第36話 焦燥
焦燥
もう何も見たくない。聞きたくない。もう嫌だ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
助けられなくてごめんなさい。弱くてごめんなさい。意気地がなくてごめんなさい。
俺はあなたみたいにはなれない。
もう怖い。もう見たくないんです!嫌なんです!誰か助けてください!
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は・・・・・・一体・・・・・・?
周りを見渡すとそこは薄暗い部屋の中。日の光も月のうっすらとした輝きも入ってこない地下世界。電球の明かりはうっすらと輝き、どこか牢獄のような雰囲気を漂わせている。
その部屋にある小汚く、いつ崩れ壊れてもおかしくないベッドの上で俺は体を横にしていたのだ。
ここは、俺が生まれた・・・・・・いや作られた部屋だ。
つまり世界政府の残党が管理している研究所であって、俺がここにいるってことは・・・・・・
「え・・・・・・?戻った・・・・・・?」
俺はしばらくの間ぽかんとしてしまった。
そうだ、今の日付は!?今日は何年の何月何日だ!?
俺はすぐさまベッドの近くにある机に置いてあるであろう電子時計を確認した。
2025年 6月 5日
・・・・・・やっぱりそうだ!戻ってきている!
でもなんでだ?何故俺は戻ってきたのだろうか?
刹那、頭の中に惨劇がよぎった。
「ウッ・・・・・・ガハッ、ゴホッ!ゴホッ!アアア・・・・・・」
強化人間の襲撃、立花在人・・・・・・アルトさんが俺はかばい亡くなった。五代さんもスーロの殴打で首を折られ亡くなった。鮮血に染まった組織の床、はみ出る臓物、死体となった人の身体の重さ、瞳孔の開き切った目、骨の折れた音、衝撃による痙攣・・・・・・・その場面がフラッシュバックを起こし、俺は胃の中にある物を吐き出してしまった。
というものの、全く食事をしていなかったので出てきたものは緑色の胃液だけであったが・・・・・・
「・・・・・・!」
何故あんなことに・・・・・・俺がいけなかったのか?俺があの時飛び降りなければ・・・・・・
俺の中に後悔と自分に対する怒りがこみあげてくる。
「クッ・・・・・・アアアアアアアアア!!!!!!」
俺は感情に身を任してベッドに向けて左拳を下ろそうとした。
だが、俺の左腕に今までなかったような重さがあった。
「・・・・・・なにこれ?」
その左腕には黒い骨のような籠手があった。そして、俺の手の甲に当たる部分に、黒い玉がついていた。
これって・・・・・・まさか龍玉!?
でも、存在が確認されているのは赤と橙、黄と緑だけのはず!
でも、何故今になって黒の龍玉が出現した?これは一体なんだ!?そして、何故俺を選んだ!?
今の一瞬だけで前の6月5日とは全く異なる状況に陥り、脳は麻痺思考になっていたが、懸命に俺のやるべきことを考えようと、意識だけは保った。
「守る・・・・・・目的・・・・・・戦う・・・・・・」
そうだ!そうだった!俺はあの時、リードから謎の三角錐の物を奪って、未来を取り戻すことを受け入れたんだった!
『受け入れる』ってどういう意味なんだろう?
まず、その物体はどこにあるのだろうか・・・・・・?
俺は部屋の周囲を歩いて探してみたが、見つからなかった。
「あ・・・・・・」
歩いている最中からポケットの中に違和感があると思っていたが、その中にそれはあった。
うっすらと紫色に輝くそれは、不気味ではあるが宝石のようにどこか人を魅了してしまうような光を放っていた。
「これって、結局何なのだろう?」
いや、それより待てよ。時を戻したってことは俺の身体はどうなっているんだ!?
同じ時間、同じ場所に同じ人間がいていいのか?
