第35話 許容

               許容


許しこそが最大の救済である。故に人は自己の行いも他人の行いも許容する必要がある。そうすれば自ずと願いは叶うものだ。

以前、リードがそんなことを言っていた。正直、意味が全わからなかった。

そして一体どんな意味があって俺にそんなことを言ったのだろうか?全く見当がつかない。

俺はすべてが許せない。俺や母親を残して勝手に死んだ父親が許せない。虐めてきたやつらを許せない。必要としてくれなかった人たちが許せない。俺をこき使った大人たちが許せない。母親をあそこまで追い込んだ労働のシステムが許せない。園田さんを奪ったあの男が許せない!母親を追い込んでしまった俺が許せない!勝手に死んでしまった俺を許せない!今も尚何もできない俺が許せない!

・・・・・・ハアッ、園田さんに関しては別に俺の物でもないのに何考えちゃってるんだろ。

許容こそが解放。行いを許せないと憎しみを生み出す種となる。憎しみは自己を殺める起爆剤だ。

今、なんとなくそんなことを思いついた。本当になんとなくだけど、リードの言っていたことが理解できた気がして、少し賢くなったなと心の中で喜んだ。


8月30日

この組織に潜入して早くも一か月近くが経とうとしている。

しかし、何か手掛かりが見つかるわけでもなく何もせず繰り返される日々を過ごしている。

でも、どうしてここの組織に潜入したときにリードは連絡が一切取れなくなると言っていたのだろうか?せめてそこだけは何とかしてもらいたかったところである。じゃないとせっかく潜入したのに何をしたらいいかわからないからである。


・・・・・・暇だ。

ゲームも面白いが、一人でやっていてもあまり面白みがない。アルトさんとやっている時の方が一人の時よりも何倍も楽しく感じる。

そんなアルトさんだが、今はトレーニング中のようだ。曰く、『皆と日常を守る』だそうだ。

そう言いながら微笑むアルトさんはあまりにも輝きすぎていて、目がつぶれてしまいそうだった。

しかし、ここは政府機関の秘密組織って言っていたから何か重要な事があるように思える。

ますます疑問になるものだ。どうしてリード達は大道龍治とこの組織を敵対視しているのか?特別邪魔をするような人たちには見えないんだけどな・・・・・・

まあ考えていても仕方ないか。いつものように組織の中を歩いていれば何か重要な事が見つかるかもしれない。

俺は寝っ転がった体勢から身体を起こし、客間から出て廊下を歩くのだった。


・・・・・・やはり壁しかないよな。

いつ見ても変わり映えのない青と白い景色。いい加減おかしくなりそうだ。

本当にここにそんな重要なものがあるのだろうか?


・・・・・・ふと、なんかイライラしてきた。今すぐここを制圧してもいいかもしれない。確かに大道龍治は見た目だけは強そうだが優しすぎる。それに他の職員に関して言えば戦闘能力は恐らく皆無。

彼らを人質にして大道龍治を何もさせない状態にする。そのうえで手段こそないがリード達と連絡を繋ぎ、仕事は完了である。

良し、それでいこう。とりあえずこの見るのに嫌気がさしたこの壁の破壊からにしようか!


・・・・・・でも、実行してしまったらもうアルトさんと遊べなくなるのか。

彼のことを知れば、園田さんのことももっと知ることができたかもしれない。それに彼と遊んでいる時が一番自分を出せている気がする。

・・・・・・仕事、放棄したらどうなるのだろうか?

怒られてしまうのだろうか?また殴られてしまうのだろうか?それは嫌だ。痛いのは怖いし、大人に敵意を向けられることがもう俺にとって恐怖なのだ。

怖い。怖すぎる。俺をそんな目で見ないでくれ。俺も一緒に話をさせてくれ。

俺は怖さのあまりについしゃがみ込んでしまう。


「・・・・・・フウッ」

俺はどうすればいいのだろうか?このジレンマを抱えて、俺にどうしろというのだ・・・・・・

刹那、とてつもない轟音と共に目の前の壁が破壊された。


「ウオアアアアアア!!!!!!」

今の今まで悩んでいたことがその轟音と共に吹き飛んでしまった。

しかし、危なすぎる!しゃがみ込まず、数歩先を歩いていたらこれに巻き込まれていた!

少なくとも強化人間だから死ぬことはないだろうけど、見るからに分厚そうな壁を破壊するほどの何かの威力。ただでは済まなそうだ。


「やっべ!力入れ過ぎた!巻き込まれた人いないか見てくる!」

壁の中から声が聞こえてくる。聞きなれた声だ。


「えっと、誰もいない・・・・・・いや、いた!」

やっぱりそうだ。この声はアルトさんの者であった。


「飛月!大丈夫か!?怪我とかしてないか!?」

アルトさんが今まで見たことないほど焦っている。俺の前身を素早く動いて見つめている。

しかし、この動き明らかに人の挙動を超えた速度のような・・・・・・


「良かったケガしてなさそうだな!ごめん、危ない目にあわせて。今日はちょっと張り切って特訓してたせいで・・・・・・」

申し訳なさそうに手を合わせて謝罪してくる。


・・・・・・ん?なんだその腕は!?


「あ、アルトさん!?その腕・・・・・・」

なんだそれは!?今のアルトさんラフな格好にそぐわないほどに主張の強い黄金色。何か籠手のようなものだろうか、厳ついデザインだ。


「え、腕?・・・・・・アアアアアアアア!!!!!!!!」

アルトさんが腕を見ながら叫ぶ。相当見られてまずかったのだろうか。


「どうしたアルト?何かあったのか、ってアアアアアアアア!!!!!!!!」

壁の穴からのそっと出てきた龍治さんも同じように叫ぶ。


「ええ・・・・・・」

一体何が何なのか・・・・・・?


