第34話 恩人

恩人


人は自分を助けてくれた、救ってくれた人のことを恩人という。

その人のようになりたい。なれたらいいなと思う心は当然持ち合わせるもので。

だけど、俺はあの二人のようにはなりたくないな。恩人ではあるけどどこか不気味だから。

もっと人間らしくて、もっとカッコよくて、人当たりがよくて、強くてモテてそうな人がいればいいのに。

そんな人がいれば俺はずっとついていきたいし、何かあったら助けたい。

だってその人は、そんな人がいるのならば、俺にとってはその人が存在するだけで恩人みたいなものだから。

もしかしたらこの気持ちは。恩人というものだけではなく憧れなのかもしれない。

いてくれたらいいな。そんな大人に出会ってみたい。そんな素敵な人間に出会ってみたいなあ。


・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

此処はどこだろうか?見たことのない天井だ。

真っ白な天井。どこか昔メンタルが辛いときに授業を休むために掛けこんだ学校の保健室のベッドのような雰囲気だ。

なんか落ち着く場所。誰もいなくて余計な事を考える必要がなくて気が休む。

すごく長い時間寝ていたような気がして眠れないかと思いつつも、この部屋のあふれ出る落ち着く感覚のおかげでしばらく目を瞑ることができた。

そんな最中、扉のようなものが開く音がした。

俺は何事かと思い、布団から跳び起きた!

「おっと、目が覚めていたか。大丈夫だったか君?」

その声の主は俺の方へ近づいてくる。

筋肉隆々な肉体、血管が浮かび上がった太い腕。褐色色に焼けた肌、リードよりは低いもののかなりの長身。極めつけは、獅子のように逆立ち煌めく黄金の髪。

その男は手に持った花束を俺の近くにあった机の上のテーブルの花瓶の中に入れた。

そして、心配そうな顔で俺を見つめてくる。


「ここは医療室だ。道端で倒れていたんだぞ。何か覚えていることはないか?」

道端で倒れていた・・・・・・?

そうだ!俺はあの時スーロに殴られて、気絶していたんだ!

もしかして、ここがその組織なのだろうか?

でも、たまたま俺を助けてくれた人たちがスーロやリードの計画というものを邪魔するような人たちには思えない。

でも、だからと言って二人の存在を言うわけにはいかない。

前に誰にも存在をほのめかすようなことを言ってはならないと教えられたから。


「すみません・・・・・・いったい何があったのか、覚えていないです」


「そうか、だが、名前や住所とかはわかるかな。それさえわかればおうちまで送っていけるけど・・・・・・?」

流石にジェラという名前は伏せておこう。そのような名を名乗ってしまえばあたまのnおかしい奴だと思われるに違いない。


「名前は・・・・・・飛月未来です。住所は・・・・・・」

もちろん住所だってわかっている。でも、俺は母さんに会えない。会ってはいけないのだ。

それに、ここがリードやスーロの言っていた組織であれば正体を隠したまま潜入しなければいけない。


「住所は・・・・・・覚えていません。それに、戻りたくありません、あんな家に二度と」

俺は嘘をついた。ごめんね、母さん。


「それはどうしてだい?話せるのなら話してほしい。大人として力になりたいんだ」


「・・・・・・!」

その言葉を聞いた瞬間、何も食べていない胃からすべて吐き出してしまいそうな嗚咽に襲われそうになった。

大人として?あんなクズたちと一緒?例え拾ってくれた人だとしてもその言葉をこいつは吐いた。俺は大人なんて大嫌いなんだ!『大人として』なんて豪語しないでくれ!


「ごめんなさい、今はちょっと。ですが、ここに匿わせていただけませんか?仕事はします!なんだってします!お願いします!」

さあ、大人なんて言葉を俺に向かって吐いてきたんだ!正体もわからない邪魔者の俺をどう扱ってくれるのかな?