それに、俺がこの物体を持っているということは肉体そのものがこの時間に戻ってきているということになる。
じゃあ、俺は同じ体で同じ心を持ったままということか・・・・・・
仲間の死によるストレス、自分の責任・・・・・・
それを思うと心臓が人間の身体だった時までなかった熱さを発し始めた。
「・・・・・・ッ!」
第二世代型の強化人間は負の感情が強まれば強まるほどにその力を増していく。だが同時にそのコントロールが効かなくなり完全にその負の感情に呑み込まれてしまう。
酒に酔うということと同じだと、以前スーロが言っていた。
自制の聞かなくなった強化人間は自分の周囲にある物すべてを本能のままにしてしまうと・・・・・・
このままもし、12月24日のような惨劇を繰り返してしまったら俺は完全に強化人間になってしまう。
「いっそのことここから逃げてしまおうかな」
思ったことをつい口にしてしまった。だが、それではこの星の人間は半年後に全滅してしまう!
アルトさんや龍治さん、みんなが守ろうとして戦ってきたものが全部なくなってしまう。
俺が初めて人と過ごしてきて楽しいなと思った・・・・・・幸せだなと思ってきたあの居場所も全部なくなってしまう・・・・・・
そんなの嫌だ!認めたくない!
ならば、やるしかない!
俺が・・・・・・俺の手でこの星の人間の滅びを回避する方法を探し出してやる!
だけど、最初はどうしたものか・・・・・・
12月24日・・・・・・リードとスーロが強化人間たちと攻めてきた。その強化人間たちは第三世代と呼ばれていて、俺の後輩型に当たる。そしてそれらは俺を作った際の研究データをもとにして作られている可能性が高い。
第三世代の強化人間が作られなければ、12月24日の惨劇は回避できる。
「なんだ、簡単な事じゃないか」
つい笑いが零れてしまう。
結論はいたってシンプルなもの。この研究所を跡形もなく徹底的に破壊してしまうということだ。
それならば第三世代の強化人間は作られない!
俺はできる限りマイナスなことを考えて、エネルギーのようなものを体内に発生させる。
それをアルトさんがやっていたように体に纏わせてみようと思ったのだ。
失敗すれば、完全に人ではなくなってしまう・・・・・・だけどやらなきゃ!
身体は黒く変化し、ところどころに緑と黄色の縞模様が浮き出てくる。
視界が一瞬だけ緑色に染まったが、すぐに人で在った頃は見切ることのできなかったものまで見えるようになった。
「ふうっ・・・・・・成功した」
いつもの戦いのときよりも力の出力が圧倒的に上がっている。この力であれば、きっとアルトと引けを取らないだろう!
「あ、あれ・・・・・・?」
身体が少しふらついた。まだリード達に身体を調整されていない状態でここまでの出力を出してしまったから身体への負担が大きいようだ。
だが、ここまでの負の感情を以てしても完全に強化人間になることはなかった。
始めてここまでの力を出しておいて、立ち眩み程度で済むとは思っていなかった。
俺以外の何かが必要以上に負の感情の出力を抑えてくれているような気がする。
「もしかして・・・・・・」
この黒い龍玉が抑えてくれている?
「いや、まさかな」
黒の力がどういった力なのかわからない以上、そのような効果があることを確信してはいけない。
頼りすぎていてはきっと自分で制御することをしなくなってしまうだろうから。
「よし、やるぞ!」
俺は負の感情から湧き出てきたマイナスエネルギーを応用して、俺を中心とした爆発を起こした。
正しく言えば身体に纏い、放出をしていなかった莫大なマイナスエネルギーを一気に放出させただけなのだが、効果はてきめんであった。
俺がいた部屋はあっという間に崩れ、上の方から建物が崩れていく音が聞こえてきた。
全身の力が抜けて、纏っていたエネルギーが消えていくのを感じる。
爆発のせいで地盤が壊れてしまったのか、揺れが激しいことになり立っているのが難しくなってきた。
「あ・・・・・・ヤバ」
考えてなかった。地下で爆発なんて起こしたら生き埋めになってしまうことを・・・・・・
俺は急いで手を変化させて爆発で生じたヒビの入っている壁を破壊して、土を掘り続けた。
・・・・・・何とか出ることができた。
周囲は完全に森の中。夜のせいで本来なら何も見えないところだが、俺の強化人間の性質上、目に特化したものなので視界の暗さなど関係なくよく見える。
まさか15歳になってまで穴掘りをすることになろうとは思ってもみなかった。全身土だらけである。
研究所は完全に崩壊。中にいた研究者たちももう生きてはいないだろう。
・・・・・・仕方ない。仕方がないんだ。
気にしている場合ではない。俺はみんなの未来のために戦うんだ!
