第37話 限界
限界
2026年 1月1日
いよいよ2025年も終わり、今年も頑張ろうという祈願をこめて組織のメンバーの何人かで本部から少し離れた神社で初詣に来ていた。
元日ということもあり、かなり込み合っているようで人の列が見受けられた。
紫陽花病で数か月前まで怯えていたようには目ないほどの人の数である。まあ、メディアが流している情報のほとんどが噓八百であるので全然かまわないのだが。まあそのメディアの情報というのもアルトや龍治さんなどの八咫烏のメンバーから聞いたものであるから俺が実際に目にしたわけではない。
俺は流れる情報があまり好きではない。メディアは俺や母さんを父親の事故の後にさんざん追い回して苦しめたやつらだ。だからやつらが作るニュースなんて絶対にみたくない。おまけに流れて来る情報は紆余曲折があり絶対どこかでひねられた解釈が混じる。俺はそれで散々あることない事言われて学校や野球のチームで苛められてきたのだ。それもあってテレビは部屋にはないし、スマホでは一切SNSもやっていないので俺は全く最近の時事に詳しくなのだ。
連絡こそつくようにはしているが一応互いにはぐれないようにみんなで距離を置かないようにしている。
俺はのんびりと周囲を見渡す。だけど少しその人だかりも飽きてきた。誰かに話しを振ろうかなと思いメンバーを見る。ここの人たちなら急に話を振っても舌打ちしてきたり、遠ざけられたりしないから安心して話しかけることができる。
だけど龍治さんは長倉さんと何か話しているようだ。
アルトとチヨさんは・・・・・うん、なんか明らかに入り込んではいけないような雰囲気になっている。やめておこう。
またしても俺は周りの人だかりを見つめる。背はあまり大きくないので見渡せるわけではないが、五感の中ではずば抜けて目だけはいいのではぐれてもすぐに誰がどこにいるのかだけははっきりとわかるだろう。
もうすぐ本殿の方につきそうであったが、見渡すのもまた飽きてきたころ、俺の目にふとなびくような長い金色の髪をした少女が目に映った。
「あれって・・・・・・」
まさか、園田さん!?なんでこんなところに!?
「どうした、飛月?なんかあったか?」
俺の異変にいち早く気付いたのは龍治さんだった。
「あ・・・・・・あの、俺・・・・・・」
どう言えばいいのだろうか?知り合い?友達?いや、でも・・・・・・
「知り合いでもいたのか?いいぞ、行ってきても。後で連絡だけくれれば構わないから」
「は、はい!ありがとうございます!」
俺の言いたいことをなんとなく察してくれたのか、龍治さんは後押ししてくれたおかげで俺はその人の元へ向かうことができた。
俺は人込みをかいくぐりながらゆっくりと歩く。思ったよりもすぐの場所にいたらしくすぐに目的の場所へ着くことができた。
人形のように整われた髪。笑顔で何人かの女の人と何か話しているのかかわいらしい顔をしていてだけどその中には強い意志と芯があるのが伝わってくる。晴着を来ているのか、そのかわいらしさと美しさに周りが圧倒されてしまっているように見えた。間違いない。
「そ、園田・・・・・・さん?」
確信がなかったわけではないが、何故か保身に走りたくなり疑問形になってしまった。
「ん~誰かな・・・・・・って、未来君!?」
二人そろって、しばらくの間見つめ合ってしまう。
「ん?おお!飛月じゃないか?まさかこんなところで会うとはな!久しぶりだな!」
聞きなれた声。だけど今回は久々に聞くことになる。
「五代さん!?なんでこんなところに!?」
「それはお互い様だな」
なんで園田さんと一緒にいるんだ!?五代さんと園田さんは何か接点があったとでもいうのか!?
それともまさか・・・・・・!
その場で考えていると、スーツ姿の男たちがぞろぞろと俺と二人の間に割り込んできた。
「待て。私の仲間だ。手出しは無用」
五代さんがそう言うと、その男たちは五代さんに向けて頭を下げて人だかりの外へ行ってしまった。
「すまない、飛月。一応私たちは顔が割れてしまっている。そのため揉め事になった際に抑えてもらおうと、龍治が雇ってくれた人たちなんだ」
「そ、そうなんですか・・・・・・」
え?私たち・・・・・・?私たちって一体?