慌てふためいた二人が静まり返るのを待って聞いてみることにした。


「それで、その腕は一体何なんですか?」


「「イ、イヤナニモシラナイデスケド・・・・・・」」

二人とも俺から目線を逸らしながらも一言一句同じ返答であった。いや絶対知ってるだろ。アルトさんに至っては金色の右腕を後ろに隠している。


「・・・・・・龍治さん、どうしましょうか?」


「うーむ・・・・・・見られてしまったからには仕方がない」

なんだ!?そんなにまずい物を見てしまったのか!?

ヤバい、消されるのか俺!?

というか、そんなにやばい物ならしっかり隠してから外を見に来いよ!


「飛月、ちょっとこっちに来てくれないか?」

龍治さんは俺に手で合図するように壁の中へ誘ってくる。

何かあれば最悪、強化人間になって現状を打開するしかない。とりあえず何が起きても対応できるように身構えておく。


「そんなに身構える必要ないって。別にみられたからってどうこうするつもりはないからさ」

・・・・・アルトさんが言うのならまあ信じてもいいかもしれない。

俺はふたりについていくことにした。


「ここは・・・・・・?」

一面灰色の壁に覆われた部屋。いたってシンプルな構造だ。


「特訓部屋だ。まあ殺風景な場所だけど、広くて使いやすいんだ」

アルトさんが部屋の中心の方へ歩いていく。


「龍治さん!もう見せてもいいか?」


「構わない!もう見てもらった方が早いかもしれないからな」


「了解!」

その言葉と共にアルトさんの身体が金色のオーラ?のようなものに包まれる。まるでろうそくのように周囲を照らす。


「さてと、よっと」

金色の光が晴れたと思ったら次はアルトさんの身体が宙に浮き始めた!


「ええ!?」

目の前で人が飛んでいる!?こんなことがあり得てしまうのか!?

正直言って腰を抜かしてしまいそうだ。


「どうだ、びっくりしたろ?」

満面の笑みでアルトさんが笑う。


「いやびっくりどころじゃないですって!度肝を抜かれましたって!」


「ハハッ、そうかい。んじゃあ、ついでに」

アルトさんは俺の方へ右腕を伸ばしてくる。すると俺の身体も少し金色に光ってきて・・・・・・宙に浮いた。


「ええ!!お、俺も!?な、なんで!?」


「へへ、新鮮だろ!?なかなか宙に浮く感覚なんざ、味わえないからな」

新鮮どころではないだろう!普通の人だったら経験しないってそんなこと!

アルトさんが特訓場の床に着地し、俺のこともゆっくりと着地させてくれた。


「い、一体何が起きたんですか?」

俺は何も考えることができず、ただただ思ったことを口にした。


「ん~説明がむずいな。龍治さん、お願いしてもいいか?」


「そうだな、さて飛月。急な話だが聞いてくれ。これが今の俺たち、八咫烏という組織がどういった組織かを・・・・・・」


話はとても分かりやすい物であった。

7月初旬の謎のUFOの襲撃。その一件からアルトさんが星の抑止、金龍の力を宿したこと。その力が何故アルトさんを選んだのかは未だにわからないまま。

そしてその力は様々な可能性に満ちていてその開拓中であること。飛行する力、『無重力の能力』はその開拓の副産物であること。

そしてなによりも『獣』と呼ばれる災厄をまき散らす存在がいて、それを打破するために大道龍治筆頭にこの組織が活動しているということ。そしてその獣は一度撃破していて、その張本人が大道龍治であるが、その際に紫の粉塵をもろに受けて呪われてしまい、二度と紫の力に対抗できなくなったと。獣を打ち破るほどの力を持った大道龍治之代わりとしてアルトさんが戦うことを決意したと。こういった流れだった。


「なるほどですね・・・・・・」

何だろうか、リード達がずいぶんと悪く言っていたのにやっていることがあまりに善行すぎるような気がする。

これのどこに計画の妨害があるのか皆目見当がつかない。


「まあ、俺もよくわからないけど、とりあえずやつらがいるとたくさん不幸なことが起きる。災害で日常がまた壊されてしまうかもしれない。俺はそんなのを黙ってみていたくないからさ。俺だって最初は不気味な組織だと思ったぜ。だけどチヨの安全も確保されてるし、何より個々の組織の人たちはみんな優しいからさ、居心地がいいんだよ」

アルトさんが嬉しそうに微笑みながら言う。

しかし、ずいぶんとぶっ飛んだ話である。星の力に災厄に立ち向かう組織。一般人が聞いたら全く信じられないような絵空事が羅列しているのだから俺が今この人たちのことを信じなくてもたいして違和感はない。


だけど、俺も一度死んで強化人間として再び生を得た身である。それだってかなり理屈やら常識から逸脱しているから、彼らを信じない道理もない。


・・・・・・待てよ。そういえば以前、この組織に来る前にリードが大道龍治以外に邪魔者がいるみたいなことを言っていたな。

それがアルトさんの星の抑止の力であったならば、ここで一戦交えて情報を集めておけば、リード達が迎えに来た時に役に立つかもしれない!

ならば、やってみるしかないな。


「あ、あの・・・・・・」

俺はわざとらしくたじろきながら話をしようとする。


「どうした、飛月?何か聞きたいことがあったか?話せることなら何でも答えるが、他の人には言ってくれるなよ。いろいろと面倒なことになるからな」

やはりここの情報は一般に流してはならないほどの重要な機密事項なのか!

一層やらなければ!大道龍治以外の戦闘力であろう立花在人の実力を知っておけば、事を優位に進められるかもしれない!