アイツらが生きていたら、人間たちが滅ぶきっかけになってしまう。
「さて、次は・・・・・・」
俺は闇にまぎれながら次の目的地へ向けて走り出した。
3時間ほど走ってようやくたどり着いた。
研究所からの道を全く知らなかったのでただひたすらに見覚えのある場所を求めて走った結果、相当の時間を費やすことになったが無事につけることができた。
5階建てのマンション。八咫烏の寮である。
強化人間になって運動する時の疲労感は一切なくなっていたので疲れこそないが、走る速さも人間離れしてしまっているため、人に見つからないようにするには夜遅い時間に行動するしかない。おまけにこの黒い龍玉をリード達はどのように扱うかわからない以上見られるわけにはいかない。
もうそろそろ日が昇ってくる。
龍治さんは日ごろから朝になると走っていると聞いていた。7月5日のUFO襲撃より前は特別やることがなかったため寮でしっかりと睡眠をとれていたことも話していた。
もしそれが本当の話ならそろそろ寮から出てきてもおかしくないはずだ。
寮の入り口から大きな人影が見える。
間違いない、龍治さんだ!
「ん、君は・・・・・・?」
龍治さんは俺の顔を見て不思議そうな表情をする。
「あ、えっと・・・・・・」
しまった!戻ってきていることが事実なら、龍治さんは俺のことを知らないんだった!組織に潜伏したときはスーロが俺をどこかに捨てて、それを拾われたんだっけ・・・・・・
もう、試してみるしかない。
「だ、大道龍治!」
「・・・・・・!何故俺の名を知っているのだ、少年!?どこかからの回し者か!?」
龍治さんはその場で低くして構える。うーん、まあこうなるか。じゃあもういっそこと全部話してしまおうか。
「俺は、これから起こることのすべてを知っている。話を聞いてくれるか?」
「・・・・・・?」
俺はとりあえず12月24日までにあったことをすべて話してみた。
「・・・・・・一体何を信じればいいのやら」
龍治さんは頭を抱えている。それもそうだろう、急に目の前に見知らぬ少年が現れてきて、これから先の未来でそんなことが起きますよなんて言ったところでにわかには信じられないだろう。
「君は世界政府の残党により作られた強化人間で、今後俺たちは『立花在人』という青年と出会う。その青年が星の抑止の力を持っていて、俺は龍神の遣いとしての責務を果たすために戦うと。その相手はかつて俺が倒した獣のような奴と、謎の紫色の化物。スーロやリードといった世界政府の残党の人間はこの星の人間ではなくティリヤ人という宇宙人で、12月24日に俺たちは負けて、抑止が暴走して人類が抹消されると・・・・・・そして、君はその紫色の物体でどうやってかはわからないが今日という日に戻ってきたと・・・・・・すまん、頭がいっぱいになってしまった」
「こちらこそごめんなさい。急に言っても信じられないと思いますが、それが今まで見てきたものすべてです。どうか、力を貸してくれませんか?」
俺は頭を下げる。今まで大人に下げるのは謝罪を要求されてきたときが大半だったが、お願い事をするために下げたのは初めてだった。
まず、俺が頼みごとをできるぐらい頼もしい大人はこの人ぐらいしかいない。
だからこの人が頼みの綱だ。とりあえず八咫烏へ入隊し、そこでアルトさんを待ってまた戦って・・・・・・
「力を貸すのなんてあたりまえじゃないか、君が嘘を言っているようには思えないし、それにその紫色の物体は調べれば何か有効な事に使えるかもしれないからな。もう行く場所がないなら、うちに入るといい。役職は・・・・・・戦闘員になってしまうがいいだろうか?頼もしいのが一人いるからきっと心強いぞ!」
