第38話 顛末

顛末


1月1日


「う~ん、晴着姿の女の子たち最高!めっちゃ美しいし、可愛すぎる!」

視界に移るのは美女、美女!う~ん、やっぱり外に出るのはいいものだ、本や画面の中とは違うリアルな女の子たちがこんなにわんさかいるんだから!もう心がウッキウキして今すぐ声を掛けに生きたいところだが・・・・・・


「あまりキョロキョロしないでください!不審者扱いされますよ、アルトさん!」


「はいはい、ほどほどにしますよ」

ナンパを本当はしたいけど今の時期にチヨの精神面に影響が出ることをやるわけにはいかない。

はい、というわけで!どうも、アルトです。今日は元旦!俺たちは2025を乗り切り、無事2026年を迎えることができました!

今日は去年のお礼参りと今年の幸福を祈りに神社に参拝しようと八咫烏のメンバーたちときたわけだが・・・・・・


「しっかし、人が多いよな~」


「本当に多いですね。やっぱり五代さんたちの存在が大きいのでしょうか?」

「う~ん、どうだろ?」

五代たち龍女の存在。紫陽花病を政府が公表した際に同時に龍神の概念の実在も政府によって大っぴらにされたわけだが、どうやらそれが参拝客が増えた理由の一つではないかというのがチヨの推測なのだろう。


「今となっては、龍神は人々にとってありがたい存在となりつつあるな。五代組のやつらは今となっては『神の代行者』扱いだもんな」


「神の代行者なんてよく言ったもんだぜ。龍玉を使うところ以外ただの女の子だってのによ。なあ旦那?」


「全くだ。全部終わればきっとみんなその役目から解放される。俺たちも獣やヤマタノオロチの討伐に向けて祈りをしよう」


「だな」

まあ、ここにガチの龍神の力を持った人がいるんですけどもね。

ん、待てよ?龍神がありがたい存在なんだろ?もしかして俺ってすごくありがたい存在ってこと!?

ここでなんか力を披露したら俺は女の子から人気者になってモテモテのバラ色の人生が!?


「何を考えているんですか、アルトさん?」

口調こそいつも通りだが、とても圧がかかった声に聞こえたのはきっと気のせい・・・・・・ではないですね。


「あ・・・・・・いや。チヨは今日も可愛いな~なんて」


「え・・・・・・?も、もう!外でからかわないでくださいよ!」

そんなべた過ぎる俺の一言で赤面をするチヨ。よし、今年も今年とてチヨはチョロいままだ。

まあ確かにいつも可愛い事には変わりないがな・・・・・・


「あ、アルトさん・・・・・・」


「ん、どうした?寒いか?」


「いえ、マフラー・・・・・・毎日してくれてるんですね」


「もちろん!暖かいし、チヨが俺のために買ってくれたものだからな!」


「も、もう・・・・・・そろそろ洗わないと汚れちゃいますよ?」


「そうだけどさ、お気に入りだから外したくないんだよ」


「そ、そうなんですか・・・・・・」

チヨが顔を少し伏せながら俺の身体に密着してくる。人込みで疲れたのか、それとも甘えたいのか?


「アルト」

俺の前に並んでいた龍治さんが話しかけてきた。するとチヨが素早く俺の身体から離れる。どうやら知り合いには俺に甘えている姿は見られたくないのは昔から変わらないらしい。


「おっと、邪魔してしまっただろうか?」


「い、いえ!お構いなく・・・・・・」

チヨがうつむきながら返事をする。まだこういうことで照れてしまうところもチヨの子どもっぽさとかわいらしさの一つだ。


「飛月・・・・・・最近やはり体調がよくないのだろうか?」


「どうだろう?一応ヤブさんにも見てもらったけど、異常は見つからないらしいし。今日も結局、行かないの一点張りでさ」


「そうだったか、本当はみんなで来たかったのだが仕方ない。俺も後で飛月の部屋に行って様子を見てくることにしよう」


「頼むわ。あいつもずっと一人じゃ寂しいだろうからな」

年末になった頃から、飛月の調子があまりよくないようだ。前に部屋をのぞきに行った時もうなされていたし、何かあったのだろうか?

それにあのノート・・・・・・そして『引き寄せの法則』・・・・・・

俺や園田咲の名前。そして死亡の文字と抑止の暴走・・・・・・一体、飛月は何を今までしてきたんだ?一体何を知っているんだ?


「あ!やっぱり!チヨ~!」

人だかりの中、チヨの名前を呼ぶ女の子の声が聞こえてくる。


「あれ!?咲ちゃん!?なんでこんなところに!?」

その金色になびいた長いストレートの髪は間違いなく園田咲だった。五代組の中でも一番の人気を持つと言われる彼女。実際に間近で見るとすごくかわいらしい。


「今日ね、みんなと初詣に来たの!あ、そろそろ本殿が近づいてきたよ!」

前方の並びが少なくなり、いつの間にか本殿まであと少しの距離になっていた。

園田咲がいるということはもしかしたら五代もいるかもしれない。後で声をかけるか。


それから時間を絶たずに俺たちは本殿にたどり着いた。旦那や長倉さん、技術班のみんながお祈りをしてから俺とチヨは大きな賽銭箱に小銭を入れて二礼二拍そして一礼を捧げた。

(日常を守るために戦い抜きます。どうかお見守りください。それとチヨが高校に合格しますように)