「もちろん構わないさ。だけど、俺たちは少し面倒な任務をしていてな。一応、保護ということで構わないかな?君にはしばらく何もせずに過ごしてもらうことになるけど」


・・・・・・なんだこいつ、甘すぎないか?例え俺が潜入する予定の組織でなかろうと、普通の家だろうと何者かわからない人間を匿おうなんて思うか?

とんだお人よしだ。考えが浅はかにもほどがある。


「ありがとうございます!必ず、必ずやお礼をします」

俺は布団から起き上げた頭を低く下げる。一応感謝をしているように振る舞う。


「いや、いいのさ。子どものためになることをするのが大人の在り方ってやつさ。じゃあ、しばらくゆっくり休んでいてくれ。一応検査の結果として、腹部に大きな打撲があったが今朝の時点では治っていたそうだ。だが、安心はしないでくれよ。下手に動くと痛みがまた出てくるかもしれないから、よく休むんだぞ」


・・・・・・大人の在り方。

大人の在り方か。考えたことがなかった。


・・・・・・大人って何なのだろうか?

俺にとって大人というものは傲慢でプライドが無駄に高くて、都合よく物事を解釈して俺たち子どもに押し付けてきて、同じように生きる『大人のコピー』を生み出そうとしている害悪な存在なのだ。

だけど、この男は何かが違う。

今までの、教師や野球チームのコーチ、監督とも違う。

そして、スーロやリードのような親切だが底知れない不気味さもない。

何だろうか、どこまでも純粋な何かを感じる。

俺がそんなことを考えていると、金髪の男は部屋を去ろうと出口の方へ歩いていく。

だが、肝心なことを聞いていなかった。


「ま、待ってください!お名前を!お名前を聞かせてはくれないでしょうか?」

男は立ち止まりこちらに振りかえり、白い歯を出して笑顔で俺に言い放った。


「大道龍治だ!よろしくな、飛月!」

そして再び出口に歩き出す。

歩くたびに揺れるその揺れる金色の髪は輝いていて、とても俺には眩しかった。

大道龍治がこの医療室を去って数時間が経過した。

俺は暇だったので、医療室から出て周りを歩くことにした。

もしかしたら有益な情報がえら得るかもしれないからだ。

だが、そんなものはなく、もはやどこに部屋の入り口があるのかさえもわからない。

まるで部屋の入り口が隠されているかのような構造の建物だ。

唯一見えるものはトイレと食堂、エレベーターぐらいである。

それ以外はすべて青と銀色に塗装された壁だけである。


「どんな建物だ、これは・・・・・・?」

参った、これでは何もできないぞ。

困ったなあと思いながらも歩いていると、人影が目の前の角から見えた。

俺は一度立ち止まった。


「ありゃ、見ねー面だな。それに白衣も来てないし、他の人たちよりも若いな」

・・・・・・誰だこの人は?ここの職員か何かか?

少しバックに上げられたこげ茶色の髪の毛。体格は大道龍治ほどではないけどガッシリ、いや中肉中背だが、背筋がすっと伸びている。インナーマッスルを鍛えているのだろうか?身長は俺よりも少し高いぐらい、それに先ほどの大道龍治よりも顔は大人びていない。

どこか、少年の頃が抜けきれない青年って感じだ。


「あ、あの・・・・・・」

ど、どうやって話したものか・・・・・・子どもなのか大人なのかわからない。


「そうか、もしかしてお前さんが龍治さんの言ってたやつかい!そうか、そうか!」

やはり大道龍治の仲間か。脅して何か情報を掴むか、いや相手の実力がわからない以上、下手に出るわけにはいかない。

一応ここは適当に挨拶だけしておいて・・・・・・


「身体は大丈夫だったか?なんか結構な怪我をしてたみたいだけど?」


「は、はい。何とか・・・・・・」

話しずらい、大人なら勝手に怒りのような感情が出てきて会話ができるのに、この人とだと何故か悪い感情が浮き上がってこない。


「よし、じゃあご飯でも一緒に食べないか?良ければおごるぜ?」


「え?あの?」

どうしよう、話が一気に進んでて頭の整理が追い付かない。

何をすれば、何が一番適切な動きなのだろうか。


「ん、じゃあ行こうぜ!もう昼も過ぎてる。腹減ったろ?俺も龍治さんとの特訓でかなり疲れたからさ~」

青年はさっさと歩きだした。相当お腹がすいているのだろうか、かなりの早歩きだ。

というかなんだこの人?いろいろと強引すぎるような・・・・・・


食堂は昼過ぎというのもあり、人は全くと言っていいほどいなかった。

ここの職員はみんな食べる時間が早いのだろうか?