龍治さんが依然と変わらない笑顔で俺を歓迎してくれたようで俺の方へ手を出してきた。その手を拳ではなく広げられた、握手を求めるものであった。
俺はその手を強く、強く握りしめ、戦い抜く決意を決める。
「はい、よろしくお願いいたします!」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え・・・・・・?」
そこは薄暗い部屋、周囲は牢獄のような殺風景で・・・・・・
「なんで・・・・・・?」
俺はまたしてもその部屋にいた。その部屋のボロボロのベッドで横になっている。
手には龍治さんと固く、強く握手を交わした後が残っている。
「どうして・・・・・・一体何があった?」
ポケットの中の紫色の物体がいつもとは違った光を放つ。
俺は急いでそれを取り出すと三角錐の頂点から一本の光を放ち、その光は壁に当たった。
光は壁に広がり、スクリーンのように何かを映し出した。
それは道路。人だかりができている。その真ん中にだれか、男の人が倒れている。
買い物袋が近くに転がり、その男の人の近くで座り込み、青ざめた表情をした少女がいる。
それは、その人は紛れもなく・・・・・・
「うわあああああああ!!!!!!」
顔はひどく変形していて、体中に血がついている。
だけど、その服と変形しきっていない顔に見覚えがあった。
「ア・・・・・・ルトさん・・・・・・?」
次にスクリーンに映し出されたものは走る車、先頭部分に鮮血がこびりついたその車は猛スピードで道路を疾走する。
そして、その運転手の顔が映し出された。
今すぐ狂喜乱舞を起こしてしまいそうなほどに顔が狂い切っていたその男は・・・・・・
「・・・・・・スーロッッッッッッ!!!!!!」
あの男がアルトさんを殺したというのか!
そして最後に濃い紫色の画面になり、白い文字が映し出される。
『6月8日 立花在人 スーロにより殺害』
「ふざけるなッッッッッッ!!!!!!」
俺はベッドの近くの壁を思いっきり殴った。
殴った壁は一気に凹み、部屋中に轟音を鳴らした。
だけど、どうやって彼がティリア人の敵だとわかったのだ!?
彼らは八咫烏にアルトさんが入ったことを知ってから俺を組織に送り込んだはず・・・・・・
何故だ!?どうやって知ったのだ!?
俺は怒りに任せて再び研究所を破壊した。
「クソッ・・・・・・クソッ・・・・・・」
俺は走った。逃げるように走った。
何から逃げているのだろうか、自分の失敗?殺してしまったことによる責任?救えなかった自分の情けなさ?
もうわからない、けど怖い。またしても俺はあの人を殺してしまった!助けられなかった!
どうすればいいんだよ・・・・・・!
三回目 八咫烏と接触せず、森の中で生活。木を削って日付だけは確保する。12月24日抑止暴走。
四回目 八咫烏と接触、事情はすべて隠して匿われるような形での入隊となる。10月30日 村田夫妻の農場関係者、桜田千世がスーロにより殺害される。アルトは怠惰の獣に敗北し命を落とす。抑止暴走。
五回目 怠惰の獣の弱点を発見 10月30日を超える。12月25日 交渉決裂 リード、桜田千世を拉致、アルトを殺害。抑止暴走。
六回目・・・・・・12月24日
「立花在人、私と協力してヤマタノオロチをたおしてくれませんか?」
「ヤマタノオロチ・・・・・・?」
五回目にはそんな言葉出てこなかったぞ!一体何なんだそれは!?