「お、俺・・・・・・ずっとこの組織で世話になりっぱなしで、何もできていなくて・・・・・・」


「おお、急に話が変わったな。構わないさ。人を守ってこその俺たちだからな」


「いえ、そうではなくて。もしかしたら、俺も皆さんの役に立てるかもしれないと思って」

嘘・・・・・・なのか?よくわからない。

もしかしたら本音なのかもしれない。住所がわからないって前に言った時は少し胸が痛くなったけど、今はどこか開放的だ。

俺はもしかして、本気でこの人たちの力になりたいって思っているのか?


「飛月・・・・・・?何を言ってんだ?」

大丈夫。この人たちなら・・・・・・

俺は久々に力を少し開放してみた。

身体中に一気に血が流れるような感覚。全身が燃えるように熱く、今にでも燃え上がってしまいそうになる。


「ハアアアアアアアアッ・・・・・・」

身体から蒸気が出てくる。自分が思っている以上に体温が上がっているようだ。

腕が蒸気に包まれ、形が変化する。

その腕はアルトさんのような豪華絢爛な黄金ではなく、もっと歪で、野性的な剛腕。

黒く染まったその腕は鋭利な爪を備えていて、なんでも切り裂いてしまいそうなほど。腕全体にも、ちいさな棘のようなあり、一度刺さったらなかなか引きはがせないだろう。

黒い獣の腕に緑色と黄色のラインが浮かび上がる。どこかトンボを連想させるような腕と色である。

視界が一瞬だけ緑色に変わり、それが晴れると一気に視野が広がる。全体が漫画のコマのように細かくなり、視界に入る者の動作がまるでコマ撮りのように見えてくる。


「なっ!強化人間だと!?」

・・・・・・強化人間を知っていたか。やっぱりここはあの人たちと関係性のある組織だ!

じゃあ、アルトさんがスーロやリードの言っていた・・・・・・!

俺は一気にアルトさんの方へ走り出し、右腕を下ろす。

何が起きているのか状況が一切つかめないのか、アルトさんは慌てているが俺の腕は浮遊して躱してくる。


「おいおいおいおいおい!一体何が起こってるんだ!?」


「俺ももしかしたらこの組織で役に立てるかもしれない。だから見てほしいんです。俺の力を」

俺は浮遊しているアルトさんへ飛び掛かろうと地面をけり上げた。

脚力は腕力ほど強くないようだが、この高さなら余裕で届く。

俺は左腕を思い切りアルトさんに突き出す。その腕をアルトさんが金色の腕で受け流してくる。


やはり、相当強いなこの人。あの分厚い壁を破壊できるほどの力を持ち合わせているのだから当たり前か。

だけどこの場においてならば、困惑して集中できない状態のアルトさん相手なら、俺の方が強い!

俺はアルトさんが受け流しに使った腕を、右腕でたたき上げる。鋭い金属音が部屋中を駆け巡る。

正面がら空き!今なら叩き込める!

俺は突き刺すのは怖いので左腕で拳を握り、アルトさんの腹部に叩き込もうと・・・・・・


「そこまでだ!」

部屋に強風が吹く。それの発生源は一か所からであった。

いや、風なんかじゃない!これはなんだ!?圧か何かか!?

背後からの強烈なプレッシャーに、身動きを止めざるを得なかった。

そのプレッシャーを放っていたのは、大道龍治だった。


「りゅ、龍治さん・・・・・・すげー」

アルトさんがその力に関心を向けている。

ああ、これは勝てないわ。腕だけではなく、本性を晒し出しても勝てる気がしない。

スーロやリードでさえも、恐らくあの人には勝てないだろう。

圧力が消え、大道龍治は俺の方へ近づいてくる。

「飛月、君は一体何者なんだ!?あの日、俺に拾われる前に何があった!?」

俺に向けられた表情は恐怖や怒りなんかではなく、困惑と焦りと、哀れみが織り交じった何とも言えない哀愁漂う顔であった。

やはり、この人たちは何か知ってる。リードやスーロが自分から言わなかった彼らの正体が何者なのかも知っているかもしれない。

それに、この人たちなら・・・・・・俺の存在を許容してくれる。他の大人や子どもたちとは違う彼らならきっと、俺の正体を知っても受け入れてくれるはずだ!


「お、俺は・・・・・・」


俺はスパイであることと、一応スーロやリードの存在は隠しつつ今までの経緯をかいつまみながら話した。

そして同時に、コード:ファースト。アルトさんの前任者にあたる人の話も少し聞くことができた。

抑止の力に選ばれて力の限り強化人間を作り出した世界政府と戦ったと。その後、姿を十数年消したが、なぜかアルトさんに抑止の力が継承されたということ。そのコード:ファーストが何者なのかは一切わからずじまいであることも。

その話から推測すると、スーロやリードは元々世界政府の人間なのかもしれない。


「・・・・・・強化人間技術。俺が確かに施設を破壊したはずなのだが」

大道龍治が壁に拳をぶつける。

「元をたどれば俺が自分から命を絶ったことこそが原因。彼らにそこを突かれたのは事実です」

それは紛れもない事実だ。俺があの日に飛び降りていなければ別の未来があったはずだ。

だけど、それがなければアルトさんと出会えていなかった。

だからどのような形であれ、飛び降りたことを後悔した俺の命を救ってくれた彼らには感謝している。


「飛月・・・・・・」


「そんな顔しないでくださいよ、アルトさん」

俺は勿論今までの経緯の中に、父親の子ことや学校でのこと、野球のことや自ら命を絶ったことまで話した。

アルトさんはすごく悲しそうな顔をしている。それは大道龍治とは違って哀れみではなく、純粋なほどの悲しさ。

アルトさんは俺の方へ近づいてきて、俺のことを抱きしめてた。


「あ、アルト・・・・・・さん」

アルトさんは俺のことを強く、強く抱きしめた。


「大丈夫だ、飛月。お前が何者であろうが関係ない。俺とお前はダチだ。だから、めいいっぱい俺のことを頼れ。もう抱え込む必要なんかないんだ。ここに、飛月、お前の敵は誰もいないんだから」