「婆さん、カツ丼特盛とサラダお願いします!」


「はいよ、そちらさんは見ない顔だね、アルト君。龍治君がまた連れてきたのかい?」


「ううん、わからないや、俺も初めてそこで会った人だから」


「そうかい。で、そちらさんは何にするよ?」


「え、えっと・・・・・・」

食堂までついてきたのはいいけど、何をどうしたものか全然ついていけない。

大道龍治といい、この青年といい不思議な人たちだ。

俺が今までに出会ったことがない人物たち。独特の空気感を感じる。

でも、何故だろうか。このアルトという青年、何かに近いものを覚える。


「まあ初めてだからゆっくり決めてくれても構わないよ」

受付けのおばあさんが気を使ってくれたのか、俺を待っていてくれた。

食事はとらなくてもいいと言われていたが、とっても特別不具合が起きるわけでもないらしい。

折角だし何か食べたいところだが、待たせるのも気が引ける。それに待たせて変に思われたくないし・・・・・・


「あ、あの俺もあの人と同じものを・・・・・・」


「はいよ。カツ丼特盛二つとサラダ二つね」

おばあさんはにっこりと優しく微笑み、奥へと入っていく。

なんでだろうか。歳こそ全く違うけど、どこか母さんを思い出すような感覚だ。

母さん・・・・・・

いや、いつまで引きずってるんだ俺!リード達のためにもしっかりしないと!


5分ほど待っていると熱そうに湯気の上がったカツ丼とお盆の横に据えられたレタスを中心としたサラダが添えられていた。


「いや~まさかアルト君が村田さんのところの農場で働いていただなんてね~。たまげたよ。すごく広いでしょあそこ」


「そうなんですよ、めっちゃ広くて。夏とかが大変で、大変で」


「今度、村田さんに言っておいてくれない?美味しい野菜をありがとうって」


「もちろんです!みんなすごく喜びますよ!それじゃ、いただきますね!」


「うん、いっぱい食べておくれ」

俺は青年につられて隣の席に座る。

食欲があるわけではないが、何せおよそ二か月振りの食事だ。鼻腔に入ってくる香ばしいカツの香りが鼻腔を刺激し、とてもおいしそうだ!かなり楽しみである。


「そんじゃいただきます!」


「いただきます」

青年はやはりかなりお腹がすいていたようで、勢いよくカツ丼にむさぼりつく。

俺も一口食べてみた。

・・・・・・うん、美味しい。衣はサクッとしているし、中の肉は食べ応えがある食感!それに半熟の卵と玉ねぎにダシの味がしみ込んでいていい風味を出している!