「期限は明日まで、どうか良い返事であることを期待していますよ」
「おい、リード」
俺は組織から出ていこうとするリードを止めた。今のうちに聞いておきたいことがあるのだ。五回目は流れが一気に変わって動揺したせいで聞けなかったことを!
「なんですか、ジェラ?今更戻ってくる気になりましたか?それでも、私にはあなたは必要ありませんがね」
「そんなことはどうでもいい。お前、俺の身体に何か入れ込んだか?」
「嫉妬の力以外にですか?もちろん埋め込んでありますよ」
あたかも当然のようにリードは言い放った。
「君がどんな行動、どんな発言をしているか。それによって負の感情の出力がどうなっているのかをね。だから君の言動はすべて包み隠さず伝わってきているんですよ、ジェラ」
「なっ・・・・・・」
んだと・・・・・・!だから二回目でアルトさんの存在がばれて抑止との接触を前に殺したというのか!
「おっと、取り外すなんて無謀な事を考えない方がいい。そのデータを収集し我々に届けているのは君の脳内に埋め込んだチップです。流石に強化人間と言えども脳を下手にいじれば死は避けられませんからね。死にたくなかったらやめておきなさい、ジェラ」
脳内にチップ・・・・・・全く分からなかった。
下手にいじれば俺は死ぬ。だけど、それを取り除かない限りこちらの情報をすべてリード達に流れることになる。
「じゃあ、これは一体何なんだよ?」
俺はポケットの中から例の物体を出して、リード見せる。
「な、何故それを君が!?」
リードが見たことないほどに動揺している。どうやら相当の物のようだ。
「なぜです!?『引き寄せの法則』の物質化は私にしかできないはず!何故です、ジェラ?!」
「『引き寄せの法則』?それは一体何なんだ?」
「・・・・・・どうやら知らないようですね、ならばその使用用途も知らないはず。一体君が何を『受け入れて』いるかはわかりませんがあまり大事を起こしすぎるとすぐに使えなくなりますよ。それに君は『受け入れる』ということが何を意味しているのかを理解できていない。それに君は『失うことを恐れている』。引き寄せの法則は自分の意志にないものさえも引き寄せてしまうのですよ。
本来、それを防ぐために引き寄せの法則には時差が発生するものですが、これはその時差を無くすことができるのですよ。失う恐れに焦点を当てたあなたは、失うという結果を引き寄せることになる。だから望まない結果となるのです」
使えなくなる!?制限があるということか!?
それに『受け入れる』の意味ってなんだ!?俺が今までアルトさんを救えなかったことと関係があるというのか!?