俺達は再び二礼を捧げ、本殿から離れたみんなが集まってる場所に歩いて行った。


「アルトさん、何をお願いしたんですか?」

うーん、なんか正直に言うのはまじめみたいでこっぱずかしいから誤魔化すか。


「俺を中心とした美女ハーレムができますようにってお願いしておいた」


「神様相手になんてお願いしてるんですか!?下心満載じゃないですか!?」


「いいだろ、別に?神様だってなら何でもやって見せろってんだ」


「うわー。正直引きました。元旦から欲まみれなんですね。そんな事なら除夜の鐘も鳴らしにいけばよか

ったです」


「何言ってんだよ、チヨ。あんな108回しか打たない鐘で俺の煩悩が打ち払えるわけがないだろうか?いや、打ち払えるわけがない!」


「なんで反語なんですか?」


「お!気づいた!ちゃんと勉強してるな!偉いぞ、チヨ!」


「えへへ~」

全くこの子は、褒めればすぐにご機嫌を戻すのだからチョロすぎて今後変な男に引っかからないか心配だ。


「それに人間なんて元旦だろうが例えめでたい日であろうが毎日欲情してるんだよ、ほら姫始めとかいうだろ?」


「姫始め・・・・・・ですか、初めて聞きました。どんな意味なんですか?姫という単語が出るぐらいですからきっと古文単語なんですよね?教えてください!」


「え・・・・・・・」

しまった。正直知ってると思っていた。

よりにもよって受験生というのが裏目に出るとは・・・・・・でもチヨもまだ15歳。知らなくても無理はないが公衆の面前で言うのはちょっと・・・・・・


「アルトさん?あの、受験で出てきてわからないなんてのは嫌なので教えてほしいです」

なんでこんな時に無知シチュエーションイベントが発生するんだよ!?これが知り合いじゃなければ美味しいシチュエーションなのだが、よりによってチヨかよ!?


「アルトさん!教えてください!姫始めってどんな意味なんですか?」

ただただチヨは好奇心・・・・・・というか受験のために覚えようとしている。だが、恐らく高校受験の現代文、もはや古文でさえそんな言葉は絶対出てこない。

完全に墓穴を掘ってしまった。元旦から見事にやらかしたな、俺・・・・・・

どうしたものかな。チヨに真実を伝えるか、また今度~とか言ってはぐらかすか・・・・・・


「あ、あのな、チヨ・・・・・・そういったことは・・・・・・」


「何をチヨに言わせてんだ!この変態!」


「グベラッ!!!!!!!!」

言おうか言わないかの葛藤をしている最中、俺の頭のてっぺんに固いものが振り下ろされた。


「ご、五代!?ご、ご挨拶だな!つーかなんだよ、それ?!」


「木刀だ。先ほど屋台で買ってきたものだ」


「木刀で人の頭を叩くな!日常パートじゃなかったらいろいろと危なかったわ!てか、木刀なんざ元日の屋台で売るんじゃねーよ!殺意高すぎるわ!」


「チヨに変な入れ知恵しようとしたんだ。それぐらいの罰はあって然るべきだ」

なんて横暴な!俺は何も悪いことをしていないのに!ただ俺は墓穴を掘ってしまっただけなんだ。新年度初の!まあ新年度初の穴掘りというとある意味で姫始めと似たようなニュアンスがあるよな・・・・・・


「もう一発行くか?アルト?」


「なんで地の文にまで介入してくるんだよ!?」

五代は俺がまあ下ネタ的に意味深な発言をすると毎度殴りかかってくる。しかし木刀は初めてであり、かなり痛い部類のお仕置きである。もう殴られるのはごめんだ。


「五代さん!お久しぶりです!」


「久々だな、チヨ。元気にしてたか?」


「はい!また会えてよかったです!」

本当にこの二人を見ているとなんか姉妹のように思えてくる。しっかり者の姉と甘えん坊な妹みたいな感じだろうか。


「五代さん、姫始めって知っていますか?さっきアルトさんが言っていたのですがどういった意味か全然分からなくて・・・・・・なのにアルトさんってば教えてくれないんです。もし知ってたら教えてほしいんですが・・・・・・」


「ち、チヨ・・・・・・?あの・・・・・・」

五代が珍しくたじろいでいる。まさかチヨのやつ、ここまでの流れでも察することができなかったのか!?もしかして、この子ってば鈍感系!?

しかし、五代のこの反応。そしてその単語を聞いた際に俺へ殴りかかったということは間違いなく五代のやつは知っているな。

よ~し。いつもいつも俺に殴りかかってくる仕返しだ!


「あれ~五代さん?もちろんご存じですよね~?俺に殴りかかったってことはそう言うことですよね?なら俺の代わりに教えてあげてくださいよ~」


「な、アルト!?お前!?」

よしよし、いい気分だ。たまにはお前も精神的な恥を味わってしまえ!


「あ・・・・・・あの・・・・・・その・・・・・・」

完全に挙動不審になってきているな。やはり普段堅物のやつがたじろいでいる姿は面白いものがある。

身体に力が入っているのか肩が少し上がってきて見る見るうちに顔が赤くなっていく。

う~ん、美人の赤面程生えるものはないな~。


「いい加減にしろッッッッッッッッ!!!!!!!!」


「ってまたかよ!?」

またしても木刀を振り下ろされた。おまけに一発目よりも重い一撃、顔が完全に地面にめり込むほどの威力だ。


「ち、チヨ。いいか、その・・・・・・ひ、姫始めっていうのはな・・・・・・」


「プフフッ、乃愛ちゃん顔真っ赤~。可愛い」


「さ、咲!いちいち私をからかうな!」

俺は地面にめり込んだ頭を出して、その声の主を確認する。

園田咲だ。金色の髪と黄色の晴着の調和があっていて、映像で見る以上に美少女だ。


「お久しぶりだね、アルトさん」


「あ、あれ?咲ちゃん、俺の事知ってるの?」


「もちろんですよ、アタシの事覚えていませんか?」

俺と咲ちゃんって何か知り合うきっかけあったっけ?全く覚えがないのだが・・・・・・


「アルトさん。咲ちゃんのこと覚えてないんですか?」


「う~ん。なんだろう、見覚えがあるようなないような・・・・・・」


「アルトさん、私が5年生の頃。友達がいじめに遭ってるって言ったら繋一さんと小学校の方に乗り込んでくるって言っていろんな事してくれたじゃないですか」


「ああ・・・・・・そういえば・・・・・・」

そんなこともあったな。チヨが俺と繋一さんに学校内でのいじめとその隠蔽ついて言ってきたからすぐさま学校に直談判しに言ったっけ?


「はい、その節はお世話になりました」

咲ちゃんが俺にお礼なのか頭を下げてきた。俺、なんかこの子にしたっけかな?

節・・・・・・お世話・・・・・・?