「・・・・・・おいしい」

いつ以来だろうか、食事を美味しいと思ったのは。

もう長い間、味もろくに感じることができなかったから・・・・・・

母さんが何を作ってこれようとも、どんなに手間をかけてくれようとも味を感じなかった。

それも悲しかった。日常を過ごすにあたって大切である食事の時間が全然楽しい物ではなくなっていたのだ。


「だろう?良かった、連れてきて。ごめんね、少し強引すぎたでしょ?」

青年が箸を止めて俺の方を見て謝ってくる。


「い、いえ。俺もちょうどお腹がすいていたので・・・・・・」


「そっか、優しいな、君は」


「どうしてそう思ったのですか?」


「なんとなくさ。お前さんからはどこかそんな、優しそうなものが感じ取れたんだ」

そんな直感みたいな・・・・・・第六感でもあるまいし。


「そういえば、名前を言ってなかったっけか。俺は立花在人、20歳!趣味は鍛錬とナンパ!」

な、ナンパって・・・・・・かなりチャラい人なのかな?きっと女性経験も豊富で・・・・・


「ちなみに、ナンパの成功例はありません!」

ついガクンと頭を下げてしまう。期待外れも良いところだ。まあ勝手に期待したのは俺だけども・・・・・・

まさかの成功した経験がない!少しワクワクした俺の期待を返してほしい。


「・・・・・・それ言う必要ありましたか?」


「言っておかないと、なんかヤリ○ンに思われそうで・・・・・・」


「やめてください!初対面の相手に何言ってるんですかアナタは!」


「アハハッ!ナイスツッコミ~!それでお前さんの名前は?」

本当に何なのだろうか、この人は・・・・・・

自分のことを開示しすぎてて呆れるというかなんというか・・・・・・


「飛月、飛月未来。15歳です」


「おお・・・・・・ひ、ヒツキってどんな字を書くんだ?」


「飛行機の飛にお月様の月です」


「なるほど、それで飛月ね。飛月未来・・・・・・日月に未来か・・・・・・日月(にちげつ)の方の漢字だったら時間の概念と相違はないけど・・・・・・」


「時間?それがどうかしましたか?」


「いんや、なんとなく頭に浮かんできたものを言ってみただけ、興味深い名前をしてるもんだったからさ」


「そ、そうですか・・・・・・」

その後、俺はアルトさんと他愛のない話をしていた。

まあ基本、振られた話は性的なもんだらけで・・・・・・

でも、こういったことを同級生と話してこれなかった俺にとってかなり有意義で開放的な時間だった。

それに20歳、社会的には成人と言われ、大人になっている歳だというのにも関わらず、全然大人のような威圧感や嫌悪差を感じない。

まるで同じ立場で物事を見ているような感じだった。


時刻は15時を迎えようとしている。すっかり二時間近く話してしまった。


「いや~、めっちゃ話した~。やっぱり年代の近い奴がいると楽しいもんだな!」


「おれも・・・・・・楽しかったです」

アルトさんが俺の反応を見てにっこり笑う。

その笑顔は、大人のような濁った顔をしていない。

目だって真っすぐだ。下心の話こそあれど、見透かしたり見下したりしたような感じには見られなかった。

何だろうか、大道龍治とはまた違った魅力が彼にはあるようだ。


「じゃあな、飛月。また駄弁ろうぜ!俺、これからまた特訓だからさ」


「はい、また是非」

アルトさんは小走りで食堂から出ていってしまった。

本当に嵐のような人だ。勝手に現れて、人を巻き込んで去ってしまった。

時刻が時刻だけにもう食堂には誰もいなかった。ちょっと長居しすぎただろうか、食堂で仕事をしているおばさんたちを待たせてしまうのも悪い気がしてきた。


「戻ろうかな」

俺も食器を片付けて、救護室へと戻っていった。


救護室に戻ろうと建物の中の廊下を俺は歩く。ここで働いている人たちはこの時間は仕事でもしているのだろうか、廊下は完全に静まり返っている。

部屋の入り口はやはり確認できないのでどこに人がいるのかもわからない。それに、もはや誰かの話し声さえも聞こえてこない。完全に防音されている。

俺の強化人間の耳をもってしても何も聞こえない。聞こえてくるのは俺の足音だけ。周りが静かなせいか、かなり響いている。


まあ、俺の強化人間としての機能は目が主体とスーロから聞かされていたので聴覚が常人並みで在ろうと気にしすぎることはない。

実際とんでもなく視力は跳ね上がり、近い物の細部から遠い距離の物や人の姿もはっきり見えるようになっている。それだからなんだと言われれば、それだけということしかでいないけれど、スーロやリード曰く、『戦闘能力はスーロとほぼ同等』と言われていたのでそこは是非期待したいところである。

そんなことを発言したリードに対して、スーロが小言を言っていたのはまた別のお話。


歩きながらそんなことを考えていると、ふと俺の耳に音が入ってきた。

足音だ!人が近くにいる!一体誰なんだろうか?