その抱擁と声音からは慈愛に満ちた温かさを感じる。母の抱擁と同じような落ち着く温かさだ・・・・・・


「ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」

俺は眼前の敵に同情され、抱きしめられた挙句懐柔されようとしている。

だけど、そんな事がどうでもよくなるほどに俺は包まれる。

母親以外の人の温かさに触れたのは園田さん以外初めてだった。昔から冷遇されてきたぶんだけ、心の固まり切った氷が溶かされるように、俺は・・・・・・泣いた。


俺は強化人間であることを組織に告白し、大道龍治からそのことを容認され、八咫烏の人間になった。勿論戦闘員として。

最初は大人たちに囲まれて不安になっていたが、アルトさんの後押しのおかげで歓迎会も無事終えることができた。

科学技術班の人たちは強化人間である俺の体に興味があるらしく、しつこく見せてほしいと迫られたが、怖いし恥ずかしかったのでずっと拒否し続けた。

今まで見たことのない人たち。みんな明るくて、優しい場所。

自分が今まで見てきた世界がいかに狭かったのか思い知ることができた。

ああ、いいのかな。俺が・・・・・・こんな俺がこんな優しい人たちに恵まれて・・・・・・

俺は幸せ者だ・・・・・・


9月1日

始めて人の死を見た。

紫陽花病、紫の力に汚染された人は死に至る病のような物。

俺が見たものは、科学技術部の原田さんの父親の遺体。死ぬほんの寸前までありがとうという言葉を口ずさみ、力なく首をガクッとして座り込んだ体勢から倒れこんでしまった。


「あ・・・・・・あ・・・・・・」

言葉が出てこない。これが人の死なのか・・・・・・?

アルトさんも相当辛そうな顔をしている。


「私は行くぞ、先を急がねば、救える命も救えなくなるかもしれない」

以前廊下ですれ違った女性、五代さんも戦闘員であった。赤い玉と太刀を携えて戦場を走っている。

だけど、五代さんはこういったことに慣れているように見える。全くというほどではないものの、俺やアルトさんに比べれば人の死を見ても大丈夫そうな反応だ。


「行けるか、飛月?」

アルトさんが俺を気にかけて声をかけてくれた。

自分だって声をかけられるほどの余裕はないはずなのに・・・・・・


「い、いけます」

俺も声を振り絞って意志を伝えた。


「よし、行くぞ。きつかったら撤退も視野に入れておこう。旦那からもそう言われている」

旦那・・・・・・龍治さんのことだろうか?

まあ、呼び方はどうでもいいか。本人にさえ伝わればだけど・・・・・・

俺とアルトさんは先頭を走る五代さんの後に続くように走り出した。

そこにいたのはジェル状の人たち。悍ましいほどに姿を変え、水や熱さを訴えながら辛そうに町を歩いている。

そして、それを食らう犬の顔をした全身紫色の大きな化物。

五代さんは太刀を折られた上に建物にたたきつけられ、アルトさんも吹き飛ばされてしまった。


「お、俺は・・・・・・」

身体が震えてしまう。これが戦うということなのか・・・・・・?

アルトさんが起き上がって化物の前に立ちふさがる。

突如、笛のような音が周囲に響き渡り、金色の光がアルトさんの周りを漂う。


「輝け・・・・・・輝け・・・・・・輝きやがれ!シュラバッッッッッッッッ!!!!!!!!」

アルトさんの声と共に笛の音が増していく。その根と共に先ほどまで金色であったオーラが淡く、優しい虹色のような色に変わり町全体を包み込む。

その光が晴れた頃には、町中にいたジェル状の人たちは誰一人いなくなっていた。

アルトさんのあの光がかき消したかのようだった。光の柱が出現した方を見ると、アルトさんの容姿が完全に変わっていた。


思い切り逆立った髪、額から頭部にかけて闘牛を思わせるほどの逞しく、太くて大きい角が生えている。

胸には金色の玉があり、右腕の金色の腕はさらに厳つくなっている。だが、左腕は赤く、籠手のようにはなっているがまだ人間らしさを残したままだ。

身体はわき腹を守るかのようにそこだけ金色の鎧となっている。脚に関して言えば先ほどと一切変わっていなかった。

不完全な変化なのか・・・・・・?五代さんの赤の力のように纏っただけのように見える。

聞いた話だと巨人になるらしいが、今回はそうではないようだ。

いや、そんなことを気にしている場合ではない!助けに行かないと!

だが、俺の意志に反するかのように俺の足は恐怖ですくんでいるのか全く動いてくれない。


「飛月、五代を頼む!下手に首ツッコんでくれるな!俺も何がどうなってるのか全く分からないから、巻き込まれるなよ!」


「わ、わかった!」

俺はアルトさん言う通り、五代さんのところへ向かう。

五代さんは・・・・・・よかった、気絶しているだけのようだ。呼吸もしている。

俺はアルトさんと犬の化物の方を見る。

結果は圧倒的であった。金色の腕だけを纏った状態の強さとは比にならないほどアルトさんの戦闘力は上がっていた。


きっと、あの姿になってから決着がつくまで1分もかかっていない。

俺が強化人間として全身を解放したら勝てるかどうかぐらいの強さ。きっと以前話に聞いた巨人態に成られてしまったら勝ち目がない・・・・・・

それに、なんでこの人たちの行動を阻止しなければいけないのだろうか?

リードやスーロの狙いは一体何なのだろうか?

