬢は次に王妃が狙いを定めたご令嬢であり、積極的に接してくるので、セルリアンは辟易していた。
ナターシャへの風当たりも強くなり、セルリアンはナターシャを婚約者に据えて欲しいと連日陛下に懇願していたが王妃が絶対に了承しなかった。
このままではコールマン侯爵令嬢を正妃にと押し切られるかもしれない。
ナターシャが王命で他の令息と婚姻を結ばされる可能性もある。
セルリアンは焦っていた。
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