「まあ何をするのかは知ったことではありませんが、せいぜい頑張りなさい、ジェラ」
六回目 12月25日 桜田千世拉致 アルトさん殺害される。 抑止暴走。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実質五回目のアルトさんの死を俺はスクリーンでまた眺める。
「なんだよ、それ・・・・・・」
この繰り返しは制限付きである。そして脳内に埋め込まれたチップを摘出しなければ情報はすべて流出してしまう。そして、そのチップは下手に取り出そうとすれば脳を損傷させて死に至る・・・・・・
「どうしろってんだよ・・・・・・」
俺はベッドの上で丸くなる。
本当に命を懸けて守るほどのものなのだろうか、人類の未来って。
どのみち12月24日か25日にはまた俺は此処に戻ってきてしまう。
全部無意味じゃないか・・・・・・
でも、この旅も制限がある。終わりがあるということだ。
アルトさんや龍治さん。また組織のみんなと枷を付けることなく過ごせるのなら、あがいてみる価値はあるかもしれない。
俺は部屋の壁につけられていた鏡の前に立ち、利き手である右手を変化させる。
左手に最近急にできるようになった緑色の傷を癒す光を纏わせる。
どうやら、古代の時代は緑の支族が使えた技のようなものらしい。強化人間となり、獣の細胞を体内に入れられたせいで体内変化が発生し、力が先祖返りのようなものを起こしたようだ。よくわからないが、今はそんな事どうでもいい。
できる限り長く、どこにチップを埋められているかを探すためにその光を使って出血量を抑える。
何故かわからないが、都合よく新しい力に目覚めたものだ。
「ハアッ、ハアッ・・・・・・」
息が緊張で上がる。俺は今から再び命を落とすことになるだろう。
何回も、何回もそれを見続けるだろう。
俺は鋭い爪を自分の頭に突き刺す。
「ガアアアアッ!!!!!!アアア!!!!!!」
身体が勝手に動き出す。明らかな拒否反応。
何よりも痛い!痛すぎる!視界が転々とする!脳内がグジャグジャとかき乱されている。
その手に伝わってくるのはやわらかい脳の感覚と血の生暖かい触感だけ。
朦朧とした意識の中、左手の光で何とか出血の寮を抑えようとしたが・・・・・・
回復は間に合わず、俺の意識は完全に消え果てた。
66回目
もう気が狂いそうだ。自分の死を何回も見させられるし痛いし辛いし気持ち悪いしグジャグジャの触感が気持ち悪いし嫌だし血だらけだしもう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・・・・
もう頼んでみるしかない・・・・・・
俺は研究所を久々に破壊して、八咫烏に接触した。
そしていろいろと悩みながら、アルトさんと、いやアルトと科学技術班に協力してもらって脳内のチップと取り除いてもらおうとした。
67回目
チップ摘出後、組織内が爆発。
俺はまたしても死んだようだ。
何故死んだのに肉体はそのままなのだろうか?いっそのこと取り除いた状態で戻してくれればいいのに・・・・・・
またやらなきゃいけないのか・・・・・・俺はもう疲れたよ・・・・・・
87回目
今までのグジャグジャの中にほんの小さな塊を発見したが、間に合わず死亡。
88回目
「・・・・・・」
取り出せた。本当に小さい砂の一石よりも小さいチップ。
頑張って踏ん張っていた足が膝からガクンと崩れる。
血と体液で染まった床の感触は生暖かく、身体の血が少なくなり冷えた体にはちょうどいい暖かさだった。
俺はすぐさまそのチップを壁に投げる。チップは爆発を起こし壁に大きな穴が開く。
俺は爆風側の身体だけを変化させて難を逃れた。
「もうここまで強化人間になっちゃったか」
今の俺は相当の負の感情を背負っているのか、ほぼ全身を強化人間態にすることができるようになっていた。
「人間でいられるのも、もう少ない・・・・・・それに『引き寄せの法則』がいつまで持つかもわからない」
急がないと!