音の発生源は救護室の道とは逆の方からだ。ここで働いている人の顔を知っておけば仕事を遂行しやすくなるかもしれない。

それが大人であれば特に何も言わずにすれ違えばいい。良し、それでいこう。

俺は救護室へ向かっていた足を一旦止めて、食堂からここまで歩いてきた道を再び戻ることにした。

ほんの数十秒歩くとその人はいた。

一目見た瞬間、綺麗な人だと思った。

まとめられた長い髪は烏の濡れ羽色。体幹を鍛えているのか、姿勢はシャンとしている。そして顔の造形がきれいだ。

園田さんが子どもらしい人形のような可愛いよりの顔だとすると、この人は大人めいてはいるけどどこか強さと儚さという、相反する印象を感じさせる顔つきだ。


「ん、君は・・・・・・?」

その人は不思議そうな顔をして俺を見てくる。首を少し横に倒してキョトンとしたその表情少しの幼さも感じた。


「あ、えっと・・・・・・俺、大道龍治さんに助けてもらって」


「ああ、そうだったか!龍治から話は聞いているぞ。満足するまでここにいるといい」

そう言ってその人はその場を去ってしまった。

凛としたその歩き方はとてもカッコよく、あんなきれいな人は初めて見たぐらいだ。正直、目で追ってしまいそうになる。


・・・・・・いかん、いかん。俺は園田さんという好きな人が!

俺は改めてあの日を思い出す。


・・・・・・園田さん、恋人いたのかな?そう思うと胸が張り裂けてしまいそうになる。

気づくのが遅すぎた。仕方ないのだ。恋愛も人付き合いも先手必勝という言葉が絶対なのだと気づかされる。乗り遅れればすべてが一貫の終わり。

俺は野球ばっかりで人付き合いをしなかった結果、誰とも話さなくなってしまったから・・・・・・

もし俺が園田さんへ自分の好意を伝えていたらどうなっていたのだろうか?

もし、意固地にならず視野を広げていたら、もっと違った未来があったのだろうか?

その未来に行けたのなら、俺は幸せになれたのだろうか?

俺は当てのない思考を続けながら遠回りになってしまったが救護室に戻ることにした。


「休憩の時間じゃオラッッッッッッッ!!!!!」

バンと勢いよく部屋のドアが開かれる。いつもの時間いつものようにあの男の叫びが聞こえてくる。


「なんですかアルトさん?今日は何用で?」


「え、用がなかったら来ちゃダメなんか?」


「いえ、決してそう言うわけでは・・・・・・」

八月も後半に入り、外の気温もだいぶ落ち着いてきたころだろうか。

ピーク時には40度を超えることなんてざらにあったが、今は30度後半ぐらいらしい。といっても、俺はずっとこの施設の中にいるのでその暑さを自分で体感したわけではないが。

この組織、八咫烏にお世話に・・・・・・侵入してから早くも3週間は立とうとしている。

当初は救護室での生活だったが、スーロに殴られた傷は数日で完治してその後、家に帰れない。帰ったら殺されてしまうかもしれないと言ったら龍治さんはすんなり俺を客間に入れてくれた。


普通なら警察に行けと言われてしまうところだろうが、聞いた感じもはやこの組織そのものが警察のような存在のようで、政府機関の秘密組織であるらしい。それ以上のことは語ってくれなかったので結局、何故スーロやリードの計画を阻止しようとしているのかは今のところわからないままだ。