あ、そういうことだったのか。


「そっか。君みたいなかわいい子の手助けができたのなら名誉なことだよ」


「いえいえ。それに何度かおうちの方にも遊びに行かせてもらっているんですけど・・・・・・」


「そうだったのか・・・・・・ごめんな、チヨの友達だったからあんまり関わらない方がいいかなって思って」

チヨが小学5年生、つまり11歳の頃、俺は16だったしすでに村田夫妻の農場で働いていたころだ。

確かにその頃はチヨの精神が安定してきて友達を時々家に連れてきていた時期だ。チヨが友達を連れてきたときは子どもだけの空間に年が結構上な男が入らないように気を使って、部屋の前に飲み物やお菓子を置いておくぐらいだったのであまり見覚えがなかったのだ。


「チヨと遊んでくれてありがとね、咲ちゃん」


「アルトさん、咲ちゃんって凄いんですよ!前なんて私がナンパされたときに強気な対応で助けてくれたんです!」


「何!?ナンパだと!?中学生相手にナンパたぁクレイジーな野郎だ!どこのどいつだ!?俺のチヨに手を出そうとした馬の骨は!?今すぐファッ○ンしてくるぜ!!」


「なんで海外映画みたいなノリなんですか・・・・・・」

チヨが苦笑いしながら俺の反応を見ている。しかし本当に許せねーな、保護者のいないところでナンパを仕掛けてくるなんて。まあ保護者がいればナンパなんてしないか。俺もそうだし。


「本ッ当にそうですよね!アタシの可愛いチヨを奪おうとしたんですよ!?本当にクズですよあの男!ナンパ野郎なんて消えてしまえばいいのに!」

やめて咲ちゃん。その言葉は俺の心にも刺さるから・・・・・・


「そのあとも、怖がってた私の手を握ってくれて・・・・・・」

うんうん、可愛い子同士のイチャイチャもまた良きかな・・・・・・

ん、待てよ?チヨと金髪の子・・・・・・手とか腕を組んで歩いてて・・・・・・


「あーーーーーーー!!!!!!!!」


「ど、どうしたんですかアルトさん!?」

重要な事を思い出した!

もしかしてあの時、俺が買い物してるときにチヨがギャルみたいな子と一緒にイチャイチャ歩いてたのって、咲ちゃんだったのか!?ということは、この二人はもしかして・・・・・・


「さ、咲ちゃん」


「は、はい?どうかしましたか?」

さきほどだって『私の』チヨと言ったんだ。『私の』と。チヨは少しチョロいきらいがある。ロクな男にチヨが捕まったらきっと不幸な目に遭う。しかし、この子なら・・・・・・任せられる!


「チヨの事、よろしくお願いします!」


「ええ!?なんでそんな挨拶しに来た婚約者に娘を上げるみたいな展開になるんですか!?」


「アハハ、盛大に勘違いされちゃったみたいだね」


「あれ?二人はそういった関係じゃないのか」


「ち、違いますよ!咲ちゃんは私にとって大事な親友です!」


「アタシは・・・・・・それでもいいけど?」


「「え・・・・・・?」」

おっと、意外な反応。これは百合展開か?


「だ、ダメ!」


「うお!びっくりした!」

俺の後ろから急に大きな声で訴えてくる少女が一人。テレビで見たことがある五代組の一人だ。五代と同じぐらいの歳だろうか、黒く長い髪と整った顔、少し猫のようがツリ目が特徴的な女の子。一ノ瀬はるかだ。


「大丈夫だよ、はるかちゃん。私は特別誰のものにでもなる気は今のところないからさ。やっぱり自由が一番だもん」

咲ちゃんの発言を聞いてホッと肩を下ろす優香さん。本当に咲ちゃんは人気者のようだ。


「アルト、少しいいか?話しておきたいことがある」

五代が神妙な面持ちで人気のない場所を指で指し示す。そこに行こうということだろう。

俺はチヨに咲ちゃんやはるかさんと待っててといって五代とそこを後にした。


「それで話ってなんだ?」


「・・・・・・寿命の件、聞いたぞ」


「あらら、知られちゃってたのか。多分旦那だろ?」


「ああ・・・・・・一応元八咫烏のメンバーとして知っておいてほしいということで話を聞かせてもらった。本当なのか?」


「まあな。確かに紫の力をどうやって消しているのかは全然理解してなかったから、まさかこんなことになるとは思ってはいなかったさ。でも、とりあえずは最後までやり切るだけだ」


「そうか・・・・・・」

五代が悲しそうな表情を浮かべる。五代組の仲間ではない昔のメンバーの俺のことも心配してくれている。やっぱり優しいし仲間想いなやつだよ五代は。


「そっちはどうよ?なんか面倒ごとばかりおしつけられてないか?」


「うむ、こちらは相変わらずだ。化物退治に演説や祝詞。何故そこまでしなくちゃいけないのやら・・・・・・」


「気苦労が多くて大変だな、リーダー」


「そちらもな。前にも言った通り化物たちは私たち五代組が何とかする。そして紫陽花病もこれ以上広げさせやしない」


「ああ、俺も獣の討伐を頑張るとするよ」

獣をすべて倒しきれば、五代やその他の五代組のメンバーもリードの思惑通りにはいかないだろう。出来れば俺の寿命が尽きる前にケリをつけたいが何せやつらは災害や災厄そのもの。いつ顕現するかわからないのだ。


「そうだった、アルト。最近、妙な気配がしないか?異常なほどに強くて不気味な存在感あるものがいるような気がしてな・・・・・・」

恐らくヤマタノオロチのことだろう。やはり龍玉を持つものはそういった気配に敏感になるのかもしれない。ただでさえ数が多い化物たちを相手にしているんだ、これ以上の不安も負担も欠けさせるわけにはいかない。


「それに関しては俺達の方で何とかする。だから五代たちは化物たちに専念してくれ。やつらが獣に食われなくなって強くなってくれていないおかげで俺は寿命的に長生きできてるみたいだからさ」


最近わかったことは紫の力以外にも俺の『人としての死』が迫ってきている事。

金の力を使用するたびに俺の身体と一体化し寿命を削っていく。正しく言えば寿命が尽きた後、立花在人という『人格』を持った人間でなくなる。

普段の角を生やした状態でもうギリギリらしい。巨大化した場合は一気に金の力との一体化が進み、人ではなくなっていく。旦那の仮説だと人間でなくなった後は星の機能の一部として機械のように永遠に星を守る存在になってしまう可能性があるかもしれないということだ。


「ならば尚更、我々も励まねばなるまいな。皆頑張ってくれているがやはり危なかった時も何回もあるからな。今回は息抜きもかねてのお参りだったが、会えてよかった」


「ああ、俺もだ」


「・・・・・・アルト、実はな」


「ん?どうした?」

五代が顔を下にして黙り込んでしまう。何かあったのだろうか?