「ほら、未来君。話はあと。もうすぐ着くよ」
前の人たちが少なくなりようやく本殿が見えてきた。そこで俺は一旦園田さんたちから離れて五代さんたち龍女部隊、『五代組』がいたことを八咫烏のメンバーに伝えに行った。
「アルト、久しぶりだな!」
「おう、五代こそ元気にしていたか?」
「もちろんだ。後衛は我々に任せておけ」
「ああ。頼もしいったらありゃしないぜ」
アルトさんと五代さんが固い握手を交わす。
前から思っていたのだが、本当に強い何かでこの二人は結ばれているように思える。
アルトさん曰く、『女の子なのに接していくうちに何故か劣情より親しみを感じるようになった』とか。
「チヨ~」
「咲ちゃ~ん」
可愛い二人がギュっと抱き合っている。うん、なんかいいな。
「チヨ~、少し太ったんじゃない?」
「ええ!?そんなことないよ!」
「もしかして、大きくなったんじゃない?これなら・・・・・・」
そのあと、園田さんがチヨさんの耳で何かささやいていたようだが、会話は聞き取れなかった。しかし、チヨさんの顔の赤さで何を言われたのかはもう察しがついた。
二人の後ろから五代組のメンバーの一人だろうか、おとなしそうな長髪の女の子が園田さんにくっついている。本当に園田さんは人気者だなと改めて思うのだった。
「飛月、龍治は知らないか?久々に話そうと思っていたのだが」
「そういえば、どこに行ったんでしょうか?俺も見てないですね」
「・・・・・・ああ、多分二人とも久々に会うからじゃねぇの?放っておいてやろうぜ」
アルトが俺たちに言う。そうか、そういえば龍治さんと婚約している孤児院の蓮沼さん・・・・・・だったかな。あの人も龍治さんの話だと『五代組』の一員らしいので最近は全くあっていなかったのだろう。
「でも、境内であんなことやこんなことしてるのかと思うとな~」
アルトさんがいつもの変態モードになっている。
「アルト。ちょうどいい、久々に私の喝でも入れてやろう。お前のその変態っぷりにチヨが影響を及ぼさないように改心させなくてはな!」
「やめてください・・・・・・あれめっちゃ痛いんですよ・・・・・・」
アルトが滅茶苦茶怖がっている。アルトが俺たちの前で変態発言をすると必ずと言っていいほど五代さんが喝ということであれやこれやとアルトにお仕置きをしていたのだ。まあとても痛そうではあるな、あれは・・・・・・
「未来君」
園田さんが急に俺に話しかけてきた。
「いいの、チヨさんと・・・・・・あの人と話してたのに」
「いいの、いいの。それより未来君。ちょっと二人きりで話さない?」
「もちろんいいけど、ここじゃダメなの?」
「えっと・・・・・・できれば二人きりで話したいかなって・・・・・・」
わかったと言うと、園田さんが俺の右手の手首を握って、人気のないところへ誘導していった。
「本当に久しぶりだね、未来君」
「うん、本当に久しぶりだ」
俺にとっては本当に何年ぶりに会う感覚だ。だけど、園田さんも五代組の一員のようだからきっといろんなものを目にしてきたのだろう。だからある意味でこの二人きりという空間は昔の日常を思い出させるような光景である。
「何から話せばいいんだろ?アタシも未来君がいなくなってからいろんなことがあってさ」
「そうだよな・・・・・・まさか五代さんと一緒にいるなんて思いもしなかったよ」
「知らなかったの?・・・・・・ああそういえばニュースとか全然見ないって言ってたもんね。アタシ、完全に有名人だからもう大変で大変でさ~」
有名人?そっか、五代組は顔も名前も一般的に公表されているんだっけ?待てよ、ということは園田さんの可愛らしい顔や人懐っこさのせいで園田さんは相当人気者で・・・・・・
「はあ・・・・・・」
「な~に?急にため息なんかついて」
「園田さん、可愛いから人気なんだろうなって思って」