それからというものの、すきを見てはアルトさんが俺のいる客間に訪れるようになった。

特に何かをするわけでもなく、ただただ駄弁る。それこそ園田さんとメールでやり取りしてきたときのように。


「この部屋って殺風景だよな~。なんか飾りつけとかしないの?」


「するわけないじゃないですか、俺は何もしてないのに居座らせてもらってるんですよ?勝手なことはできません」


「まじめだな~。いや、俺が不真面目すぎるだけか」

アルトさんは部屋に来てはすぐに畳に寝っ転がる。

まあいつものことだ。

そこから外の話やニュースを聞かされたりするが、だいたいは猥談に繋がる。

それ自体はとても楽しいものだ。性的な話も同性となら一種のコミュニケーションのようなものなのだと学んだ。

だけど、今日は何かを持ってきているようだ。ビニール袋を手に持っている。


「それは何が入ってるんですか」


「ああ、これ?お前さんも暇だろ?じゃあ俺の暇に付き合ってくれよ」

アルトさんは体勢を起こし、ニヤけた顔で袋の中に手を入れた。

袋の中に入れた手を出すと何かを持っているようだ。それは・・・・・・


「ゲーム機・・・・・・ですか?」


「そうそう!せっかくだから一緒にやってくれよ!」


「いいですけど・・・・・・」

困ったなあ・・・・・・


「どうしたん?さえない顔しちゃって?男とゲームするのは嫌かい?」


「いえ、そうではなくて・・・・・・ゲームなんてしたことなくて・・・・・・」


「え!?マジでか!?」

そうなのだ、俺は生まれてからゲームなんてしたことがない。

テレビのCMとかでこそ見たことがあったものの、それを帰るぐらいの余裕なんてものは家にはなかったのだ。

小学校の頃から友達と遊べなかった一つの要因でもある。


「そうか・・・・・・じゃあとりあえずやってみようぜ!一緒にできるものを持ってきてるからまずは俺が操作方法を教えながらやるって流れで行こう!」


「・・・・・・いいんですか?そんなに親切にしてもらっちゃって?」


「な~にが親切だよ。俺の好きなものを勝手におしつけようってだ。むしろ断ってもいいぐらいなんだぜ?」

・・・・・・新しい視点だ。

それが何かを具体的に文字化することはできないが、何か心を打たれるものがあった。

やはり今までの自分の見てきた世界が狭かったのだろうか、些細な日常会話の中での発見が多い。その大多数がアルトさんからのものだ。

まるで知らないことだらけだが、新しいことを知ることができて喜ぶ幼児のような嬉しさに襲われる。


「どしたの?なんか変な顔しちゃって?いやだった?」


「いえ、むしろ嬉しいです!是非教えてください!」

俺がそう言うと、アルトさんはパアッとした顔をした後にはにかんだ笑顔を俺に見せる。


「よし来た!じゃあ早速やろう!」

アルトさんはすぐさまゲーム機の電源を起動させた。ゲーム機から起動音だろうか、電子音が聞こえてくる。


・・・・・・この人、本当に大人に見えない。

子どもっぽいと言えばそれで片付いてしまうのだけど、何かそれ以上のものを感じる。先ほどの発言だってそうだ。本当のただ純粋な子どもっぽさならば、断っていいなんて言わない気がする。

この子どもっぽさは素なのかな?それとも何かを覆い隠すための演技か何かなのかな?