「・・・・・・いや、なんでもない。みんなのところに戻ろう」


「・・・・・・おう、そっか」

何事もなかったかのようにその場から離れようとする五代。だけどその表情はどこか寂しそうで、みんなのところに向かう足取りはいつもよりも早足のような気がした。


「そう、やっぱり。アルト君は危険な状況なんだ。乃愛さん、年末ぐらいからどこか顔色が悪そうな気がしていたから」


「ああ。これから本当に何が起こるかわからない。だから葵、そちらに負担がかかってしまうかもしれん。それだけは伝えておきたかった」


「うん。ありがとう、私も戦えるように手配してくれて。これで五代組のみんなとようやく一緒に成れたような気がするの」


「俺こそすまなかった。まさかそちらでそのような事が起きていようとは。互いの連絡はすべて監視されているせいで・・・・・・」


「いいの。乃愛さんはしっかり者だけどまだ大人じゃない。これからは私が戦闘面でも精神面でもサポートに入りますから」


「頼む。だが、五代のやつもまだ抜けているところがあったな。まさか動揺して、検索履歴を消し忘れるだなんて」


「ええ。かわいらしいところもあるから。だけど、それ以上にその情報を見て動揺していたのかもしれないわね」


「ああ、五代の家族の件。そして・・・・・・古代兵器について」


「龍之国政府が一つ管理しているという情報が乃愛さんが残した履歴からより深い情報で確認できたの。それはこちらに任せて」


「いろいろと大変なことをおしつけてしまってすまない」


「いいの、夫婦でしょ私たち。円満な家庭を作るのには助け合いと支え合いでしょ?」


「ああ・・・・・・そうだな」


「龍治さん」


「どうした、急に抱き着いてきて?」


「ごめんなさい。アナタやみんなの前では頑張って笑顔でいようとしたけどやっぱり・・・・・・」


「構わないさ。ただでさえ会える機会がないんだ。本当に会えてよかった」


「龍治さん、私は・・・・・・朱音(あかね)さんの代わりになれてる?あなたを支える人になれてる?」


「代わりも何もない。葵は葵だ。俺の世界のことは君が心配することはないんだから」


「うん・・・・・・ごめんなさい。いろいろと心が疲れてしまって」


「ありがとな、葵。必ずみんなで乗り切ろう」


「はい・・・・・・」

ずいぶんと苦労を掛けてしまっているようだな。伴侶としてずっとそばにいて支えてやりたいところだが、政府の監視の目をくぐり抜けるのは至難の業だ。ただでさえクリスマスの後、五代にアルトの件を伝える際にも横やりが入ったりした。

やはり精神的な安定を図れないようにするためか?リードめ、余計な置き土産を残してこの星を去りやがって。そんなに龍女はやつらにとって脅威なものなのか?


「さあ、葵。みんなのところに戻ろう。俺たち大人があの子たちを支える柱にならないとな」


「ええ、また二人きりで会えますように。愛してますよ、龍治さん」


「俺もだ。また、必ずな。言い忘れていたが、晴着、とても似合っているぞ」


「フフ、遅いですよ。でも、ありがとうございます」

俺と葵は軽く口づけを交わしたのち、みんなのいる場所へと戻った。


皆、元日のお参りに行ってしまった。

今までなら参加しようと思えば参加できていた。しかし、あの日。園田さんに告白された元日以降、俺は一度も元日のお参りには行っていないのである。

不安で、そして怖いのだ。またあの告白を受けてしまったら、園田さんは不幸な目に遭ってしまうのではないかと。そう思うと俺は彼女の前に姿を現すことができないのだ。

本当は会いたい。たくさん話したいし、またキスもしたい。

だけど、そういうわけにはいかない。もう遅いのだ。俺の身体はもうそろそろ完全に人間ではなくなる。

俺は布団から起き上がって自分の身体の状態をもう一度確認してみる。自分が変化するという意志を体に込めていないにも関わらず腕は黒く変色し、黄色と緑の模様が胴体の方まで出てきてしまっている。


秒読みは始まった。


もう俺は外にも出られない。何がきっかけで負の感情が増幅するかわからない。下手に刺激してしまったら爆発してしまうような危険物のような状態だ。町に出てみようものならその時に強化人間になったら一気に町が地獄に変化する。

ダメダ。そんなことは許されない。俺は・・・・・・オレだけでいいんだ。地獄を味わうのは、未来を取り戻すために過去に戻ることを許容した時点でもう結末はなんとなく察していたのだ。それでも、みんなが幸せならばオレは・・・・・・

でも、俺もできれば・・・・・・ミンナと一緒にいきたかったナア・・・・・・


1月2日 昨日から動悸が激しい。眠れない。龍治さんから部屋へ行ってもいいかというメールが来たが、今の姿を見られたくないので断った。


1月3日 今日は少し楽だ。久々に眠れそうだ。ここ5日ほど寝ていなかったのできつくていっぱい泣いてしまっていたからよかった。これで少しは長持ちしそうだ。


1月4日 アルトが煮物を作ってくれたようで玄関前に置いといてくれた。メールで食べれたらどうぞ。無理はしないで送ってきてくれた。やっぱりアルトは優しい。久々にベッドから起き上がって玄関まで歩いた。


1月5日 どうやらまだ味覚はあるようだ。カボチャの煮物はとても甘くておいしかった。だけど、数時間後に吐いてしまった。ごめん、アルト。


1月6日 左手がとうとう変化を起こし始めた。黒い龍玉がきっと進行を遅らせてくれていたのだろう。だけどとうとう力が及ばないぐらい俺の身体を負の感情は蝕(むしば)み始めたようだ。