「か・・・・・・全くこいつは、シラフでそういうことしれっというんだから」
また俺たちの間に沈黙が停滞する。
「ねえ、未来君?」
「何?」
「どうして急にいなくなっちゃったの?教室は何故か未来君の机の上に花束が置いてあったけど、誰も何も教えてくれなくて・・・・・・連絡もつかなくなっててアタシ心配で」
「・・・・・・ッ」
そうか、そうだった。俺は死んだことになっていたんだ。急に気が重くなってしまった。
なんていえば良いんだろうか?本当にこういう場面での切り返しのできなさは例え繰り返していたとしても慣れないものだ。
「ううん、ごめん。それはいいや。未来君が生きていてくれてすごくホッとしちゃった」
「・・・・・・俺の方こそごめん。勝手にいなくなっちゃって」
「本当に申し訳ないと思ってる?」
「もちろんだよ。例えいろんな状況が重なったとしても園田さんには何かしら連絡を入れておくべきだっ
た。ごめんなさい」
「・・・・・・本当に申し訳なく思ってるなら、胸・・・・・・貸して」
「・・・・・・?どうぞ」
園田さんの意図がわからなかったが、俺は取り合えず体を園田さんの方へ預けた。
すると園田さんは俺の胸元に顔をうずめてきた。
「園田さん・・・・・・」
「何も言わないで!」
胸元に顔を当てているせいでこもった声であったが、強い声であった。
その声を上げた直後、園田さんの身体が震えだし、鼻をすする音が聞こえてくる。
「ほんっとうにバカ!なんで何も言ってくれなかったの!?本当に・・・・・・本当に・・・・・・死んじゃったのかと思って・・・・・・」
「ごめん・・・・・・なさい」
俺のために泣いてくれる人がアルトさん以外にいたんだ・・・・・・申し訳なさと同時に心が温まるような感覚がした。俺も流されるように涙を流した。
「ハーッ。未来君って本当に最低!女の子を泣かせるだなんて!」
「ウッ・・・・・・それは・・・・・・」
好きな人に最低って言われた。しばらく立ち直れそうにない。
言われても仕方ないか、だって本当に最低な事をしたのだから。俺のことを心配してくれて、俺のために泣いてくれる人を見捨てるように一切何も言わずに命を絶ったのだから。
とりあえず、俺は涙を長袖でふき取り許しを得ようとする。
「どうしたら許してくれるでしょうか?」
申し訳なさ過ぎて初めて会った時のように敬語になってしまった。
「じゃあ、女の子を泣かせた責任ってやつ・・・・・・とってよ」
「責任ってどうやってとれば・・・・・・っ!」
俺が言い終わる前に園田さんは俺の口を塞いできた。唇に重なったその柔らかい感覚は生まれて初めて味わうもので・・・・・・
それが俺の唇から離れる。その瞬間に遅れてようやく俺は今の一瞬でなにがあったのかを確信する。
「えっ・・・・・!?え、今の・・・・・・今のって!?」
俺は生まれて初めてのそれでかなり動揺してしまっていて言葉にならなかった。
「プフフッ。顔真っ赤だよ、未来君」
してやったりと言わんばかりに園田さんは俺に向かって微笑んでくる。しかし、その顔は以前まで俺に向けられてきたいたずらっ子の笑みではなく、照れ隠しのよう笑顔だった。
「園田さんだって、顔真っ赤じゃん」
「え!?う、嘘だね!そんなことないもん!あ、アタシはしなれてるから?」
あ、そうじゃん!あの時園田さんは!
「い、いやダメでしょ園田さん!?さすがに浮気は!?」
「浮気?・・・・・・え、なんのこと?」
「だってあの日、階段の踊り場で・・・・・・」
そうだ、何回戻ろうとも俺が死んだ日に発生した出来事は覆りようのない事実だ。
だったら園田さんは俺との・・・・・・キスは浮気ということになる
嬉しいけど!好きだから嬉しいけど!それはダメだ!いい加減な気持ちでそういうことはしてはいけない!