俺の脳内はジレンマと疑問で溢れかえっていた。


その戦いからしばらくして、俺は急に気になったことがあってアルトさんに聞いてみた。


「ねえアルトさん」


「ん?どうした、飛月?」


「俺たちは、なんで戦っているんでしょうね?」


「なんでか・・・・・・少なくとも俺は人の日常ってやつを守るために戦ってる。チヨの将来のことも、皆の未来のこともな」


「・・・・・・それってすごくつらい事ですよね。だって俺たちって人を助けるために人殺しをしているようなもんじゃないですか?一体俺は、何がしたいのかって思って」


「そうだな。俺にだってそこら辺の難しいことはわからないさ。俺はただがむしゃらになって人を助けたいって思いながらやってる。俺もこのままいけば殺人鬼にでもなっちまうんじゃないかって思い悩んだこともあった」


「そうでしたか・・・・・・じゃあ今は?」


「俺のことを人間だって・・・・・・優しさを持った人だって証明してくれる人がいる。俺はその子のおかげでまだ人で在れているんだ。それに、これは俺達にしかできないことだ。誰かがやってくれるなんて尻込みしてちゃ俺はその人のことを守ることができない」


「アルトさんにとってその人って、ただ守るための対象なんですか?それとも、自分という存在を確立させるためだけにその人を守ろうとしているんですか?」


「おお、難しいことを聞くな。なんだろう、俺の存在を確立させるために戦うか・・・・・・いや、どうもしっくりこないな。あの子が入れば確かに俺という存在は人で在り続けることはできるだろうな。だけどそんなことよりも俺は、チヨのことをずっと見守り続けていきたいんだ。だから・・・・・・」


「アルトさんの言う日常って、もっと漠然としたものだと思っていました。だけど案外わかりやすい。アルトさんは自分の手の届くものをできる限り守っていきたいんですね」


「そうかもしれない。金龍、龍神、抑止やら星やらなんかすごい力をもらっちゃったけど、俺はどこまでいっても人間だから。だから、俺は俺の守れる限りの日常を守る。全部を守り切れるような神様じゃないからさ、俺はきっと全部を守ろうとしたら手の中にあるものが零れ落ちてしまいそうだから」


「ずいぶんと詩的な事言いますね」


「うっさいぞ中坊。まあ人間ってのは、何かを守るために戦い続けてるんだよ。自分の家族や居場所、自分に趣味、友達から恋人まで守りたいと思えるものはいっぱいある。守り方だってそうさ。働いてお金を稼いだり、何か道具を作ったり、人の命を助けたりってな。

だから、目的なんてものはみんなバラバラで、各々(おのおの)のために戦い、守り抜いていけばいいんだ。

それがたまたま俺たちは人の命を奪ってしまうことに直結してしまった。おまけにそれをしないとさらに犠牲が増えるときた。俺がやらなきゃ俺のものを含めて、みんなの日常が守れないからさ。まあ、そういうこった」


「そうですか・・・・・・じゃあ、俺は一体何のために」

命を救ってくれた二人に報いるため?自分を人であるかのように受け入れてくれたこの人たちのため・・・・・・?


「それは自分で決めるこったな。せっかく自由に選べる権利があるんだ、選んでおかないと損だぜ。まあ、俺はそんなに御大層なもんを守るためじゃないってのは例として覚えておいてくれよ、兄弟」


「兄弟?」


「なんだよ、もう戦場を何回も超えてきたなかじゃねーか。俺たちはもう戦友、兄弟だ!」


「じゃあ五代さんも兄弟ってことですね」


「おう!今年ももう終わりに近づいてきてるってのに獣は一切姿を見せなかったし、ずっと三人で化物退治だったもんな。さてさて、いつ俺の実力を発揮できる日が来たもんか」


「おいおい、来ないにこしたことはありませんって」


「まあな、今のうちに俺もいろんな能力を考えておかないとな!女の子の服を一瞬で破けさせるような能力とか!」


「やめてください、アルトさんが警察に捕まったら元も子もないですよ」


「それもそうか!」

俺とアルトさんは難げない会話で笑う。

俺達は何回も戦場を駆け抜けて、三人とも五体満足で生き抜くことができた。

そのほとんどがアルトさんのおかげであった。大型の化物はすべてアルトさんが倒している状態である。それほど抑止の力というものは強大なものなのだ。

俺はもうこの組織に潜入して4か月が経とうとしている。


それなのに、リード達からの迎えが一切来ないのだ。

見捨てられてしまったのだろうかと少し不安になることもあった。だけど、今の俺はそれ以上にこの組織の居心地がよくなりすぎてしまった。

優しすぎて甘いところもありすぎるが、人情深さと豪快さで俺たちを指揮してくれている龍治さん。彼の指揮とアルトさんの連携がなかったら今頃どうなっていたかはわからない。

赤い龍玉の力をその身に宿し、深紅の髪と黒いコートのようなものを羽織って戦場を駆ける五代さん。彼女はいつも戦場を走り、その場での対応を練ってくれているおかげで中型や小型の敵ならばアルトさんの力なしで対応できるぐらいである。

それにあまり話したことはないけれど、冷静な判断で戦闘の計画を練ってくれている長倉さん。以前はどこかの部隊で長を務めていたらしいが、真偽は俺にはわからないままである。