1月7日 視界がずいぶんと明るい。カーテンは閉め切って暗いはずなのに。頑張って洗面台まで歩いて鏡で確認したら、目の色が緑色になっていた。


1月8日 全身から謎の出血があった。血の色がもう赤色ではなかった。自分に何があったのかわからない。怖い。緑色の光でなんとか出血は抑えることができた。


1月9日 今日はすごく体の調子がいい。身体の変色が何故か消えてくれた。久々に外に出ようとしたけど、太陽の光が眩しすぎて出れなかった。


1月10日 今日もすごく調子がいい。ちょうど龍治さんから連絡が来たので調子がいいと送り返した。明日は曇りらしい。調子が良かったら本部まで顔を出しに行こうと思う。


1月11日 久々に本部に顔を出すことができた。みんなの顔を見れて嬉しい。龍治さんやアルトといろいろと話した。だけど、疲れてしまったのだろうか。途中で倒れてしまったようで、救護室に行く羽目になった。










1月19日 どうやら一週間以上眠っていたようだ。身体の変色は起きておらず、人のままだ。だけどすごい熱を出してしまっているようだ。身体が燃えるように熱い。


1月20日 アルトが花を置きに来てくれた。プリザーブドフラワーであった。嬉しかった。今のうちに伝えておきたいことがあったので言っておいた。『チヨさんに受験頑張ってください』と伝えた。アルトは伝えておくと言ってくれた。


1月21日 また目がチカチカする。あとめまいがすごい。


1月22日 体が熱い。だけど変色は起きてないようだ。もしかしたら黒い龍玉が押さえてくれているのかもしれない。結局二回目以降、身体にくっついてきた黒い龍玉だけど、その正体はわからないままだったな・・・・・・


1月23日 とうとう変色が始まった。ヤブさんや科学技術班の人が検査をしてくれたが、想定以上の科学力でできている俺の身体を下手にいじることはできないようで、ただ変色した場余の確認しかできなかった。


1月24日 意識が途切れ途切れになってきた。なんかもう自分の身体じゃなくなって言ってるようなキガスル


1月25日 キノウは全く寝れなかった。キツイ身体が重い。ネムイ


1月26日 ネムイ ネムイ 目が痛い。ネムイ


イガツ2日 アツ・テ イタクテ 誰かがきてくれタ ゴ・・・サイ誰かワカラナイ


チガツ8 寝れた寝れた ウレシイ でも目がマブシクテアケラレナイ


29  カラダカルイ タノシイ 今すぐハシリダシタイナア


1月0日 左腕カルイカルイ 解放サレタ 


31 ア・・・ イ・・ タス・・ その・・・ ア・・ リュ・・・・


2月1日 ありがとう。ありがとう。今のうちにノートに書き残しておこう。ありがとう。ありがとう。きっと今日が最後だ。ありがとうありがとう。母さんありがとう。園田さんありがとう。龍治さんありがとう。五代さんありがとう。アルトありがとう。俺はもう最後だ。ごめんなさい。俺は救えなかった。ごめんなさい。



2月2日

今日分の訓練を終えて夜ご飯用の買い物も買い終わり、俺は寮の部屋に帰ってきていた。


「ただいま、チヨ」


「あ、おかえりなさい」

部屋からヒョコっと顔をチヨが出したと思えば、玄関まで荷物を取りに来てくれた。


「お疲れ様です。今日は何作るんですか?」


「なんだろうな~。食べるまでのお楽しみに~」

俺はいつもの調子でチヨとの会話をする。

冷蔵庫に買い物してきた材料を入れるのを任せて俺は洗面所まで手を洗いに行くことにした。

洗面所で水を流し、手を洗う。いつも通りの日常。

水は流れるもの。時間も流れるもの。

水道の水は一度流れてしまったら戻ってこない。時間も一度流れてしまえば戻ってくることはない。

時間という概念はなんて恐ろしい物なのだろうか、気が付けば今年ももう2月に突入している。

1月は獣の顕現がなくただ平和な日々を送っていた。平和な日々、日常。しかし俺の日常の中から1つ足りないものがある。

飛月の存在だ。あいつとは八咫烏に所属してからというもの、一緒にいた時間は組織のメンバーの中では一番多いのだ。


だが、1月に入ってからはアイツの姿を見ることはほとんどなくなった。

先月の半ばに飛月が本部に来て話すことはあったが、すぐに倒れてしまい、それ以降は花を添えに行ったっきりだ。

ヤブさん曰く、強化人間の身体の作りは我々の科学力を大きく上回っていて手の付けようがない。下手に身体に触れてしまえば飛月君の命が危ないということだ。

今は完全に救護室への立ち入りが禁止されている状態。

飛月は今現在、とても危ない状況らしい。それが人間としての死なのか、生物的な死なのかは誰もわからない。わかっているのは本人だけだ。


あの記録は本当に何だったのだろうか。何かをカウントしていたようでもあったし、カウント数の横には俺と咲ちゃんの名前と共に死亡と書いてあり、俺の名前の横のほとんどには抑止の暴走と書かれていた・・・・・・というか、飛月と咲ちゃんって何か接点があったのだろうか?チヨと咲ちゃんは古くからの友達であることは思い出したが、チヨの口から八咫烏に入る前は飛月なんて名前は出てきたことがなかった。確かに3人とも同じ年齢だから学校が同じだったとかも考えられるが・・・・・・

いや、今はそんなことはいい。着目したいのはカウントそのものである。その記録を見てからいろいろと考えてきたが、推測が正しいかどうかの判断がつかず、今日俺は飛月には申しわけないが無断で旦那に見せることにした。


その際に部屋にノートを取りに行く流れで『引き寄せの法則』らしきものもスマホの写真で納めていたのでそれを見せることにした。

本当は隠しておきたかったのかもしれない。だけど飛月の調子を元に戻す手段があるかもと藁にも縋る思いで旦那と特訓が終わった後考えていたのだ。

回数のカウント、俺と咲ちゃんの死亡、そして俺の名前書かれたところにはほとんど抑止の暴走と書かれている事。


その記録から二人で導き出した答えは『飛月はタイムリープを行い、何度も繰り返しているのではないか』という考察であった。

根拠としては、飛月はよく俺の発言や行動を先読みしている節があった事。

訓練中に至っては俺の攻撃のパターンさえも分かり切っていたようにいなしていたことが多々あった。旦那もそれ自体をすでにわかっていて黒の龍玉の能力ではないかと憶測を立てていたが、『引き寄せの法則』の存在がその憶測を覆すことになった。