「ストップ!!!」
大声を出して俺の発言をシャットアウトしてきた。
「あれはね、あいつが急してきたの!『俺の事好きなんだろ?ほら喜べよ?』とか言いながらさ!気持ち悪くて仕方ない!」
かなり嫌だったようなのか相当怒っているようだ。
「じ、じゃあ。その人とは付き合ってはいないってこと?」
「あったりまえじゃん!アタシのファーストキスをあんな形にしやがってアイツ!もう腹立ったからボコボコにしてやったよ!」
ファーストキスだったんだ・・・・・・それが嫌な思い出なのは本当にご愁傷さまで・・・・・・
ん?待てよ?じゃあ今俺にしたのって・・・・・・
「え?あれ?じゃあ俺にしたのは・・・・・・」
「ファーストキスは最悪な思い出だったからさ・・・・・・」
またしてもシャットアウトされてしまった。俺の話も聞いてよ園田さん・・・・・・
「未来君で上書きさせてよ」
「え・・・・・・?何言って・・・・・・っ」
またしても唇を塞がれる。そう、正真正銘の接吻、キスである。
俺のファーストキスは衝撃で感触もはっきりと伝わってこなかったが、次はないはずの心臓がバックバクに鼓動を起こすほど緊張しながらのものとなった。おまけに一回目よりも長い。緊張のせいで呼吸が持ちそうにない・・・・・・
「プハッ・・・・・・」
園田さんが俺の唇から離れる。俺はもう呼吸の限界で息が途切れ途切れだ。
「ねぇ未来君?アタシの言った責任、わかる?」
「・・・・・・」
待って!待って!一体なにが起こってるというのだ!?頭がパニックになってしまって全く思考がまとまらない!
「もしかして、まだわからない?だったら、言ってあげる」
「そ、園田さん・・・・・・」
「未来君、アタシね。初めて男の子の事好きになったんだ。いろいろと好きになった理由はあるかもしれないけど、今はそんな事いいや。お互いにもうしばらく会えないのはわかってる。命がけだということもわかってる。だけどもう我慢できない!付き合って、未来君!」
「・・・・・・ッ!」
こ、告白!?俺が園田さんに告白された!?
これって両想いってやつなのか?ど、どうすればいいんだろう?!
でも、園田さんが俺に正直に想いを伝えてくれたんだ。俺も伝えないと!
「園田さん!お、俺も・・・・・・園田さんのことが・・・・・・好きでした」
「えっ!?過去形!?なんで!?」
「あ、あれ!?なんで過去形にしちゃったんだろ!?」
テンパりすぎたかもしれない。少し違ったニュアンスになってしまった。
俺達は顔を合わせて笑った。おかしくて笑ってしまった。
「言い直す。俺も園田さんのことが好き。だから、泣かせてしまった責任は取る」
「へ~。アタシでいいんだ~。乃愛ちゃんとかチヨじゃなくて?」
「園田さんでいいんじゃない!園田さんがいいんだ!園田さんじゃななきゃ嫌だよ!」
「・・・・・・ッ!ほ、本当にそう言うことストレートにかましてくるんだね。もしかして天然のたらし?」
「天然のたらし?なんかの魚の話か?」
「あ、もう大丈夫。アンタが天然記念物だってことはわかったから」
良いのか?それで?よくわからないけど、園田さんがいいならいいか。
「じゃあ、お互いの気持ちも伝えられたことですしそろそろ戻ろうか?」
「そ、そうだね。あんまり遅くなっちゃうと皆に心配かけちゃうかもしれないし・・・・・・」
あまりにも刺激的かつ甘い空間過ぎて時間の感覚を完全に失っていたのでどのぐらいの時間が経ったか全然わからなかった。
俺達は人気のない場所から移動して皆のいる場所に向かった。
「それにしても、園田さん」
「何?もしかしておかわり?」
「なっ・・・・・・!いやそうじゃなくて、ずいぶんと大胆な行動と発言だったなって思って」
「う、うん。まあ、ちょっと最近友達に貸してもらった漫画の影響受けちゃったかも」
「園田さんも意外となんか子どもっぽいね。ちょっと印象変わっちゃったかも」
「あ、ひどい!でも、その友達のおかげで頑張って一歩踏み出そうと思ったんだ。友達には感謝しないと」
「で、でも最近の漫画ってその・・・・・・キスとかそういう大胆というか過激な表現ってあるんだ・・・・・・」
「え!?ザラにあるよ、そんなの!?今度一緒に読もうよ!」
「そうだね。園田さんが何を参考にしたのかも教えてもらわないと」
「うわ!彼氏になった瞬間に一気に意地悪になった!コイツめ~」
「い、痛い痛い。ごめんって!あんまり強く握らないでって!」
「アハハッ!」
ああ、幸せだ。大切な人の笑顔を見ることができて。そして好きな人と結ばれて俺はとても幸せだ。こんなに俺が幸せになっていいのだろうか?ヤマタノオロチとかの課題は山積みの状態だけど俺も頑張ったから、幸せになってもいいよな!