「どしたの?次は何か考え込んでるようだけど?」


「画面が滅茶苦茶きれいだなって」


「だろだろ!?結構昔の作品だけど、俺も初めて見た時は感動したな~それまでドット絵のやつしかやってこなかったから」

その後、30分ほどゲーム内のチュートリアルというやり方の説明を見つつ、アルトさんのアドバイスを聞きながらゲームをしていくとスムーズに進行できるようになった。

そのあとからはアルトさんとゲーム内で合流して2時間ほどプレイをした。


「飛月、めっちゃうまいな!てか、知識とか技術の吸収力やばいな!」


「物覚えだけはいいので・・・・・・」


「いいな~。俺は物覚えとか微妙だから、何回も覚えるまでやらないといけないし・・・・・・」


「だけど、その繰り返した分だけ知識とか技術は身に入るんですよね?」


「うん、それもあっていろいろ役立ってるけどやっぱり時間がかかるんだよね~。だから物覚えいいことに越したことはないよ」

久々に人に褒められた気がする。やっぱり人に自分をほめてもらうと自分の存在を『否定』ではなく『肯定』されてるような気分になる。


「もしかして、それもあってナンパを何回もしてるんですか?」

素朴に疑問に思ったことを聞いてみた。


「ああ、いずれ必ず俺好みのボンキュッボンな女性を抱くために、毎日切磋琢磨しているのだ!」

気合のこもった声で意志を告げるアルトさん。下心満載だけど、努力しているというところをどこかかっこいいと思ってしまった。

そんな自分が少し嫌になるが、男である以上仕方のない事だとも思う。俺も正直共感しかない。

でも、成功経験がないにせよ女の人とたくさん話してるってことだよな?もしかしたら恋愛経験があるのかもしれない。それだったら、今度また園田さんに会えた時の参考になるかもしれない。


「そんなに女性と話すことに慣れてるなら、恋愛経験も方なんじゃないですか?何か聞かせてくださいよ!」

好奇心に任せて俺はアルトさんに問い詰める。だけど、アルトさんは俺から目をそらし苦笑いをし始めた。

あ、これもしかして・・・・・・


「アルトさん」


「はい」


「恋愛経験ないんですか?」


「ああああああああ!言っちゃいけないこと言ったァァァァァァァァ!」

アルトさんが大声を出す。その目にはほんのりと涙が浮かんでいた。


「そうなんだよ、そうなんだよ!俺、今ままでいい感じのところまで進んだことはあるんだよ!?でも、何故か知らないけど、付き合うってところまで行ったことがないんですよ!」

ワアッーと畳に伏せて泣き始めてしまった。

でも、一人でいる俺の様子を積極的に見に来てくれたり、遊びに誘ってくれるこんないい人がいるのに付き合おうと思わないだなんて、世の中の女の人はあまり見る目がないな。

なんて思っていると客間のドアが開いた。


「アルトさん、ここにいるって龍治さんから聞いたんですけど・・・・・・ってアルトさん!?どうしたんですか!?」

ドアの前にいるのは女の子だった。

白色を基調としたかわいらしい私服と紺色のロングパンツをはいている。

園田さんと引けを取らない愛嬌があって可愛い顔つき。薄茶色の髪は可愛らしいくせ毛をしているようにも見えるが髪質はとても柔らかそうだ。身長もあまり高くなく、顔つきと相まって幼そうに見えるが、胸は園田さんよりもあるように見える。年齢不詳だ・・・・・・

だけど、どこかで見たことがあるような・・・・・・


「チヨオオオオオオオ!!!!!!!!」

アルトさんがその女の子に抱き着く。

ん、今チヨって?


「ええええええ!!!ど、どうしたんですかアルトさん!?」

女の子がアルトさんに抱き着かれたせいか顔を少し赤らめている。

かわいらしい・・・・・・そしてチヨという名前・・・・・・

あ、そうか!そうだったのか!


「チヨ~、俺ってなんでこんなにモテないんだろうな~」


「あ~そのことですか。大丈夫ですよ、アルトさんは優しいですし頼りになるから絶対モテますってそれに・・・・・・」


「ん、それに・・・・・・どうした?」


「い、いえ。なんでもないです」

女の子がアルトさんの頭を撫でる。

いや、あの子が桜田千世さんだ!

園田さんに優しさを教えてくれた恩人!園田さんが溺愛している桜田千世さんだ!

園田さんの話を聞く限りだと・・・・・・

そのお兄さんというのがアルトさんのことだったのか!?


い、以外すぎる・・・・・・こんなに身近にいたのか。

いや、以外ではないな。この人なら確かにあり得るかもしれない。

ということは俺に優しくしてくれた園田さんを助けた桜田千世さんに優しさを教えたのがアルトさんということになるよな。

間接的になるけど、アルトさんは俺にとって恩人ということになるということだ。


・・・・・・本当にすごい出会いをしてしまったものだ。

この出会いに感謝しないとな・・・・・・

とは思うものの、なんか兄弟とは何か違う雰囲気が漂ってきているような・・・・・・それに苗字も違う。一体どんな関係なのだろうか?

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