『引き寄せの法則』は旦那の話だと、現象や想像の具現性を『受け入れる』ことによって現実世界に所有者が望んだものを文字通り『引き寄せるものである』らしい。

この星も含めた宇宙空間において、『引き寄せの法則』という概念は実在するものであり、本来は生物が自分の内的世界の望みを具現化させてその生を享受するためのものであるらしいが、実際にはその『受け入れる』という心情が現実世界との乖離を起こしうまく具現化をさせることは相当難しいらしい。


だが、リードは『引き寄せの法則』を概念から物質まで、いわばランクを落とすことに成功させた。

物質化された『引き寄せの法則』は目に見える物、物質と生物の潜在意識に認識させ、その力の発動を容易なものにさせた。

それは本来の『引き寄せの法則』ほどの力は、ランクが落とされたことにより持つことはないが、それでも個人の『引き寄せの法則』の解釈次第で、つまりどこまで『受け入れる』ことができるかで変わってくるらしい。


そして、飛月は恐らく『受け入れた』のだろう。何かしらの目的があって何回も繰り返すことを。書いてある通り、俺や咲ちゃんが死亡しそれを飛月は受け入れたくなかった。だから『受け入れた』のだろうと。

飛月が恐らく行ったであろうタイムリープ。それは流れる時間を逆行するようなものであり、『引き寄せの法則』でさえもそれを行うことはほぼ不可能ではないかと旦那は言っていたが、『引き寄せの法則』は内的世界を現実世界に投影させるものであるため『受け入れ方』次第ではできるのではないかという推測になった。

旦那が行った世界線の移動は、何者かの声に望みを伝えたら移動したものであったらしいが、考え方次第では『引き寄せの法則』の力なのではないかと旦那自身がその場で解釈をしていた。

そしてその繰り返し、飛月のタイムリープについては恐らく肉体ごと移動している可能性があるということだ。

強化人間は肉体を改造されてから老化をすることがないということらしい。

そして飛月の身体の内部から今まで見たことないパターンの紫の力の反応が見られている事。チップの取り外しが頻発したところは恐らく飛月が脳をいじり、死亡した後に『引き寄せの法則』の力によって無理やり肉体を回復させられ、過去に送られたのだろうということであった。

あまりにも強引な解釈ではないかと旦那に聞いてみたが、タイムリープをして繰り返す事を『受け入れた』所有者が、戻ってすぐに死亡したとしたら本末転倒ではないかというものであった。


だが、繰り返した結果、強化人間の体に何かしらの異常が見られるようになり今に至るという結論が出たのだ。最近だと体が黒く変色し始めたりしているという。

もう会えないのだろうか?まだアイツとやってみたいゲームあったんだけどな・・・・・・


「アルトさん?どうかしましたか?」

ずっと俺が水を流したまま洗面所で立ち尽くしていたので、チヨが心配して声を掛けてくれた。


「うん、大丈夫。ちょっと考え事しててな」


「飛月君のことですか?」

やっぱりチヨは鋭いな。俺の表情や声で何を考えているのかわかってしまうようだ。


「・・・・・・まあな、少し心配っていうかさ」


「本当はすごく心配してるんじゃないですか?私の前でぐらい正直になってもいいんですよ」

こういうことを言われるとついチヨに甘えたくなってしまうが、チヨも受験の本番が近い。飛月の問題は俺たち八咫烏だけで何とかしないといけない。チヨに余計な心配や負担をかけるわけにはいかないから。



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オレハ今キャッチボールをしている。とても楽しい。今までたくさんの人とやったことなかったけど、今は町の人たちでたくさんキャッチボールをやってるんだ。

やっぱり野球は楽しい。怪我さえしなかったらもっと楽しい。余計な大人がいなかったらもっと楽しい。俺をいじめる人がいなかったらもっと楽しい。でも、そろそろキャッチボールも飽きてきたな。次はバッティングでもしようかな!

でも、知らない人とやるよりも俺のことを知っている人とやった方がきっともっと楽しい!俺のことをほめてくれる人がいいな!

じゃあ、やっぱりアルトかな!アルトだ!そうだアルトだ!

早速誘いにいこう!そうしよう!

でも、どうやって友達って誘うんだっけ?

人と今まで遊ばな過ぎてわからないや・・・・・・

・・・・・・そうだ。そういえば前にアルトが俺の部屋の扉をノックしてたっけ?

そうだ、間違いない!それが友達を遊びに誘う方法なんだ!


19時を回り夕飯の準備をし始めたころ、寮の部屋の扉がノックされる。誰だと思い玄関に向かおうとする

玄関に着いたら声が聞こえてきた。


「ア・ト ・・・・・・・・アソボ」

そう聞こえた。

この声は・・・・・・去年の7月以降からよく聞いた声。子どもっぽくはないがまだ高めの声、だがその口調は大人びたものをいつものように感じていた。

飛月の声だ。だが明らかにおかしい。何か別の者のようにも聞こえる。


「アルトさん?お客さんですか?」

チヨが気になったのか部屋から出てきた。だが明らかにおかしい。おかしいのだ。

だって飛月は今、救護室で眠っているはずなのだから。

その時、俺のスマホが鳴り始めた。


「・・・・・・電話?」

台所に置いてあったのでチヨが急いで持ってきてくれた。

チヨに渡された俺のスマホを見ると、旦那からの連絡だった。

ノックの音がより強くなっていく。


「もしもし・・・・・・」


「アルト!良かった、繋がった!」


「どうかしたのか?」


「飛月が救護室の外に出た!何が起こるかわからない!できる限りの準備をしておいてくれ!もしかしたらお前のところに行くかもしれない!だが、絶対に出るな!それはもう・・・・・・飛月じゃない」

ノックの音がより激しくなっていく。


「旦那・・・・・・」


「どうした?その音は一体・・・・・・」


「旦那、どうしよう・・・・・・」


「どうしたんだ、アルト!?まさか・・・・・・」


「ああ、そのまさかだ」

俺は急いで後ろにいたチヨに叫ぶ!