その他の大人たちに囲まれて俺はこの15年間で味わったことのない充実感のようなものを感じているのだ。

ずっとこの組織にいてもいいかもしれない。いっそのこと自分がスパイであることも話していいかもしれない。そう思っていた。

・・・・・・しかし彼らは沈黙を破り、俺の心の安寧をすべて奪いに来た。


12月24日

世間ではクリスマスイブに当たる日。町は恋人や家族で買い物をしたりと賑わいを見せていた。

それを俺とアルトさんは羨ましそうにみていたが、そんな日常はすぐに終わりを告げる。

18時過ぎ、突如組織内にスーロとリードが現れたのだ。


「さあ、今すぐ立花在人を我々に引き渡してもらおうか、大道龍治!!!」

スーロが勝利を確信したかのように烏をあざ笑う。


「世界政府の生き残りだと!?それにティリヤ人・・・・・・貴様らが神託に記載されていた蛇か!?」

龍治さんは怒りをあらわにする。

その怒りの理由は組織への侵入とアルトさんの身柄の拘束に対する怒り・・・・・・だけではなく彼らの背後にいる、俺と同じ人たちもその対象であった。

リード達の後ろに廃人のようにふらふらと、立っているのもままならなそうな少年と少女が5人。彼らは間違いなく強化人間だ。

俺が世界政府の強化人間だということが分かった際も憤慨していたが、どうやら相当因縁深いのかもしれない。


「ジェラ、お疲れさまでした。アナタの仕事はこれでおしまいです」

リードが頭をきれいな姿勢で下げてくる。

ということはこれがお迎えかと俺はすぐに悟った。


「ジェラ?おい!飛月、これは一体・・・・・・?」

アルトさんが俺のことを見てくる。その目は疑惑と悲哀に満ちていた。

俺は彼に何も言うことができなかった。


「世界政府の強化人間であることが話あっていた時点でなんとなく察してはいた。だが蛇どもよ、飛月を回収した後、彼の処遇はどうなるのだ?」

え、俺がスパイだとすでに察していたのか!?それをわかってたうえで匿っていてくれたとでも言うのか!?

龍治さんが普段から低い声をさらに低くしてリード達に圧をかける。


「もちろん、破棄するに決まってるだろ?」


「え・・・・・・?破棄って?」

破棄ってなんだよ、それ?俺がいらなくなったってことか?なんで?

俺は言われたとおりのことをやってたのに、なんで、そんな・・・・・・


「ジェラ」

リードが俺の名を呼ぶ。その声音は俺が死ぬ前まで向けられてきた、俺を必要としないと言わんばかりの声だ。


「アナタには失望しましたよ。嫉妬の力を宿し、それでも平然に人間で在るかのような振る舞いができたのはアナタだけでした。なのに、ここに潜入してからというもの、ずいぶんと馴染んだのでしょう、負の感情が段々と消えていき、一気に弱くなりましたね。もはや完全な強化人間としての姿になることもできないでしょう」

負の感情がなくなってきている?もしかして、俺がこの組織のみんなと仲良く過ごしたことが俺の弱体化に近づいたとでも言いたいのか?


「でも、破棄って一体?」


「アナタという実験の成功例があったおかげで我々は悪神、あなた方で言うところの獣の力を人の身に宿すことに成功したんですよ。これさえあれば、宇宙すべてを侵略し、私の実験場にすることができるかもしれない!アナタには感謝もしていますよ、飛月未来。君があの日、人生に絶望し、飛び降りなければ我々は此処まで進化することはできなかった!」


じゃあ何か・・・・・・?俺があの日飛び降りさえしなければこの組織は責められることはなかったし、スーロ達の後ろにいる人たちは普通に死ぬことができたってことか?


「ですが、アナタは破棄です。プロトタイプはもう必要ありません。負の感情がほとんどなくなり、紫の力の出力が落ちることになるのは想定外でしたが、それを踏まえて軍事用生体兵器実験体18号以降は第三世代を迎え、完全に人の感情を消し、ただ有機知的生命体の原罪だけを背負わせることに成功いたしました。余計な人間の感情を持たせてしまったことが第2世代の失敗でした。我々の命令を素直に聞いてもらえるように人間らしさを残しておいたのですがねまさかそれが仇となるとは・・・・・・失敗作はどう扱うか、人類の皆さんならよく知っていますよね」


・・・・・・そんな

失敗作、失敗作か・・・・・・

またしても俺はいらない存在になってしまったのか。

スパイであるとわかった以上この組織にはいることはできない。

リード達のところに帰れば俺は処分される。

俺はどこへ行っても、誰に救われようと最終的には孤独になるのか・・・・・・

ああ、俺は・・・・・・一人だ。一人ぼっちなんだ・・・・・・!

俺は気が付くと床に手を付けて涙(悲しみ)を流していた。


「そうか、お前たちが今まで何をしてきたのか、今日ほど知ってよかったと思う日がこようとはな!」

龍治さんが声を上げる。その圧は全員を身震いさせるほどのものだった。


「ああ、違いないぜ旦那!それを知らなければ今頃、飛月はどうなっていたか。あの時追い返さなくて大正解だぜ」

アルトさんも知っていたのか、俺がスパイであることを!


「龍治、こいつらどうする?私は今、仲間を侮辱され、腹が煮えたぎっている!」

五代さん・・・・・・仲間って!


「そうだな!俺ももう気がおかしくなりそうだぜ!こいつら全員に一発ぶちかましてやりたい気分だ!」

アルトさんからも珍しく、憤怒が見られる。俺のために怒ってくれているのか・・・・・・


「ハハハハハッ、お前たちには確実に勝ち目はない!紫の力には一切触れられないのだろう、大道龍治!?お前さえいなければ他は雑魚同然、立花在人もコード:ファースト、シュラバほどの力は持ち合わせていないのだからな!」

そうだ、相手は獣そのものを体に移植された人間だ!勝てるわけがない!


「触れられない?そうか、ならば!」

龍治さんは拳を握り、それを前方に突き出す!

その拳は強烈な圧力弾のようなものとなり、スーロの後方にいた男の強化人間の胸から上を吹き飛ばした!

強化人間はズサリと音を立てて倒れこんだ・・・・・・だが、その身体は炎に包まれて一瞬にして元通りになってしまい、何事もなくおきあがった!