俺の心はもう、今までのマイナスをすべて帳消しにしてしまうぐらい満たされていた。
「おい、飛月。お前、さっきなんかあったろ?」
「な、なんのことだよ、アルト?」
「しらばっくれなくてもいいんだぜ?もしかして、女の子にでも告白されたか?」
「な、なにを言ってるだ!?」
なんでこの人はこんなところでも敏感なんだよ!?
「まあ、んなわけないか~。俺を差し置いて女の子と付き合うなんざ5年早いっての!」
ガハハッと大きな声で笑うアルトであったが、俺の心はアルトより先に大人の階段を上ってしまった申し訳なさと、アルトへの応援でいっぱいになっていたとさ。
なんでこんないい人に彼女が一人もできたことないんだろうか?女の人が大好きすぎるところ以外は本当に完璧な人のような気がするんだけどな・・・・・・
2月4日
俺はいつものように朝を迎える。幸いなことに1月の間は獣が顕現することはなく無事に2月を迎えることができた。
リードが自分の獣を殺したという話が本当であるならば残りの獣の数は4体。まだ先は長いがアルトの力があれば乗り越えられるだろう。
だが、ヤマタノオロチという存在の危険性は未知のままであり、この星にもまだ音連れてきていないようなのだ。おまけにアルトの寿命の件、どうやらシュラバ、巨人態になればなるほど抑止との一体化が進む且つ、魔祓いの空間や紫の力の浄化をすればするほど縮んでいくらしい。アルトの寿命がどのぐらい持つかがこれからの人類のカギになってくるはずだ。
それに園田さん・・・・・・あの時は嬉しかったなあ。
今となっては毎日のように朝起きたらあの時の感触を思い出す。
・・・・・・怖いな。失うのは。
怖いな。守るものが増えるのは。
アルトと園田さん。二人とも俺にとって大切な人で恩人で、憧れの人だ。
俺にしか守れない。俺だからできる・・・・・・
本部に行くとどうやらまだアルトは来ていないようで、遅れる旨の連絡も珍しく確認されていなかったようだ。
俺は龍治さんに頼まれて寮に戻り、アルトとチヨさんが住む俺の隣の部屋をノックした。
ガチャリと扉が開くとそこにはちゃんとアルトがいた。
「アルト、どうしたんだ?連絡もしてこないで。みんな心配してたぞ?」
「あ、ああ。悪い・・・・・・」
どうしたのだろうか、あまり調子がよくなさそうというか顔色が悪いというか・・・・・・
「体調がよくないのか?それなら俺がみんなに伝えておくけど?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと、チヨがな・・・・・・」
そう言ってアルトはスマホの画面を見せてきた。
そこに書いてあったのはある人物が亡くなったことが書かれた記事であった。
『五代組メンバー 園田咲 先実の戦闘で戦死か?』
「・・・・・・え?」
「この子さ、チヨと小さいころからの友達でさ・・・・・・俺が近くにいないと何をするかわからないからちょっと今日は休むね」
「わ、わかった」
部屋の扉が閉まる音が聞こえる。俺はただその場で呆然と立ち尽くすだけであった。
「え・・・・・・?何があった?」
俺は久々に体が渦の中にいるような、全身がかき乱されるような感覚に襲われた。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんで・・・・・・?
・・・・・・なんで?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
俺はまたこの部屋にいるんだ!?
なんでまた繰り返さなくちゃいけないんだ!?