「チヨ!部屋に戻れ!急いで!しばらくは布団の中に入って自分の身を守ってろ!いいな!」


「え!?は、はい!!」

チヨは知って部屋の中に戻る。大きな音で部屋の扉を閉まったことを確認し、俺は玄関についているスイッチを押す。

寮内や本部内に侵入者が入ったときに鳴らす用のスイッチだ。

警報音が寮中に響き渡る。ノックの音は強まるばかりだ。


「旦那・・・・・・」


「今向かっている!アルトは手を出すな!俺が飛月を止める!」


「いや、旦那。扉の目の前にいるのは飛月だぜ?何言ってるんだよ?止めるって一体何のことよ?」

ヤバい、さっきから言ってることとやってることが全然違う。

判断力がなくなっている。いや、多分判断することさえ放棄してしまっている。

この状況がどのぐらいやばいのかは十分わかっている。だけど、扉の向こう側にいるのは間違いなくいつもの飛月なんだとどこかで期待してしまっているのだ。


「いいか!絶対に待っていろ!お前は見ちゃいけない!間違いなく寿命を縮めることになる!」

旦那は止めようとしている。だけど、ノックの音と共に聞こえてくる。俺の名前を呼ぶ飛月の声が。アルト、アルトと呼んでいるのだ。


「ダメだ!絶対に・・・・・・」

俺はスマホの電話を切り、部屋の扉を開いた。


「飛月!・・・・・・ひ、つき?」

・・・・・・目のまえにいたのは黒く染まった全身と体に緑色と黄色のラインが入った不気味な風貌。腕からは赤い液体が廊下の床に滴っている。生臭いにおいと共にその赤い液体の滴った場所を見てみる。

・・・・・・そこには数個の人の頭部だけになったものが転がっていた。


「アルト、アソボ」


「・・・・・・なんだよ・・・・・・そりゃあ」

俺の顔をしたから覗き込んでくるそれ・・・・・・顔つきがトンボのようなそれ・・・・・・

その目の色は、深い緑色の目は・・・・・・嫉妬の目の色であった。

警報音が鳴り響く。だが、その音がだんだん遠のいていくような感覚に襲われた。


「アソボ!アソボ!」


「飛月ッッッッッッッッ!!!!!!!!」

俺はシュラバの名を叫び、飛月に向けて突進した!

寮の壁に亀裂が入り、穴が開く。俺たちはその反動で外に投げ出された。


「飛月!飛月!」

俺は懸命に飛月の名前を呼ぶ。どうにかしたい。何をどうすればいいかわからないが、どうにかしたいのだ!でもそれと同じぐらいに・・・・・・


「お前、とうとう・・・・・・なんでなんだよ!?どうしてなんだよ!?」

どうしちまったんだよ飛月!どうして人を殺したんだよ!?


・・・・・・違う。これは、飛月がそんなことをしてしまったのは元を辿れば俺に原因がある。

飛月は俺や咲ちゃんを守ろうとしていた。その結果がこんなことだなんて、あまりにもひどすぎる。飛月が報われなさすぎる。

こんなにも酷い話が合っていいものなのか!?良いわけあるか!

止めてやる!俺が飛月を元に戻してやる!

俺は飛月の名を語り掛けることに夢中で無重力の力を展開することを忘れ、地面に叩き落とされた。

脚に痛みが走るがすぐに痛みは消えた。俺の身体ももう抑止との一体化が本格的になってきたようだ。

一方飛月は、地面に墜落することはなかった。あれは・・・・・・翼?いや翅だ!

今まで見たことないほどに大きな翅である。月の光が透き通るほどの薄く美しい翅。だが、その造形美の中に脈を打つ血管のような筋が入っている。緑色に薄く光るそれは不気味であるがそれ以上に目を魅かれるような儚さを感じた。


「アアアアアア!!!!!!」

叫びながら飛月が飛びかかってくる。美しい翅とはうって変わってその牙と腕はどんな者の命でも穿ち、殺めてしまいそうなほど恐ろしいものだ。


「クッ・・・・・・!」

俺はそれを跳んで躱す。回避した俺を追撃しようとすぐさま俺の方へと飛んでくる。

俺は何とか再び回避しようとするが、飛行速度が俺の物よりも圧倒的に速い飛月にとって空中は縄張り同然。振り下ろされた右腕を受け流そうと俺は左腕を外に払おうとしたが・・・・・・


「ガアアアアアアア!!!!!!!!」

その威力は俺の腕を引き裂かんばかりのものであった。バキリとグシャリという音が俺の赤い左腕から鳴り響く。腕は衝撃で割れ、中から骨の一部や金繊維といった中身の一部が出てくる・・・・・・

想像を絶するほどの痛み。だがその腕も瞬時に回復し、壊れた左腕もすぐさま修復された。

空中戦では飛月を止めることはできない。ならば地上に落とすしかない・・・・・・!


「ごめん、飛月!」

俺は飛月の顎元にアッパーを一発入れる。軽く脳震盪を起こさせれば地面に落ちると思たからだ。上手く狙い通りに行き飛月は翅の動きを止め、地上へと墜落していく。

すかさず俺は飛月に無重力の力を付与し、墜落の衝撃を与えないようにした。

共に地上へと降り、二人で向き合う。


「飛月!目ぇ覚ましてくれよ!なあ!」

俺を見つめる緑色の瞳からは人の意志が感じ取れない。これが人間兵器・・・・・・強化人間なのか!?


「・・・・・・!!!!!!」

言葉にならない叫びをあげながら、飛月が俺に向かって突っ込んでくる。翅を使うことなく走って向かってくることから俺はすぐさま、もう飛月は理性がない状態なのだと悟った。

なんだよ、これが強化人間の末路なのかよ!

認めない!認めないぞ!こんな・・・・・・こんなのが人を救おうとしたやつが行きつくゴールだなんて。俺は絶対に認めない!