「言っただろう、お前たちに勝ち目はないと!そいつは怠惰の獣、俺が育てたやつさ。不死の属性を持ち、傷を一瞬にして癒してしまう!触れれば即死であろうお前との相性は最悪だな、大道龍治!」


「・・・・・・!」

龍治さんの表情が少し歪んだように見えた。

それほどにやばい相手なのだ・・・・・・!

俺が、俺があの日飛び込んでさえいなければ、こんなことには・・・・・・!


「飛月!」

アルトさんが俺の名前を呼ぶ。俺の後悔と悲しみを吹き飛ばさんとするぐらいの強い声で。


「飛月。俺は、俺たちはお前のことを今でも、これからも仲間だと思い続ける!だからお前はどうしたい!?ここに残るか、やつらと一緒に行くか!?お前は何をしたい!?何を守りたい!?」

俺がしたい事・・・・・・?守りたい事・・・・・・?

そういえば俺、今まで何をするにしても人に言われたから始めたことしかないや。

野球も母親がやったらと進めてきたから始めた。勉強だって周りがやっているからやっていたし、スパイだって、彼らが仕事だと言って、俺が恩義を感じたからやってたもので・・・・・・

俺がしたい事って何だろうか・・・・・・?


「ええい、やかましいぞ立花在人!ヤマタノオロチが復活しようとも、もはやお前は必要ないのだ!死ねッ!」

スーロの身体が濁った白い色の光に包まれ、その本性を現した!

今までの姿は仮初だったのか!?

悍ましく、君の悪い姿はこの星の人間の者ではなかった!

変化したスーロが一直線にアルトさんへ拳を叩き込もうと突っ込んでくる!

だが、それを五代さんの太刀が受け止めた!赤いオーラに包まれた強靭でしなる太刀だ!


「アルト!こいつは私が相手する!だから後ろの強化人間は任せたぞ!」


「ああ!任せたぜ!シュラバァァァァァァァァ!!!!!!!!」

アルトさんが淡い虹色の光に包まれていつものように体を変化させる。


「旦那、俺一人じゃ分が悪い!援護してくれ!」


「言われるまでもない!」

龍治さんは再び拳を強化人間に突き出す!

先ほどとは別の人。その人は圧力弾を食らっても起き上がってこなかった。

人によって違ってくるのだろうか?

強化人間たちが身体を変化させる。その姿は見るに堪えないものだった。

メキメキと軋む骨の音、皮膚が避けるたびに血が出て、悲鳴が上がる・・・・・・


「・・・・・・っ!」

俺もあんな風になってしまうのか・・・・・・!

またしても俺は恐怖に身体を奪れてしまった・・・・・・

龍治さんは強化人間たちにもう一度拳の弾を叩き込もうとする。


「『受け入れる』大道龍治と互角に」


黒く鋭利な手にそれを防がれてしまった。


「なっ!」

龍治さんが防がれたことに少し動揺する!

攻撃の邪魔をしたのは、リードだった。黒く鋭利な手とは逆の手には紫色の三角錐上の者が握られている。


「おお!大道龍治ととうとう互角レベルで戦えましたか。ですが、どうやらかなり短い時間しか使えないようですね。私にはこの力は強大すぎるようです」

一体何をしたんだろうか?あの三角錐の物が関係しているのだろうか?


「一体何をしたのかはわからないが、俺もなめられたものだな!」

龍治さんが構える。どうやらアルトさんの援護はこれ以上できないようだ。

なら、アルトさんを守るのは一体誰になるのか!

もう俺しかいない!動け、動いてくれ!


「オオオオオオオ!!!!!!!!」

俺は腹の底から声を出して、強化人間たちの方へ突っ走る。

出力が弱い?プロトタイプ?失敗作?

気にしている場合じゃない!守らないと!俺のせいでこの人たちが生まれてきたんだ!俺がこの人たちを殺してあげないと!それにアルトさんもかなり不利な状況だ!守らないと!

俺は今できる限りの力をすべて出して強化人間たちと戦おうと腕を変形させる!しかし一発も入れられないまま一撃で吹き飛ばされてしまった・・・・・・

頭部を思い切り殴られ、脳が相当揺れたのか意識が消えそうだ。

誰かが俺のところに来る。先ほど龍治さんに頭部を吹き飛ばされて復活したやつだ。

ナマケモノのような長くて尖り切った爪を俺の方へ突き出してくる。

ヤバい、殺される!

その爪は体を突き刺し、鮮血が周囲に飛び散る。

その鮮血は俺の物ではなく、アルトさんの身体から出たものだった。


「ア、アア・・・・・・」

口と鼻と刺された場所から血が流れ出てきていて・・・・・・

爪に刺され、開かれた場所からは臓物が飛び出してきている・・・・・・


「アルトさんッッッッッッッ!!!!!!!!」

爪が身体から抜けて、力なくアルトさんが崩れ落ちる。


「アルトさん!アルトさん!」


「ああ・・・・・・聞こえてるよ。俺のこたぁいいからさっさと逃げろ。勝てねぇ」


「んな事言っても・・・・・・!」


「チヨ・・・・・・ごめんな」

その声と共にアルトさんの前身に纏っていた金色の鎧が光となって消えていった・・・・・・

アルトさんの腕が床に力なく落ちる。完全に動かなくなった。アルトさんの目は・・・・・・瞳孔が開き切っていた。


「あ、ああ・・・・・・」

俺はアルトさんだったものを見つめる。

何も・・・・・・何もできなかった・・・・・・

戦場と化した本部が一瞬だけ静まり返る!