89回目 2月3日 園田咲 モグラの化物により殺害される
「オウエエエエエエエエエエエッッッッッッ・・・・・・ゲホッゴホッ・・・・・・」
『引き寄せの法則』が映し出したのは、モグラの化物に身体を引き裂かれた園田さんだった。
「な、なんで・・・・・・なんでなんだよッッッッッッ!!!!!!」
俺は吼えた。やるせなく、何もできずに俺は負け犬のように吼えた。
乳児のように、身体をベッドの上で暴れたせいでベッドが崩れてしまった。
どうしてだよ・・・・・・全部がパアになった。アルトさんの笑顔も、チヨさんが送ったマフラーも、園田さんとの関係も、漫画を読むという約束も・・・・・・!
なんでなんだよ・・・・・・どうして俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!?
人類の未来のために頑張ってるんだぞ!俺だって未来が欲しいんだ!幸せになりたいんだよ!?
「なんだよ!?俺はもう人類じゃなくて強化人間だから幸せになる価値もないってのかよ!!!ふざけんじゃねぇよ!!!!!!」
俺は部屋の壁や机、もういたるところを感情のままに殴り壊した。
「どうして・・・・・・どうしてなんだよ・・・・・・」
もう限界だ。あんな幸せを味わった後にまたこんなことをするだなんてもう嫌だ。
脳をいじるのだってもう嫌だ。あれ気持ち悪いからイヤダ。
もうなにかかもイヤダ。イヤダイヤダイヤダ。
「ああ、もうどうでもイイや」
俺は何もかもがどうでもよくなって適当に自分の脳をいじり、また死亡した。
もう何回目になるだろうか?正直カウントするのも嫌になってしまった。
何回も脳をいじっては死にかけて、アルトは死に、園田さんは殺される。
もう限界だ。もういいだろうか?さんざん大事に思ってきた人の死を見させられて心はもうズタズタなんだよ・・・・・・
もう・・・・・・人でいられるのも限界が近い・・・・・・
『引き寄せの法則』の輝きも風前の灯火のように消えかかってきている。
あ何が願ったものを引き寄せる万能の法則だ!全くかないやしないじゃないか!?
・・・・・・あ、ダメだった。俺は何もできなかった。
何も救えない。恩人も、好きな人も。みんなの未来も・・・・・・
ゴールは近い。そのゴールは目標達成の物ではなく、目的地にたどり着くわけでもない。俺の地獄巡りのゴールである。
身体がキツイ。熱い。きつくてみんなへのアタリとかきつくなってないかな?嫌われてないかな?まだみんな俺の事、人として見てくれているかな?園田さん、俺の事好きでいてくれるかな?
ゴールはもう近い。急がねば、残すところ感覚だが残り二回だろうか?モウダレモシナセナイ・・・・・・
111回目 12月30日
「はっ・・・・・・!」
俺はベッドから目を覚ました。どうやら相当長い夢を見ていたようだ。
何を見ていたのかは明確には覚えていないが散々な夢であったことには違いない。
唸りすぎていたせいか喉が痛い。そして体が熱い。おまけにまだ眠気がなくならない。
「もう・・・・・・限界か・・・・・・?」
『引き寄せの法則』はかつての輝きを失いほぼお飾りの状態になってしまった。
今回が最後だ。今回で変えないと、すべてが終わってしまう。
だけど、前回のようなことは避けなければ・・・・・・
「頼むから・・・・・・持ってくれ・・・・・・俺はアルトを、殺したくないんだ・・・・・・」
だから、あのノートには俺の願望を書いた。繰り返しの張本人、2月3日までの出来事のすべてを知る俺が『引き寄せの法則』の使用期限が終わり、死んだ場合はきっとまた新たなルートが開かれる。これもアルトが貸してくれたゲームのようだ。
ゲームはいいものだ。この地獄から少しでも気を逸らすのに最適だから。
だけど、もう何回も同じものをやっていて飽き始めたなあ。
・・・・・・ルートの分岐、俺が繰り返しの中で介入したことにより様々な死を割けることができたが、あまりにも条件が多すぎる。おまけに一番厄介なのがリードの存在である。あいつは何回やっても同じようには行かない。12月25日を超えられるかは本当にランダムだったのだ。
だから、今回迎えられたことは本当に奇跡だった。
だけど、前回俺は・・・・・・
手に残る肉を切り裂いた感覚。崩れ落ちる肉体。血に染まった床・・・・・・
・・・・・・やばい、また眠気が増してきたようだ。
「もう一回寝るか」
俺は我慢できず、もう一度眠りにつくのだった。
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