飛月が殴りかかってくる。きっと自分の目の前に存在するものを思うがままに壊し続けるまで止まらない・・・・・・


俺に何ができる?今、飛月が戻ってこれるように、戻ってきたら何もなかったと、これ以上飛月に背負わせないように、俺に何ができる!?

今、俺にできることはただ一つ!あいつがどこにも行かないように、遠くへ行かないように、これ以上人を殺し続ける罪を背負わせないようにするために俺が受け止めきってやる!


「オラッッッッッッッッ!!!!!!!!」

俺は右腕からシールドを展開させて飛月の攻撃を受け止める。飛月の身体が出来る限り傷つかないように固くないシールドを展開する。

飛月が拳を放つたびに割れ、そのたびに展開する。


「飛月!お前が今まで守ってくれてたんだよな!?ごめんな。全部背負わせて・・・・・・もっと早くに気づいてやれなくて。不安だったよな!?辛かったよな!?」


「・・・・・・アアアアアア!!!!!!」

シールドが壊され、俺は何度も展開する。金色の鎧がだんだんと錆びたような色になっていくのがわかる。


「もういい・・・・・・もういいんだ飛月。ありがとう!」

心の底からの感謝。その身を変えてまで俺たちを守ろうとした心の恩人に。


「だからこそ!お前をここで止めないといけない!これ以上、人を殺させやしない!人間を辞めさせやしない!」

何度も拳を打ち込まれ、シールドが破壊される。俺は何度も作る。鎧の輝きがなくなっていくにつれて自分の気力に満ちた感覚がなくなっていくのがわかる。エネルギー切れが近い。だけど、そんなことはどうでもいい!


「帰ろう、飛月。帰ったまた一緒にゲームでもやろう。またいつもみたいに楽しくさ。人を殺してもう後戻りできないかもしれない。だけど俺も一緒にいるから。次こそ俺も一緒に背負うからさ・・・・・・」

だから・・・・・・だから頼むよ。


「戻ってきてくれ、飛月!!!!!!!!」

飛月が飛び上がり、右腕に紫色のエネルギーを纏わせながら俺に向かって突っ込んできた。

俺の金の力はもう尽きようとしていた。

シールドはあっけなく壊され、割れた音と共に俺の腹にズシンと重たい一撃が入る。その衝撃は背中まで響いた・・・・・・いや、背中の中に冬の冷たい空気が入ってきている。



・・・・・・寒いな。

どうやら飛月の一撃は、俺の身体を貫いたようだ・・・・・・


「あ・・・・・・あ・・・・・・」

全身から力が抜けていく。完全にエネルギー切れのようだ。それと共に俺の身体は貫かれた激痛に見舞われることになった。脳が痛みに対するキャパを超えたのだろうか、視界が不自然に点滅している。

口元に流れてくる血が喉にへばりつき、咳込みそうになるが腹がもうないため咳のしようがない。立っているのももう限界だ・・・・・・

俺は死ぬわけにはいかない。飛月にこれ以上罪を背負わせるわけにはいかない。

それと同時に、飛月を行かせてはならない・・・・・・

俺は力の限り、飛月を抱きしめた。この腕を放してしまったら飛月はまたどこかへ行ってしまう。そんな気がしてならない。


「飛月・・・・・・!ひ・・・・・・つき・・・・・・」

俺は完全に意識を無くしてしまった。

でも、どうか俺よ、その腕だけは絶対に離してくれるな・・・・・・


野球の中でバッティングというものは俺にとってずば抜けて面白く、楽しいものである。

野球は他のスポーツと違って投げる、走る、打つといった様々な技法が試されてくるもので、俺はその中でもずば抜けて打つ、打撃に優れていた。学校から帰ってきてはすぐに素振りをして豆を作っても素振りをしてバットのグリップが血で染まることもよくあった。

痛かったけど、その分たくさん結果を残すことができた。あれだけが俺の人生での成功だと思っている。


だからこそアルトに見てほしかった。褒めてほしかった。

だから今日はアルトとバッティングの練習をしています。今日のメニューはトスバッティング!

これは相手にトスを投げてもらってネットに打ち返す練習!他のバッティングの練習とは違って飛べすことが目的じゃなくて、バットの芯でボールを捉えられるようにする練習なんだ!

アルトのトスは優しくてとても打ち返しやすい!バンバンとバットの芯に当たってとても爽快感がある。

アルトが何か俺に言っているみたいだけど何も聞こえないや・・・・・・もうちょっと大きな声で言ってよ、アルト。

どうやら次が最後の一球のようだ。俺は思い切りバットを振り、ボールをネットに返した!だけど、勢いが思ったよりすごかったのかネットが切れてしまった・・・・・・

でもこんなこと初めて!きっとこの調子で打席に立てたら俺はホームランを打って活躍できること間違いなしだ!


「見てたか、アルト!?ほらネットが切れるぐらいの打球!すごいでしょ!?アルト・・・・・・!アルト・・・・・・?え、どうしたのアルト?なんでそんなに血を流しているのアルト?ねえアルト?ねえって!」


「ねえって・・・・・・ば・・・・・・」

気が付けばネットもバットもボールも消えている。辺りはすっかり真っ暗になっている。

右腕に重いものがぶら下がっているのか、俺のバランスを崩してしまった。

その拍子に俺の腕に在った重い物がグシャリと音を立てて地面に落ちた。何だったのだろうか?

俺は腕を怪我していないか確認する。血だらけだ。だけどどこも痛くない。じゃあ誰の血だろうか・・・・・・?


ふと俺は足にある感覚を覚えた。生暖かい液体に足をツッコんでしまったような感覚。

裸足のせいか、よりその生暖かい液体の感触が肌を伝っていく。

俺はそれを見た。それは血だまりであった。その血だまりの真ん中には先ほどまで遊んでいたアルトが・・・・・・


「あ・・・・・・ア・・・・・・!!!!!!」

俺は叫んだ。またやってしまった!また繰り返してしまった!

流れを変えることができたかと思った。負の連鎖を断ち切ることができたかと思った。だが、変えることができなかった!変えられなかった!

俺は気が動転してしまったのか、それともアルトを殺してしまったショックなのかはわからないが意識を抑えることができなかった。







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