俺はチップの存在がわかる前のように八咫烏に接触し、12月24日と25日の対策を練ることにした。
12月25日 アルトとリードが戦闘。アルト、殺害される。抑止暴走。
89回目
チップの摘出に成功。一回でも取れてしまえば感覚でどうにかすることができた。それでもやはりビギナーズラックというものは存在するのだろうか、88回目よりも時間がかかったように思える。
今回の考えとしては、リードに何も言わずに『引き寄せの法則』だけを見せる。
そして『引き寄せの法則』は実用可能であり、持続性の実験も俺の繰り返しを以て結果は出ていることをあいつに伝える。
スーロ以上に人間らしく、察しの良いあいつならすべてを悟り、うまくいけば新たな可能性を求めてこの星から出ていくかもしれない。
元々あいつの目的はこの星の人類の進化の可能性の観測と自身の『次元上昇』というもののために『引き寄せの法則』を利用するということであったはずだ。そしてその法則の実験を『銀河連邦』という組織に加盟できていない『安全』なこの星で実験を行うというものであった。その実験をすでに行った被験者がいるとなれば今後の計画を変えざるを得なくなるだろう。
問題なのはアルトがスーロを倒してからはヤマタノオロチ討伐にアルトを使い、相打ちにさせ、いずれ邪魔者になる五代さん率いる『五代組』などの龍女を全滅させることも目的であるようだ。
12月25日の取引はアルトさんの身柄の引き渡し。『引き寄せの法則』の実験成功とヤマタノオロチ討伐、
どちらに天秤が傾くか次第でアルトの生死が変わってくる。
本当に要求が多くて面倒なやつだ。強欲の名にふさわしいほどの貪欲に呆れを通り越して敵ながら若干の経緯さえ払いたくなるほどである。
そのヤマタノオロチ、俺は89回の繰り返しの中で未だに名前しか知らない存在であるが、リードが警戒するティリヤ人の王であることだけは知っている。それをどう対策していくかはみんなで考えよう。そして、25日を無事終えられたら伝えよう。俺の正体を。
12月24日
「おや、ジェラ。何か用ですか?八咫烏の情報を流せとスーロに言われていたはずなのに情報を送らず、おまけに埋め込んだチップさえ取り外している。アナタ、何故生きているのですか。」
「・・・・・・」
「・・・・・・ほお!これは驚いた!そうかそういうことだったのか!ッハハハハハハ!!!」
「わかりましたよ。何故君の本質である『未来』が歪み濁って見えたのか!そうか、そうだったのか!どうやら私の実験は成功していたようですね!いいでしょう、立花在人の身柄はそちらにお預けいたします。抑止の力を持ったシュラバを継承した立花在人を使ってヤマタノオロチ討伐を試みようと思いましたが、私はまだわが身が可愛い。つまり死にたくないのでこの星から離れようと思います。時期にヤマタノオロチはこの星に君臨し、すべてを喰いつくすでしょう。せめて桜田千世だけでもと思いましたが、それではシュラバ、立花在人は間違いなく私と対立し、殺し合うことになりますからね」
・・・・・・やはり気がかりだ。何故そこまでチヨさんにこだわるのだ?
古代文字の暗号を解読できるからだろうか?それとも他の理由があるのか・・・・・・?
聞いてみて・・・・・・いや、今下手にリードを刺激すれば25日を超えられる可能性が大幅に下がってしまう・・・・・・
やめておこう。ここは穏便にことを済ませるのが一番だ。
「それと、ジェラ。君はそろそろ限界が近いんじゃないのかい?その黒い腕にある龍玉がどのような力があるかはわからないが、負の感情のコントロールや『引き寄せの法則』の限界、二つの限界が迫ってきているようだ。何をしたいのかはわかりませんが、まあ頑張りなさい。さらば、ジェラ。いや、飛月未来君。君の未来が輝かしい物でありますように」
リードはそう言い残して、新八咫烏部隊と共に組織本部から姿をけしていった。
「・・・・・・頑張りなさいか」
どうにも憎めないやつだ。スーロの目的である復讐と違ってあいつは『追及』したいだけなのである。まるで自分の夢を追い続ける人類のようである。いや、もしかしたら宇宙人にも俺たちと同じように夢を見る人がいるのかもしれない。
そんなことを想いながら俺はもう一度本部の会議室に戻るのだった。そして運命の12月25日。俺は無事にその日の夜を迎えることができた。
