第2話 冷酷王子
深い傷を負ったアリシアは王宮で手当てを受け、動けるようになるまで何度も見舞いに来るセルリアンに頬を染めた。
アリシアが公爵家に戻る前日も、セルリアンは見舞いの花を携えて訪れた。
「アリシア嬢、本当に申し訳なかった」
「いいえ、家臣として当たり前の行動ですわ。お気になさらず」
「責任を取って貴方を婚約者にと陛下から言われたが」
「はい、私、王子妃教育を頑張りますわ!」
「・・・・・すまないが、私は君を妃にしようとは思わない」
「殿下、私達の婚約は王命ですわよ?」
「それでも、君を好きになることは無いだろう」
「私は心から殿下をお慕いしております」
「その気持ちに決して応える事はない」
まだ傷も癒えていないアリシアには酷な告白だった。
その時のアリシアの絶望した顔をセルリアンは生涯忘れないだろう。
「本当にすまない。私が妃に望むのはナターシャだけだ」
「畏まりました」
一言告げてアリシアは瞳を潤ませ俯いていた。
その痛ましい姿に世話をした王宮の侍女達も涙した。
この日からセルリアンは冷酷王子と呼ばれるようになった。
王妃は何度もセルリアンを説得した。
「王太子になるにはヒューゼン公爵家の力が必要なの。貴方は王族なのよ、国の為に存在するの」
「ならば王太子になどなりたくありません。同じ王族のアレンの叔父上がなれば良いでしょう。私は家臣となり叔父上に忠誠を誓いましょう」
パシ───ン!
王妃はセルリアンの頬をうった。
「馬鹿な事を言ってはなりません!あなたが王太子となるのです!」
「ならば母上の望みを叶えましょう。私の望みも叶えて下さい!」
「アリシアを正妃とし、ナターシャを後に側妃にしなさい」
「ならば、叔父上の臣下となるまで!私は側妃などいりません!」
王弟アレンは陛下が可愛がっている年の離れた一番下の弟だ。
セルリアンよりも8歳も年上であるが、並べばよく似た兄弟のようであった。
セルリアンが冷酷王子ならアレンは放蕩王子と呼ばれている。
「いいえ、王となるのはセルリアンよ」
王妃はギリギリと歯を噛み締めた。
アリシアが庇ったセルリアン暗殺未遂事件も、アレンの仕業だと噂は立ったが証拠は出なかった。
事件は迷宮入りしたと思われた。
体にも心にも深い傷を負ったアリシアは公爵家の領地に引きこもって社交界には姿を現さなかった。
その為いろんな噂が飛び交っていた。
第一王子殿下に選ばれず、矜持の高い彼女は精神を病んでしまった。
傷物になってしまって嫁にも行けず、一生領地で親に面倒を見てもらうつもりだ。
ストレスで醜いほどに姿が変化してしまった。
面白おかしく噂を立てられていた。
婚約問題は4年にも渡ったが、決着はヒューゼン公爵家が叩きつけた。
王に謁見を求めてきた公爵は落ち着きを失くし興奮していた。
「我が娘アリシアを婚約者候補から外して頂きたく存じます」
「待て公爵、この婚約は必ず整えさせる。これは王命である」
「第一王子殿下が密かにナターシャ嬢と密会しています。娘を蔑ろにするのもいい加減にして頂きたい。今年から殿下も娘も王立の学園に通うのです。娘が学園で好奇の目に晒されるのは我慢できませぬ」
「それは・・・」
王も知っていたのだと公爵は怒りで体が熱くなった。
一件クールに見える公爵だが家族を溺愛しているのは有名だ。
「これは娘のアリシアの望みでもあります、どうかお聞き届け下さい」
「しかしアリシアは大きな傷を負っている、婚姻は難しいのではないか」
「公爵家を馬鹿にしないで頂きたい。傷などを負っても婚姻相手には困りませぬ。殿下の婚約者候補になっているので、未だ婚約者が決められないのです」
傷物令嬢と王が娘を蔑んでいるようで、可能なら駆け寄って王の面を殴りたかった。
あの馬鹿王子は王太子の器では無い。己の意のままにこれからも生きていくだろう。
そんな泥船に可愛い娘を乗せる訳にはいかない。
王に人払いをお願いして公爵は話を続けた。
「娘は昨夜も自害しようとしました。この4年間に5回死のうとしました。もう開放してやって下さい。私も妻もこれ以上娘が傷つくのは耐えられません」
公爵の切なる訴えに王は何と答えるべきか思案した。
アリシアの心が病んだという噂は本当だったようだ。
公爵の後ろ盾は惜しいが、そのような令嬢を王子妃には出来ない。
「あい判った公爵。そこまでアリシアが心を痛めていたとは、申し訳ない。アリシアは婚約者候補から外そう」
「有難うございます。これで娘も健やかな日々を迎えられます。私どもはこれからも王家にお仕えする所存です」
公爵の言葉に王は満足した。
反旗を翻す気は無さそうだ。今まで通り仕えてくれればいいだろう。
これでセルリアンもナターシャと添い遂げられる。
ナターシャは王の従妹の子だ。
生意気なアリシアよりも、王は素直なナターシャが可愛かった。
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