「アルト!!!!!!」

五代さんが悲痛な叫びをあげる。

「よそ見している場合か、龍の女」

スーロが五代さんの頬に拳で殴りこんだ。ゴキッという鈍い音が響く。

顔が真後ろを向いてしまっている・・・・・・殴られた衝撃で首の骨が折れたんだ・・・・・・今まで赤かった太刀の光が消えて、刀身の折れた太刀が床に金属音を鳴らしながら落ちる。

その音の少し遅れるように、五代さんも泡を吹き痙攣をおこしながら倒れこんでしまった・・・・・・


「五代、五代!」

龍治さんはリードを殴り飛ばして、五代の方へ向かう。

だが、もう遅かったようだ。

後悔と憤怒を織り交ぜた顔を浮かべながら龍治さんは叫ぶ・・・・・・

そんな中、組織内に警報音が鳴り響く、この人の心の底から震え上がらせてしまうような低音・・・・・・国民保護警報!?


「なんで・・・・・・この警報が!?」

すると組織の上の方から何者かの咆哮が聞こえてくる。恐らく地上からだ。

その咆哮は組織内に響き渡る。その声を聞く否や強化人間たちの身体が蒸気を上げて崩れていった。


「な、なにが起きているのですか?」

龍治さんに殴り飛ばされたリードが起き上がりながら疑問に満ちた声を上げる。


「・・・・・・抑止力本体だ」

龍治さんが上を見上げながらそれを告げる。


「立花在人という人間の枷から解き放たれ、行き場を失った抑止の力が星を守るための行動に出たということだ」


「星を守るだと!?では我々は・・・・・・」


「ああ、この星の人間、ティリヤ人も含めてこの星が敵と認めたものはすべて葬り去られるということになる」

星が敵と認めたもの・・・・・・


「じ、じゃあもうこの星は・・・・・・」

俺はわかり切っていたが答えを明確にしたくて龍治さんに聞く。


「ああ、この星の人間は2025年、12月24日を以てその歴史に幕を下ろすことになった。例え龍神の遣いである俺であっても抑止は躊躇なく俺を殺すだろうな。アルト・・・・・・お前はあんなに強大な力をその身一つで抑え込んでいたとでも言うのか・・・・・・?」


「そんな・・・・・・」

この星が終わる・・・・・・人間が消える?

ということは園田さんや母親も消えるということか!?


「ま、まさか。このエネルギー。そしてこの叫びは・・・・・・!」

リードが全身を震わせながら懸命に声を出している。死におびえているのだろうか?それとも他の何かだろうか・・・・・・・


「コード:ファースト、シュラバ!やはり立花在人の中にいたか!道理で立花在人が未だに人間でいられるはずだ!貴様が抑え込んでいたのだろう?立花在人が抑止の力と一体化しないように、人間で在り続けられるように!」

コード:ファースト!?それにシュラバって・・・・・・アルトさんが変化する時に叫んでいる言葉だ!

組織の屋上が強い揺れと共に開かれる。その穴からは曇り切った空と金色の巨大な人型の光がこちらを見ていた。


「は、ははは!シュラバ!ここであったが百年目!俺と・・・・・・」

スーロが何かを言う前に着ていた服だけを残して消え去ってしまった。


「「「・・・・・・!」」」

抑止の力に消されてしまったのだろうか、その場にいた全員がかつてスーロがいた場所を振り返る。

俺達は唖然としていた。制御なく振るわれる圧倒的な力を前に人類も蛇も皆そろってその巨人を見つめることしかできなかった。

何故こんなことになってしまったのだろうか?どうしてみんな死ぬ必要があったのだろうか?その原因を作ったのは誰だ?

間違いなく俺だ。俺がこの世界を作ってしまったんだ。

俺はなんで・・・・・・・俺なんかがなんで生きているんだ?

もっと生きてもいい人たちがいる!アルトさんだってそうだ!

俺なんかよりも生きる価値のある人間はこの世界にわんさかいる!頑張って、踏ん張ってて生きている人たちがいるのに、全部俺のせいで・・・・・・


(まあ人間ってのは何かを守るために戦い続けてるんだよ。自分の家族や居場所、自分に趣味、友達から恋人まで守る対象はいっぱいある。守り方だってそうさ。働いてお金を稼いだり、何か道具を作ったり、人の命を助けたりってな。だから、目的なんてものはみんなバラバラで各々のために戦い、守り抜いていけばいいんだ)


(そうですか・・・・・・俺は一体何のために)


(それは自分で決めるこったな。せっかく自由に選べる権利があるんだ、選んでおかないと損だぜ。)

そうか、俺は選べるんだ!自分の生き方というものを!

ならば、俺は償いのために生きる!そして、アルトさんを助けるために戦う!

俺は先ほどのリードが持っていた三角錐の物をふと思い出した。


『受け入れる』といったそのあとから龍治さんと同じぐらいの強さになっていた。

あれはもしかしたら、何かを『受け入れる』ことによって自分の思い通りにできるものなのかもしれない!

俺は辺りを見渡す。組織内部は砂埃やがれきだらけになっていたが、俺の目あれば簡単に周囲を見ることができる。

あった!落ちていた!どうやら龍治さんとの戦闘中に落としてしまったようだ。

俺はすぐさまそれの方へ走り、その三角錐の物を手に取った。


「ジェラ、一体何を!?」


「飛月!?」

俺はこんな世界なんか認めたくない、許容なんてしてたまるか!

俺は俺のせいで失った人々の日常を・・・・・・未来を取り戻しに行く!


『受け入れる』


俺はその紫の力に告げる。


「この星の、人間の未来を取り戻させてくれェェェェェェ!!!!!!」

瞬間、全身がかき乱されたかのような感覚に襲われる。

まるで異常に速い洗濯機の中に放り出されたような感覚。頭と全身が揺れて揺れる。

次第に体の感覚がなくなっていき、俺は・・・・・・・俺は・・・・・・

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