そして、久々に自分が強化人間であることをみんなに伝えた。反応は三者三様であったがみんなが俺のことを受け入れてくれた。だけど、俺が一度死んだ話をしたときはアルトさんはひどく落ち込んでいるように見えた。昔そのことを話したときは抱きしめて受け入れてくれていたのだが、反応が意外なもので驚いてしまった。
アルトさんが災害孤児であり、様々な人の死を見てきたことは知っていた。そしてその心の闇を包み隠すように明るく振る舞っていることも。
しかし、やはり寿命のこともあるのだろうか。死のことはタブーにしておかねば。聞かれたら答えるというスタンスにしようと反省した。
そして、俺はその日。久々にゆっくり寝ることができた。
次の日
目が覚めた。カーテン越しに入ってくる朝日の光。強化人間となり、光に敏感になってしまったのでいくら夜更かししようとも光を受ければ目を覚ましてしまう。
いつもは未来への不安で考えることがいっぱいの朝。何度も同じように迎えてきた朝だったが、今日の目覚めは今までにないぐらいスッキリとハッキリとした目覚めだった。
俺はゆっくりとベッドから身体を起こし机の上に置いてあるスマホの画面を見る。待ち受け画面に映るのは生前の思い人。画面越しの笑顔と共に俺の目に入ってきた文字と数字。
12月26日 7:05
「あ、そうか。俺、超えられたんだ」
自然と口に出てきたのはその言葉であった。人生で15回目になる12月26日。だけど、俺はこの日をどのぐらい待ち望んだことか・・・・・・
「・・・・・・ッ」
不意に俺の目から涙が落ちる。それは今までの恐怖や怒りのものではなく、歓喜の涙であった。
俺は勝ったのだ。初めて運命に勝つことができたのだ。
思ったよりも気持ちをため込んでいたのか、コップにあふれた水が零れ落ちるように涙がなかなか止まらない。たまにはいいだろうか?頑張ったからいいだろうか?心のままに泣いてしまっても。きっと咎めるものはいない。俺を叱ったり殴ったりする人はいない。泣いてしまおう。喜んでしまおう。俺は初めて、生まれて初めて自分の意志で物事をやり通すことができたのだから!
40分ほどずっと泣き、俺はようやく落ち着くことができた。今更ながら隣にはアルトとチヨさんが住んでいるので声が聞こえていたら恥ずかしいなんて思い始めてきた。まあそれならばそれでいいだろう。今の俺は羞恥心よりも達成感にあふれているのから大丈夫。
組織本部への集合は基本8時からなので一度俺は顔を洗い、歯を磨き、着替えて少し急ぎ目に寮の部屋を出た。
「お、飛月。おはよー」
部屋を出てばったり鉢合わせしたのは、アルトだった。
昨日、俺がデリカシーもなくデリケートな話をしてしまったためにかなり気分を落とさせてしまったことを思い出した。
だが、今日のアルトはいつも以上にご機嫌そうな顔をしていた。
「おはよう、アルト」
いつものように挨拶を交わす。本当に普段通りだ。一か所を除けばだが。
「アルト、それは?」
俺は視線である場所を見てアルトに察してもらう。それほどいつもと違っているものを身に着けているのだ。
「ああ、これか?いいだろ~。昨日の夜にチヨがクリスマスプレゼントだって俺にくれたんだ~。チヨが!チヨがくれた!」
「強調しなくていいですから」
「だって!だって!俺は、あいつの保護者として嬉しくて、嬉しくて~」
満面の笑みと共に首元につけた純白のマフラーを見せつけてくる。
幾度たる繰り返しの中でそのマフラーを見たのは今回が初めてだった。チヨさんがアルトに送ったマフラーこそが俺が12月25日を超えたという物的証拠になるのだろうと勝手に解釈してしまう。だが、それ以上にその笑顔が俺の心に響いてくる。
本当に幸せそうだ。アルトのその笑顔だけで俺は頑張ってきた甲斐があったと思える。
何だか、また感極まって少し涙が出てきてしまった。
「・・・・・・飛月?」
アルトが心配したような顔で俺を見てくる。
「大丈夫です。俺は・・・・・・」
15年間の人生の中で一番幸せですから・・・・・・
大切な人の未来を守れるってとても素晴らしいことなんだ。人は未来を創るために何かを積み重ねて懸命に今日という日を生きているんだ。
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